第56話

 晩ご飯は何をしようか。

 まずそこからだった。

 こういう時、カイルは役に立たないことを自分で分かっていた。

 何を作るのかは全て大河任せだ。

 あと自分にできるのは、彼の指示通り動いて洗い物をするくらい。


「んで。何にすんだよ」


 結局、買い物をせずに帰ってきてしまったのだ。

 冷蔵庫にあるもので作るしかない。


「玉ねぎに、人参、おあげに、もやし、うーむ……」


 大河は冷蔵庫を漁りながら何を作ろうかと頭を悩ませる。

 ふと、うどんが目についた。

 そしてカレールー。

 これは……


「よし、久々にカレーうどんにでもするか」


 いつもは昼ご飯のメニューなのだがな、と呟きつつ大河はテキパキと材料を冷蔵庫から取り出して並べる。


「カレーと、うどん?」


 カイルの頭の中に、カレーライスとうどんが思い浮かぶ。

 あのドロドロとしたカレールーを、うどんに?

 確かに炭水化物という点ではあまり変わらないとは思うが、日ノ国に来るまでこの国の料理を食べたことがないのだから想像もつかない。


「想像がつかないのも仕方がないだろう。だがカレーうどんはうまいぞ。具が少ないよりも、具が多い方がうまい。む、厚揚げもそういえば買っておいたな。これも入れるか。貴様はおあげと厚揚げを短冊に切ってくれ」


 そう言いながら大河は玉ねぎを半月切りにし、鍋に投入する。

 手際の良さにカイルは見惚れるが、目敏く大河に見つかり、おあげが国旗になっていると指摘された。

 内心、小姑かと突っ込みを入れつつ切れていないおあげを切り離す。

 だしを入れて、カレールーが完全に溶けたのを確認すると、うどんを別の鍋で茹でる。

 やがて出来上がりを見て、カイルは喉を鳴らした。

 美味しそうである。


「とっとと運べ。俺は祭とパパ上を呼んでくる」

「……なぁ」


 ふいに、カイルは大河に声をかける。


「何だ?」

「オレらの会話が聞かれてる、なんてことはねェよな?」


 もしこの場所にハデスが存在しているのであれば、今までの会話も全て、奴に筒抜けになっているということだ。

 今この瞬間も。

 しばしの間を置いて、大河は言葉を返す。


「さてな。晴明の奴とは、また顔を突き合わして話をしなければならんだろう。それに、こういった話は誰にも聞かれない所でやるしかない」


 大河の言葉に、カイルも頷いてカレーうどんを運び、大河は祭と神を呼びに台所を出たのであった。




****




「いやーおいしそうだねっ。カレーうどんなんて久々だよ。おあげがたっぷり入っているなんてさすがは大河クン! あ! 厚揚げも入ってる! 具たっぷりの、スペシャルバージョンカレーうどんだよっ、祭ちゅわん!」

「いっただっきま~す! ん、おいしい! ボク、大河も、大河のご飯も大好きだよっ」

「そうか。祭、カレーのつゆを飛ばすなよ? じゃないと畳が汚れてしまうからな」


 自分の分のカレーうどんを食べつつ、大河は口の周りを汚している祭の世話をする。

 どう見ても母親のようである。


「大河クンったら本当にお母さんみたいだね。よかったね~祭ちゅわんっ。こーんな美人なお母さんがいるなんて。さしずめパパは、大河クンのいけない旦那さんかな?」

「どこがだクソ狐。テメーはただ大河を虐めてるだけじゃねェか。甲斐性なさすぎだろ」

「それをカイルくんが言うかなぁ? パパは大河クンだけじゃなくて、カイルくんを虐めるのも等しく楽しいよ?」


 悪趣味なことこの上ない。

 などと他愛もない話をしながら、カイル達は夕食を済ませた。

 後は洗い物をして片付けるだけ。

 カイルと大河が食器を下げて洗い物をしている時だった。

 インターホンが鳴る。

 誰だ、こんな夜も遅いこんな時間に来客とは。

 二人が玄関に向かうと、カイルにとって初めて見る男だった。


「よーぅ! 大河。元気にしちょったか?」


 酒でもくれんか、などと豪快に笑いながら家に入ってくるのは、人よりも頭一つ半くらいの大男だった。

 背にはカラスのような黒い羽を生やして修験者のような恰好をしている。

 そして少々……どころか大分、汚れている。


「馬鹿天狗が何をしに来た。貴様に出す酒はないから帰れ。風呂に入らん奴が神社の敷居を跨ぐな」

「そう睨むな。お、おんしがこの間から世話になっちょるっちゅー異人か。オレっちは鞍馬山の天狗、てんじゃ!」


 よろしゅう、などとカイルの手を取ってブンブンと振って挨拶をする。


「はぁ……オレはカイル。つーか天狗って何だ?」


 あまりの彼の臭いに、カイルは天の手を放すと一歩後ずさった。


「天狗を知らん? そーかそーか異人じゃもんなぁ。あ、オレっちは元々“人”での。山伏じゃったんじゃが当時、修行にハマりすぎての。その結果、“人ならざるモノ”にまでなってしもーた。ま、半分人間で半分妖怪じゃ。お近づきのしるしに、酒でも奢ってくれんかの?」

「帰れ。馬鹿天狗。貴様もこいつと握手するな。馬鹿が余計に馬鹿になる。そして馬鹿天狗ごときに出す酒はないと言っているだろう」

「心配しちょるなぁ。祭以外に心開かん大河が、どういう風の吹き回しじゃ? しかも“人”じゃっちゅーのに」

「ただの居候だ。とにかく帰れ。今すぐ帰れ。とっとと帰れ。そして二度と来るな」


 大河は玄関を閉めようとするが、天がそれを阻止する。


「オレっちは、用事で来たんじゃ」


 用事。

 その一言で、大河も玄関を閉めようとした手を止める。

 このタイミングでこの時間に用事とは一体何なのか。


「一体どういう用事だよ」

「くだらん用事だったら斬るぞ」


 大河は腰に据えた刀をいつでも抜けるようにと柄に手をかけた。

 目が本気だ。

 呆れた目で大河を見ているカイルはともかく、と天は口を開く。


「つれないのぅ。まぁいい。用事をてっとり早く済ませて、酒でも集るとするかのぅ」


 実は、とさらに言葉を続ける。

 こんな時間に来たのもレイキ会のお使いだと言う。

 

「大河と、カイルとやら二人まとめてレイキ会に連行しろっちゅー姫さんの我儘での」


 こんな遅い時間に悪いが、一緒に来てもらうと告げた。

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