第52話
「や! アホ狐。今日はちょーっと用事で出向いてきてあげました」
笑顔で儀園神社にやってきた晴明。
大河もカイルも家事で手が一杯。
来客が危ない人物であれば、祭に何があるか分からない。
そう思って玄関を開けて神は後悔した。
陰陽師 安倍晴明。
平安時代から数えて何代にもわたってその名を襲名した青年を目の前にした瞬間、神は思い切り嫌な顔をして出迎える。
いつもは時代錯誤ともいえる水干を纏って結界内の屋敷に引きこもっているが、どういった風の吹き回しか普段着の着物を着て髪を緩く結った姿で現れたのである。
「何しに来たのかな? 陰陽師のクセに結界内で引きこもりをしている“人”が」
正直、関わりたくない。
言外に含みながら神は玄関を閉めようとしたが、それをあっさりと晴明が止める。
「相変わらずやることなすこと言うこと存在全てが胸糞悪いですね。レイキ会に入っていなければ、出不精の私も嬉々として本気であの世に送ってやるんですがね」
「胸糞悪いのはお互い様でしょ? 人間風情がちょーっと力があるからってレイキ会に入ってくるなんて。帰れば?」
神は必至に玄関を閉めようとするが、晴明も負けずに玄関が閉まらないように押さえつけている。
一進一退の状態に、折れたのは神だった。
「で、用事って何なわけ?」
「君に用事なんて微塵もありません。さっさと大河とカイルを出してください」
「やだね。それに二人ともいないもーん。残念でした~。いたとしても簡単に出さないんだもんねっ」
晴明の口元がひきつる。
目の前の狐ごときとくだらない言い合いをしている場合ではないのだ。
「状況を考えてから言ってくださいアホ狐。この所、京ノ都で起こっていること、分かってますよね? レイキ会に入っていないモノが蠢き人間の生活を脅かそうとしつつあることを」
その話を口にすると、神も口を閉ざした。
だからこそ今までレイキ会のために何かをしろと言われたことのない大河と祭までもが今になって手伝いをしているのだ。
何が引き金になったのかははっきりと分かっていない。
レイキ会でも調査中だ。
「ですが、これだけは言えます。きっかけの一つはカイルなのだと」
彼が日ノ国に来たことがきっかけだ。
「ちょっと魔術が使える程度のカイルくんに何ができると?」
「それを今回調査しろと言われましてね。いいから早く出してください。大河は神様ですから、同席してもらうように、ともね」
そこに狐である神と祭は入る余地はないと晴明ははっきりと伝える。
「大河クンはもちろん、今やカイルくんもうちの子なんだから。引っ込めと言われて、はいそうですかと二人を差し出すことなんてできないよ。無理やり連れて行こうとするのなら……私だって狐術を駆使して止めるよ」
ざわり、と神の髪が逆立つ。
開けっ放しの玄関から風が吹き込み始める。
だがそれで驚く晴明ではなかった。
指で複雑な印を結ぶと同時に呪を唱えれば、大きな風が起こる前に鎮まった。
「人間が、やるじゃない。これが私の本気と思わないでよね?」
「やれやれ。穏便に話を進めたいだけだというのに面倒なことこの上ないですね。いいでしょう。ここで過去の伝説になぞらえて狐退治でもして、レイキ会から出て行ってもらいましょうか」
「やれるもんならやってみなよ! 狐術―――」
神がさらに狐術を繰り出そうとしたその時だった。
その頭にフライパンが振り下ろされた。
痛みのあまり神は頭を押さえて蹲り、何するのかと言いたげな目で大河を見たが、彼は呆れた調子で神を見下ろしている。
「パパ上。こんな所で狐術を使って玄関が壊れたら誰の財布から材料費を捻出して誰が修理すると思っているんですか。で。……何で貴様がいる」
大河はフライパンを片手に持ったまま鋭い視線で晴明を睨み付ける。
「やぁ、大河。相変わらずクールで美しいですね! 今すぐ押し倒していいですか? いいですよね?」
晴明は痛みに蹲る神の横をすり抜けると、大河に抱き着いた。
一方の大河は眉根を寄せて抵抗をする。
「触るな、人間が」
「……穢れがまだ、纏わりついているみたいですが?」
抵抗する大河をさらに抱き締め、彼だけに聞こえるように耳元で言葉を紡いだ。
その言葉に大河は黙り込む。
先日のことを思い出す。
たかだか人間に、龍神である自分があんなにもあっさりと抑え込まれてしまうとは。
「ちょっと! うちの美人若奥様に何やってくれてるのさ! 人間が触ったら穢れちゃうじゃないか!」
ようやく痛みがマシになった瞬間、神は大河を抱き締めたままの晴明を指さして非難する。
だが晴明はマイペースに、陰陽師が穢れてるわけがないと言葉を返した。
「大河、カイルも呼んでお話ししましょう。おいしいお茶と和菓子を楽しめる店を見つけたんですよね」
神には手を払い、あっちに行けと晴明は示す。
「そんなこと許しません! 晴明。いい加減にしてくれない? 大河クンも晴明から離れなさい!」
と言われても、こんなにも強く抱きしめられていてはいくら龍神でもどうにもできない。
もちろん力を出せばできるだろうが、先ほどのおいしいお茶と和菓子に、大河は心が揺れていた。
だからと言って簡単に彼の提案に乗る大河ではない。
おいしいお茶と和菓子は非常に残念ではあるが。
「本当にもう! さっさと大河クンから離れなよ! 噛みつくよ!?」
「噛みつくなんて、さすが獣ですね。人間型が取れないように呪でもかけて、親子ともども動物園にでも売り飛ばしますよ?」
どうでもいいが早く離れろ、と大河が呟くと同時に、玄関の騒ぎを聞きつけたらしいカイルと祭が揃って出てきた。
カイルの姿を見るや否や。
晴明は大河から離れて今度はカイルに抱き着いた。
「何すんだよ!」
「何って、あいさつですよ。あいさつ。向こうじゃハグはあいさつですよね?」
「カーくんずるい! ね、ね、ボクも! ボクもぎゅーっとしてよっ」
祭が晴明に飛びつく前に、止めたのは神だった。
彼に抱き着いたら穢れちゃう、消されちゃう、そんなのパパ耐えられないっ、と。
「それじゃあアホ狐。大河とカイルは借りていきますね~」
機を逃さず、晴明は一旦カイルから離れたかと思うとカイルの首に腕を回し、大河の手を取って玄関の外へ。
「あ! こら!」
「ちょっと待て。俺はまだ貴様についていくとは一言も……フライパンをまだ片付けてない」
「オイコラっ。テメッ拉致じゃねェか!」
「ずるい! ボクも連れてってよ、晴明さんっ」
「ごめん。今日はこの二人に用事があるので。手土産に最高級の大豆を使った、最高級のおあげを持ち帰らせますから。あ、フライパンお願いします」
そんなことはさせない。
神は大河とカイルを連れ出そうとする晴明の足を狐術で止めた。
「二人を連れて行くのなら、私を倒してからだよ」
「……いいでしょう。そこまで言うのなら、倒してみせましょう」
晴明はカイルと大河を後ろに下がらせると、神と向き合う形で立った。
「パパ! 頑張ってね!」
「祭ちゅわんが応援してくれるなら、パパ負けないんだからねっ」
妙な流れになった。
カイルと大河は互いに目を合わせて、しかし晴明がわざわざ出向いてまで用事があるというのだからと神と晴明の対決を見守ることにしたのである。
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