第54話
ついに被害者が出てしまいました、と晴明はそれまでの雰囲気を打ち払うように、真面目な表情で口を開いた。
「それは、ハデスの、か?」
確認のためにカイルが晴明に問うと、彼はおそらくと言葉を返す。
被害者は普通の人間であるのだが少々霊感がある程度である。
生気を根こそぎ奪われ昨日、死亡とのこと。
晴明だからこそただの病死でないと気が付いたのだ。
人間業ではない。
どのような手を使って姿を現して手をかけたのかはレイキ会の方に報告しているが、まだ分かっていない。
「一応、死体は綺麗なものでした。年齢も年齢だったので、突然の心臓発作ということで処理されましたがね」
これでグチャグチャのミンチ状態で死体となって報告されていれば、絶対に屋敷から出ないと少々、顔色を悪くさせて晴明は言う。
カイルはまだ自分が師匠について仕事をしている時のことを思い出す。
あの頃は殺人事件として取り扱われていた。
何せ―――。
「オレが師匠についてった時なんざ惨殺死体ばっかだったぞ。ハデスのせいかどうかは不明だけどよ、鎌でバッサリ。内臓が―――」
「聞こえません。なーんにも聞こえません。え? わらび餅の追加ですか? すぐに注文しますよ」
両耳を塞いで晴明は言う。
どうやらダメらしい。
それもそうだろう。
普通の反応だ。
「では俺はこのあんみつを」
大河は晴明の話をさほど興味がないと言わんばかりの態度で次から次へと甘味を口に入れていきながら、しかし言葉を挟む。
「同じ奴が犯人なのであれば、奴は殺しの腕をさらに磨いたということだな。しかし、本当にハデスとやらが関わっているのだとしたら、何千年も生きた死神の割に成長が遅いな」
「封印されてたらしいからな。どこのバカが封印を解いて、奴の脱走に手を貸したのか知らねェけどよ」
「とか言って、魔術協会に封印されていたのをカイルが何やらしでかして脱走させた、なんてあり得そうですよね」
それについては大河も同意した。
だがもしも自分のせいなのだとすれば、祭が過去に襲われた時期とは一致しない。
あり得るわけがないとカイルは否定する。
「つーか大河。お前食いすぎじゃね? あれだけ食べてまだ食べるのかよ」
「仕方があるまい。美味すぎる。このあんみつも絶品だ」
あんみつを食べ終えると一度、緑茶をすすって次は団子に手を伸ばす。
「それで。晴明。その報告だけが用事ではないのだろう?」
「えぇ。これは私の見解になるのですが……あの神社の空気を穢しているのは、やはりハデスだと思います。恐らく、彼は儀園神社にいる。そしてそれを隠しているのはあのアホ狐なのではないかと」
ただ、神や祭がハデスを匿う理由が見当たらない。
祭が襲われているのだから、息子を溺愛している神が、受け入れるわけがない。
また祭は儀園神社を大事にしている。
神のことも、大河のことも。
彼もまたハデスを匿う理由はないのだ。
「じゃあ別にあのクソ狐に言ってもいいんじゃねェの?」
「そうなんですけどね。私個人的にアホ狐が匿っていたら思い切り退治できるのになぁ、という希望です。とはいえ、あの空間があんなにも穢れている時点で、十分怪しいです」
「パパ上はともかく、祭に手を出したら許さんぞ」
一旦そこで話は途切れた。
かと思われたが、晴明は口を開いた。
「大河、カイル。これはもしも、の話なのですが私に何かあったとしても動揺しないでください」
何を言い出すんだといった表情で二人は晴明を見る。
ついに頭がおかしくなったのかと。
「そんな目で見ないでください。あ、でも大河にだったら……というのは冗談ですが。ここでお二人にお守りを差し上げます。晴明印のありがたーいお守りです」
「いらねェ。んなもんアテにできるかよ」
「いらん。貴様からもらったものにロクなものはない」
「酷いですねぇ。水にも強い紙製のお札を折って編んだんですよ」
結局、押し付けられる形でもらうことになってしまった。
それはブレスレットの形をしている。
窯にでもくべてやろうかと大河は言う。
「酷いですね。今まで作ってきたものの中でも最高の出来なんですから。とりあえず騙されたと思って身に着けておいてください。もしものことがあった時、必ず私が女神のごとく二人を護りますから」
「やっぱりいらん」
「やっぱいらねェ」
女神のごとくとは冗談で、そこは話の流れで受け取ってください、と強く言われて二人は結局、そのブレスレットを右腕につけさせられた。
「さて。一応、これで話は終わりです。私はまだここの店主と話がありますので。あ、帰る前にお土産、受け取っておいてくださいね」
大河はお土産、と聞いて心なしか嬉しそうな顔で先に出て行った。
「カイル」
「なんだよ」
「気を付けてくださいね。ハデスがあの神社にいるということは、行動は筒抜けということです」
言われなくても分かっている、とカイルは晴明に言うと大河を追いかけて出て行った。
晴明は個室の窓から、二人の後ろ姿を見送る。
「本当に何も起こらなければいいのですが……占いによれば、希望はカイル。そして大河なのですから。さて、会計をして私も……」
机の上の伝票を見て、晴明は固まる。
「大河……結構、食べましたね」
大した額ではないけれど、と漏らしながら財布を手に立ち上がる。
わざわざ貸し切りにしてくれた店主に礼を言わなければと。
他の客がいても結界を張ればいいことではあるが、念には念を入れて無理を言って貸し切りにしてもらったのだ。
と、晴明が個室の襖を開く。
「! 君は……」
晴明は目の前に立っている人物を凝視した。
いるはずがない。
だって彼は……
「帰ったのではないのですか? 大河」
「奴には先に帰れと言っておいた。話があるのを思い出してな」
大河が一歩、足を踏み出すと晴明は背中に寒気を感じて一歩下がった。
一体何に自分は恐れているのか。
いつもの大河と違う雰囲気にか。
違う。
心の中で今の状況を分析する。
店主から借りたこの部屋から、はっきりと二人が並んで帰っていくのを見ていた。
「君は……大河ではありませんね」
冷や汗が伝う。
「どこをどう見れば、俺ではないと? その目は節穴なのか?」
晴明は窓を背に、大河だと主張する彼と対峙する。
彼が本当に大河なのだとすれば……その滲み出るような禍々しい気は一体何なのか。
まさかこんなに早い段階で自分が狙われるなど。
晴明は、ともすれば震えそうになる自分の体を叱咤する。
立ち向かわなければならない。
自分は、陰陽師。
安倍晴明の名を継いでいるのだから。
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