第50話

「なぁ。大河」

「なんだ」


 ゴキブリと毛虫を処理し、げっそりと疲れた表情で大河とカイルは夕食の準備をし始める。


「マジでここ、出ていかねェ?」


 このままでは体力的にも精神的にも、保ちそうにない。

 カイルはほとんど本気で言った。

 対して奇遇だな、と口を開いたのは大河である。


「完全に出ていくことはできん。俺にも色々と問題があるからな。だが一度くらいはここをしばらく離れたいと考えていたところだ」


 かぼちゃをミキサーに入れて大河はスイッチを入れる。

 夕食はカボチャスープにソテーをした鳥、サラダとパンだ。

 この所、大河の中では洋食作りがブームらしい。


「ここにいるよか、事情知ってる―――気に食わねェけど―――晴明の所にでも泊めてもらった方がマシかもしれねェな」

「……。どっちも嫌だ。特に晴明の奴と一緒にいると何をされるか分かったものではない。アイツに襲われるくらいなら、お前の方がまだマシだ」


 意味が分かっていっているのだろうか。


「素直に喜べ。貴様を選んでやったのだ」


 素直に喜べるわけがないだろう。

 理由が理由だ。


「んじゃあ鬼喰の紫月の所は……それも嫌かよ。はぁ……夕食は嬉しいけどよ、食べる気になんねェ……」

「ならスープだけでも食え。カボチャなら腹はそれなりに膨れる。俺も今日はそれだけでいい……」


 あれだけ大量のゴキブリと毛虫を見れば、食べる気も起らない。


「お前、最初の頃より丸くなったよな」

「丸く? 俺は何も変わっていないぞ」

「前に比べたらやけに元気づけてようとしてくれたり、あのクソ狐から庇ってくれたりしてくれてんじゃねェか」


 料理の手は止めず、しばしの間を開けて大河は口を開く。


「放置しておいたら、貴様があまりにも痛すぎる奴だからな。常識神の俺がいてやっている。龍神と共にいられるなんて普通の人間にはないことだからな。感謝しろよ」


 天然の気が入っている龍神に比べれば、よっぽど自分の方が常識人じゃないかとカイルは思ったが、あえて口に出さないことにする。

 普通の人間どころか、魔術師だって神様と一緒にいられることなどないだろう。

 それよりも、とカイルは大河の様子を伺う。

 本当に彼が穢れに中っているのならば平気ではないはず。

 無理をしているはずなのに、涼しい顔をして料理を続けている。

 言った所で彼が休むはずがないだろう。

 何も言わず、カイルはパンを用意し、全ての準備が整った所で大河と二人で食事を運んだのであった。







「本当どうしたんだあのクソ狐」


 そっと、台所をのぞき込みながら、カイルと大河は話をする。

 いつもならお皿一つ下げることさえしない神が、自分から率先してお皿を下げた上に洗い物をすると言い出したのだ。

 頭を打った以外に考えられない。

 もしくは頭がおかしくなったか。

 カイルと大河はその場を離れると、部屋に向かって歩き出す。


「どうやら夕食にご満悦だったらしい。ふむ。これは使えるな。まぁいい。それより風呂は好きに入れ」

「いや……本当疲れすぎて風呂入る気にもならねェ……」


 そう言っていると、正面から走ってきたのは祭だった。


「ねぇねぇ大河、カーくんっ。一緒にお風呂入ろうよっ。パトロール前とパトロール後に入るのがいいんだよっ」


 祭は大河とカイルの手を掴むと、ぐいぐいと引っ張りながら風呂の方へと向かう。


「祭。悪いが俺は今日調子が悪いから風呂は入らずに休むことにする。そこの馬鹿だったら好きに連れまわしていいぞ。パトロールも今日は休む」

「えっ、大河大丈夫!?」


 驚く祭の頭を撫でながら大河は頷く。

 すると祭は、大河がパトロールに行かないのであれば自分も今日はお休みするっと言い出した。

 先日から始まったパトロールであるが、成果はない。

 それならば一日ぐらい休んだところでどうにかなるわけがない。


「それに、鬼喰共が何とかするだろう。祭、こいつと風呂に入って来い」

「本当に、大河大丈夫?」

「あぁ。大丈夫だ。明日には回復するだろう」


 大河の言葉を聞いて、祭はやっと安心したように頷いた。


「じゃあカーくんっ。お風呂行こうよっ」

「はぁー……仕方ねェな」

「祭。風呂は100まで数えてしっかり温まってから上がるんだぞ。それから、風呂を破壊するようなことはするな。貴様もちゃんと祭の面倒を見るのだぞ。うっかりでも祭に手を出せば俺からの制裁だけでは済まんからな」


 そこまで言うと、大河は部屋へと戻っていった。

 彼の後ろ姿を見送るとカイルと祭は風呂へと向かったのであった。







「はぁ~……このまま寝ちまいそうだぜ」

「ダメだよっ。朝起きたらカーくんの水死体が出来上がってるなんてボク嫌だからねっ」


 水死体になる前提か。

 どういう思考をすればそうなるのか。

 もう一度溜息をついて、カイルは祭を見る。

 ハデスと繋がっているのか。

 しかしもしも、そうならば祭の性格からして黙っていられるわけがない。

 神ならともかくだ。


「なぁ、祭」

「ん? どうしたの? カーくんっ」


 体を泡だらけにしながら祭はカイルを振り返る。

 ハデスのことを知っているのか、と聞こうとしたがカイルは口を閉ざした。


「何でもねェよ」

「? そう?」


 不思議そうな顔をして体を洗う手が止まっている祭に、カイルは頭からシャワーをぶっかけた。

 何にせよ、慎重にいかなければならない。


「んもー! カーくん酷いっ」

「いいからとっとと洗え。先に出るぞ」

「あっ、待ってよー! まだ肩まで浸かって100数えてないんだからねっ」


 悪いが先に部屋に戻る、と出ようとしたが結局、祭に引きずられてカイルは再度、風呂に入ることになったのだ。

 疲れているのに……。

 その理由は、彼には通用しないらしい。

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