第49話

 カイルと大河が神社に辿り着いたのはもう夜明け前だった。

 さほど長居をしていた覚えはないのだが、あの空間が悪いのかもしれない。


「情けないな。この程度の距離で息が上がるとは」

「背負ってもらっといて何言ってやがるんだテメーは」

「黙れ役立たずが。まったく……この程度の穢れにも、気付かなかったとはな」


 ぽつりと大河が呟く。

 部屋に到着するとカイルはようやく大河を下ろす。


「何なに? 何の話?」

「あー、オレは寝る。クソ、結局夜明けかよ……って祭!?」


 布団の上に大河を下してから背後にいた祭にようやく気付いた。


「どうした? 祭」


 彼にしては起きるのが早い。


「だって、夜中にカーくんの部屋からバタバタした音がして、しばらくしたら物音がしなくなったからどうなったのかなって見に行ったら大河もいなくなってたんだもんっ。ねぇねぇ二人して夜中にどこ行ってたの?」


 それに、大河の様子もどことなく変だと指摘する。

 天然のクセに本当に鈍いのか鋭いのか。

 大河は晴明の屋敷であったことは言わず、カイルが何かが視えると言ったため、すでに眠っていた祭を起こさずに二人で見回りをしていたと告げた。

 どことなく納得していない表情で、しかし祭は「そっか……」と呟く。


「今夜はちゃんとボクも連れていってね!」

「へーへー。テメーがもっとマシな術を覚えたらな」

「カーくん酷いよっ。ボクだって頑張ってるんだからねっ」

「そうだぞ。祭の努力を舐めるな」


 頭が痛くなってきた。

 カイルは溜息をついて適当に返事をしておいた。

 朝方でいつもならそろそろ起きて掃除をする時間だが、今ばかりはもう限界だ。


「オレ今日は寝るから、絶対邪魔すんなよ!」

「え~! カーくんずるい! ボクだってもっと寝たいのに!」

「なら貴様は今日一日食事抜きだな」


 一睡もしていないというのに。

 それでも働けというのか。


「俺も一睡もしていない。貴様だけ布団に入るなどズルイことはさせん。安心しろ。睡眠不足で死ぬ前に遺書だけは受け取っておいてやる」


 だから働け、と大河はカイルに言い放つ。

 そもそも眠れなかったのは晴明のせいであるのだが……。

 言い合う大河とカイル。

 その言葉の応酬に、口を挟んだのは祭であった。


「大河も寝てないの!? じゃあ寝た方がいいよっ」


 大河とカイルが倒れる姿なんて見たくない、と祭はグイグイと二人の背中を押す。


「境内のお掃除ならボク、狐術使わなくてもできるからっ。パパにはボクが言っとくから。ね? 二人が倒れちゃったら、ボク嫌だもん」

「祭……。では言葉に甘えて少し眠ることにする」


 部屋の前で祭と別れた大河とカイルは大きく伸びと欠伸をしてそれぞれ部屋に入る。

 幸いにも布団を敷いたまま出たため、後は布団に横になって布団を被るだけ。

 夢の世界にはすぐにでも旅立てる。




 ※




「で?」


 大河とカイルは顔を引きつらせて、ただ神の前で正座をするばかりだった。

 朝方に帰って眠り、次に起きた時にはもうとっくに昼が過ぎていた。

 疲れ切った大河とカイルは布団に入った後ずっと眠っていたのである。

 朝ご飯どころか昼ご飯もすっぽかし眠りこけていた二人を、ついに神は蹴り起こした。

 居間に二人を正座させると周囲にイニシャルGとイニシャルKをばら撒き今もまだ、大河とカイルに説教をしているのである。


「オイ、貴様。周囲を取り巻き蠢くGとKをどうにかしろ」

「テメーでどうにかしてくれよ」

「俺はまだ体が辛い。こいつらごときに少し回復した龍神の力を使うわけにもいかないしな」


 その点、カイルならどうにでもなるだろうと大河は小声でカイルに言う。

 カイルもまた小声で大河に言い返す。

 が、二人は神に頭を掴まれたことで口を閉じる。


「聞・い・て・る? ゴキちゃんとケムケムを穴という穴に突っ込まれたい? 特に大河クン」

「いえ、すいませんでした……。ちょっと体の調子が」

「あー。オレもちょっと体の調子が」

「二人して同じ言い訳をしない! パパが何も知らないと思ったら大間違いだからね! 知ってるよ。昨夜、まんまと晴明に呼び出されたの」


 何故、知っているのか。

 カイルの部屋に落ちていた紙人形は確かに破ってゴミ箱に捨てたはずだと大河は考える。


「カイルくんの部屋のゴミ箱からカタカタ音がするって祭ちゃんが言うから見に行ったら、破り捨てられた晴明印の紙人形が出てくるじゃない。で、二人ともいないし?」


 気付かないわけがないと神は言う。


「騙されて呼ばれたのはコイツです。俺は迎えに行ってやっただけなので怒られる道理はありません。むしろ被害者は俺です」

「テメッ大河! 勝手にオレ一人のせいにしてんじゃねェよ!!」


 だが大河はツーンと澄ましてそっぽを向いている。

 反省の色なし、と見た神はさらに虫かごを逆さにしてゴキブリケムシを畳に落とした。


「反省の色なしっということで、後は頑張って捨ててね~二人とも。さ、祭ちゅわん。パパと美味しいラーメンでも食べに行こうかっ」

「え、でもパパ……」

「大丈夫。二人なら、ゴキちゃんとケムケムをどうにかするさ」


 祭はちらりとゴキブリと毛虫に囲まれながら、言い合いをする二人を見る。

 二人が可哀想。

 しかしラーメンは捨てがたい。


「本当に、大丈夫かな?」


 なお心配そうに祭が言うが、神は大丈夫大丈夫と繰り返し、祭を伴って神社を出たのであった。


「オイ、さっさとこいつらを捨てろ!」

「だったらテメーも手伝えって言ってんだよ!」

「俺が奴らをどうにかできると思っているのか!?」

「手づかみで捨てろって言ってるわけじゃねェだろ!? テメーが今使える力使えって言ってんだよ!」

「どうでもいいからさっさとしろ! 今しろ! すぐにしろ! うわぁぁあああ! ほら見ろ、貴様がさっさとしないからGが飛んで来ただろ!!」

「オレのせいにすんなよ!! 一人でこいつら捌けると思ってんのか!? ぎゃぁああ! 毛虫がこっち来たぁ!!」


 叫ぶ二人が、部屋に捨て置かれたゴキブリと毛虫を処理するに1時間はたっぷりかかったのである。

 完全に疲れ果てた二人。

 体力的にも。

 精神的にも。

 いつまでこんなことをしているのかと。

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