第47話
「で。何でオレを呼んだんだよ」
「安倍晴明個人として興味を持ったのでね。私があの神社に行けばアホ狐がうるさいですし、ならいっそのこと来てもらおうと思いまして」
普通に呼べばいいものを。
何故、あんな手の込んだ真似をしたのか、カイルは理解に苦しむ。
さもパンがないならお菓子を食べたら良いじゃないかというような言い方に、カイルは溜息をついた。
「普通に呼んだら面白くないじゃないですか。アホ狐の嫌がらせに比べたらマシですよ」
「どこが、マシなんだよ。同レベルじゃねェか!」
それよりもこの場所に呼んだ理由だ。
「常々、噂を聞いていまして。それに、ヤトさんからもよく話を伺っていましたしね」
「へー……。は? クソ師匠?」
「えぇ。ヤトさんとはそれなりの付き合いをしている茶飲み友達で。あれ? トイレですか? でしたら部屋を出て……」
立ち上がり、部屋を出ようとしているカイルに晴明は声をかけた。
「帰る。テメーと話する気なんざねェよ。クソ師匠と繋がりのある奴は信用できねェ。むしろ絶対何か悪いことが起きる予兆だ。間違いねェ。絶対、何か悪いことが起きる」
長居をすればするほど、何かが起こるだろうとカイルは思う。
「とはいえ、話をしないわけにもいかないでしょう?」
「チッ。つーかテメーのせいでずぶ濡れなんだよ。話してェなら着替えくらいよこせよ」
晴明は部屋に飾っている葉っぱを一枚千切り取ると床に放り投げた。
すると葉っぱは人型を取った。
「お客人に着替え、持ってきてください」
先程とはまた違う童子姿の少年は一礼すると部屋を出ていき、しばしの間を置いて着替えを持って戻ってきた。
着物かと思えば洋服もあるらしい。
カイルが着替えると、その童子は濡れたカイルを持って行った。
「さて。服が乾くまで、話をしましょう。というか、忠告したいことがありまして呼んだんですけどね」
「なんだよ。忠告って」
イライラとしながらカイルは晴明の言葉の続きを待つ。
晴明は先ほどまで口元に笑みを含ませた涼しげな表情をしていたが、口を引き締め、言葉を紡いだ。
荷物を纏めて今すぐ、儀園神社から大河を連れ出し出て行った方がいいと。
「つーことは、テメーは視えてんだな?」
神社を取り巻くハデスの気らしい、ゴーストの渦が。
「視えていないわけがないでしょう。私とて安倍晴明の名を継いだ者ですから」
視えていなければ今頃、名無しの権兵衛だったと晴明は苦笑しながら言う。
間違いなくアレは今までこの国に存在しなかったモノだと。
カイルは眉根を寄せながら晴明に問う。
知っていながら、何故、何もしないのかと。
「私だけではどうしようもないんですよ。本来、神社とは神域です。いつの頃からアホ狐が棲みついて今に至るわけですが……何せレイキ会がアホ狐の棲みつきを許しているもので」
元々、儀園神社は神様を失った寂れた神社であった。
そこに棲みついたのが狐の神である。
「あのクソ狐一匹であんなゴーストの渦になるわけねェだろ。大河から聞いたんだけどよ、祭がハデスらしい奴に襲われたことがあるって」
「えぇ。十年程前です。前安倍晴明で私の師匠が結界を修繕しました」
カイルは眉根を寄せて考える。
偶然と片付けるには、重なっている。
自分達兄弟がハデスに襲われたのは十年くらい前。
ということは自分達を襲う前からハデスはこの日ノ国にも出入りをしていたのだ。
「けどよ、何で今でもハデスがあの神社にいるとしたら大河は分かんねェんだ?」
「大河は龍神で光側なんですよね。つまり相殺しているんですよ。光と闇、その間は不可視の状態になっている。とはいえ、あの渦がここまで大きくなっているということは大河にも何かしら影響があるはずですが……」
大河がヘバっているなど想像ができない、とカイルは思う。
イニシャルGやKを前にすると確かに半泣きになるが。
「んじゃあ何で大河の父親達は気付いてねェんだよ」
それについては晴明も首を振る。
ハデスの方がしたたかなのか、大河の両親は気付いていながらあえて何もしていないだけなのか、それとも本当に気付いていないだけなのか。
もし気付いているとすれば本当に息子が大切なのであれば親は子を守るために動くはずだ。
それが親というものなのではないのだろうか。
「さて……両親といて幸せだった記憶がない私には、分からない話ですけどね」
晴明はぽつりと呟いたのを、カイルは聞き逃さなかったがあえて、何も問わなかった。
今聞くべきことは彼の半生でも生い立ちでもない。
ハデスに対して自分達は何が出来てどう対処すべきなのかということなのだから。
「とはいえ、カイル。あなたは早く、荷物を纏めて大河を連れてあの神社を出た方がいいかと」
「そりゃ都合が悪ィな。言っただろ。オレはテメーなんか信用してねェ。あの場所に本当にハデスがいるんなら、あの場所で迎え撃ってやる。オレはそのためにココにいんだよ」
救えなかった弟。
自分はもう、ハデスを倒すこと以外にこの場所に、この国に用はない。
これ以上大切なモノを、失いたくない。
人はいつもそうだ。
失いたくない。
大切であれば大切であるほど、救うことも出来なければ恩を返すことさえできない。
「事情を知ってようが、テメーに指図される覚えもなけりゃオレのやり方に口出しされる覚えもねェよ。つーわけでオレはテメーにこれ以上用はねェ。服なんざ後でクリーニング出して返してくれりゃそれでいいんだよ」
帰る。
もう一度そう言い残すと、カイルは立ち上がり部屋を出ようとする。
しかしそれを止めたのは晴明であった。
簡単に開くはずの障子が開かない。
不機嫌にカイルは後ろを振り返る。
彼は、不敵に笑っていた。
「そんなに急ぐことなんてないですよ。あなたにはお迎えを頼んでいますから」
ほら、もう辿り着いたと晴明は軽く笑う。
カイルが後ろを振り返ろうとしたまさにその時であった。
「あ? 迎え? ぐぶぉっ!?」
ガタンッと障子が外れ、カイルを押し潰した。
つい先日も同じような目に遭ったばかりであるというのに。
「まったく。こんな所で何を呑気に茶など飲んでいるんだ。晴明ごときの式神にのこのこと誘い出される馬鹿人間が」
グリグリと障子に穴が開こうとも構わずカイルを踏みつける様は師匠であるヤトに似ているが、間違うことなかれ。
まさに、大河であった……。
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