第51話
「あー。もう無理。上がる」
「もうちょっとだよっ。そういえばカーくん、この国に大分慣れたねっ」
それはそうだろう。
こんなバタバタと忙しくしていれば、嫌が応にも慣れなければ気力も体力も持たない。
ほとんど神のせいで持たないのだが……。
「よかった~。ボク、“人”とこんなに仲良くなったの、カーくんが生まれて初めてなんだ。あ、あと大河もっ。やっぱり何だかんだ言って“人”を放っておけないから、大河は神様なんだなぁ~って」
祭や神は、元々はただの狐。
妖力を得ることで人間の姿に化けることができるようになり、今のようにほぼ常に人型を保っていられると。
「ボクやパパは、妖精さんに近いから、神様とは全然違うんだよね」
風呂に浸かりながら言葉を漏らす祭に、カイルはふと問いかける。
何がどうなって龍神である大河とこの神社に棲むようになったのかと。
祭は自分が覚えている限りの知識や記憶を総動員して説明をする。
元々、この儀園神社は立派な神社であった。
だが時代の流れと共に、そして戦乱で廃れ、神様もこの神社を捨ててしまった。
そんな時に棲みついたのが狐であり、祭の父親である神である。
「それでね、ある時パパ、川で溺れちゃったんだって」
気が付けば見知らぬ豪華絢爛な宮殿。
まるで浦島太郎のような話であるが、川で溺れて宮殿に辿り着いたのを龍王である蒼司が助けたのだと。
そしてそこから縁が出来たのだという。
「大河が言うには、パパ、助けてくれた宮殿で悪戯をして回ったけど蒼司さんが許してくれて地上に送ってくれたんだって。で、パパは神主として神社を盛り立てるから、そこそこ信仰を集めるようになったらそこに大河を神様として迎えないかって言ったんだって」
「ここに大河が棲むっつーのはいいけどよ。悪戯を許したって大河の母親が深く関わってる気がするのはオレだけか……?」
カイルの呟きに祭は小首を傾げたものの、すぐに言葉を続ける。
「ボクね、大河とカーくんと友達になれて、本当に嬉しいよ! だから、カーくん。ここ、離れないで?」
「……さぁな。この仕事終わりゃ、国に一度帰るだろうし。そうしたら次の任務があるだろうしよ」
「えぇ~。カーくん、行っちゃうなんて言うなら悪戯しちゃうからねっ。えいっ」
祭は風呂から出ると蛇口を捻り、水を出すとカイルにかけた。
「テメッ冷てぇな!」
慌ててカイルは風呂から出た。
「だってカーくんが行っちゃうなんて言うからだもんねっ。よいしょっ、えいっ」
ざっぱぁ! と祭は風呂桶に水を一杯貯めてはカイルに向けてぶっかける。
カイルは水から逃げようと風呂場から出ようとするが、滑って固いタイルの床に頭を打ち付けた。
「い゛っ……!」
痛みで動けないことをいいことに、そんなカイルの上に祭が乗る。
「乗るな! っ、てて……」
「カーくん、つ~かま~えた! どこにも行かないって約束してくれないと、このままイタズラしちゃうからねっ」
すでにしているだろう。
そう祭に言いたかったが、あまりの痛みに言い返すこともできない。
ふと、自分は不幸体質なのではないかとカイルは思った。
いやいや。
考えるから物事は悪い方へと進むのだ。
この状態を神や大河に見られたら何をされるか……大河に見つかれば問答無用で首を落とされるかもしれない。
神に見られたら……
「もう、お風呂で何を騒いで……」
最悪のタイミングだ。
ガラッと風呂場のドアを開いたのは、神。
床に倒れている腰巻一枚のカイル。
その彼の上に跨っている全裸の祭。
自分の顔から血の気が引いていくのを、カイルは感じた。
「カーイールーくぅん? パパの大事な大事な、純粋な祭ちゅわんに、何をやっているのかぬぁ……?」
神の背後には、ドス黒いオーラが見える。
これはまずい。
自分は何もしていない、ただ転んだのをいいことに祭が自分の上に乗っかってきただけだとカイルは弁解する。
「言い訳無用! 祭ちゃん! 早くカイルくんから離れなさい! 襲われちゃうよ!?」
「襲う……?」
どこをどう見たら襲うように見えるのだ。
逆に襲われているのはこっちだとカイルは呟くが、必死に祭をカイルから引っぺがす神には少しも届いていない。
「クソ……まだ頭がズキズキしやがる」
祭が自分の上から降りたことで、カイルはようやく固いタイルの上から起き上がることができた。
バスタオルを持ってきた神は祭の体を拭いてやりながらカイルを睨み付けている。
「パパ! ボクがふざけてカーくんに水をかけたからカーくん、転んで頭打っちゃったんだ。だから何もしないであげて?」
「だって祭ちゃん! “人”なんて危険だよ!? かわいいかわいい祭ちゃんに何かしたようにしか見えないじゃない!」
それは神の目が腐っているからだろう。
カイルは頭をさすりながら聞こえるように言ったが、神の耳には届かなかったらしい。
あっさりとスルーされた。
「祭ちゃんが言うなら、仕方ないなぁ。今回は、何もしないであげる。ほーら祭ちゅわん。早く髪の毛乾かして寝ましょうね~。じゃあカイルくん。風呂洗いよろしくね。それが終わったら頭に湿布なり氷なり、好きに使っていいから」
無情にも、ぴしゃりと風呂の扉は閉められてしまった。
何が今回は何もしないであげる、だ。
風呂洗いというものを押し付けたではないか。
「結局……何でオレがこんな目にばっか遭わなきゃなんねェんだよ! あのクソ狐!! やっぱ殺す。皮剥いで高値で売りつけてやるー!!」
カイルの叫びが響く。
何にせよ、結界の中なので外に届くことはないのだが。
風呂掃除をして部屋に戻ったのはすでに夜遅かった。
出ていく時に神が狐術でドアに細工をしたらしく、開けるのに時間がかかってしまった。
その後、冷凍庫にあるアイスノンを取り出してみれば、どうやらこれも神が狐術でせっかく凍っていたのを溶かして再度、冷凍庫に入れたところらしく凍ってすらいない。
どこまでも先回りをして人に嫌がらせをする狐だ。
ビニール袋に氷と水を入れてやっと頭を冷やすことができたのである。
「あー……本気でここ、離れてェ……」
そう呟きながら、カイルは眠りについたのであった。
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