第45話

「誓約書を作ってやがった上に、血判押させるってどこまであのクソ狐は祭に対して過保護なんだよ」


 翌朝、すでに日課として定着してしまった境内の掃除をしながらカイルは大河に文句を漏らす。


「パパ上は昔から祭を溺愛していたが……。数年前に祭が正体不明のモノに襲われたらしいからな」


 その当時、大河は買い物に出かけていて神社にはいなかった。

 あの神社の結界を破ってソレは侵入してきたらしい。


「正体不明なモノって……」

「俺にもさっぱり分からん。酷く穢れが残ってはいたが、俺が神社に戻る頃にはその正体不明なモノは消え去っていた。幸い祭にケガも何もなかったし、被害といえば結界が破られたことだけだ」


 カイルは考え込む。

 もしもその時侵入した正体不明なモノが、自分達魔術協会が追っていたハデスなのだとしたら?


「なぁ。結界はその後すぐに修復したのか?」

「あぁ。その当時の安倍晴明に修復してもらったな」


 今では代替わりをしているが、と大河が突然、不機嫌な表情となる。

 どうやらその陰陽師とやらも一癖二癖ありそうな人物のようだ。

 カイルは大河から得た情報を頭の隅に留めて今度は朝食の準備に向かう。







 珍しく、平和な一日だった。

 神の悪戯はいつものごとくであったが、先日などの騒ぎに比べれば大したものではなかったのでカイルは久々にほっと一息ついて布団の上に座る。

 まだ着替えていないが久々にゆっくりできそうな夜で、つい面倒に思ってしまう。

 布団に横になってから、カイルは今朝、大河から聞いた情報を思い出す。


「もし、その時にアイツがこの場所に入り込んで、身を潜めたんだとしたら……」


 この空間を取り巻くゴーストの渦の大きさも納得ができる。

 直感ではあるが間違いない。

 ハデスは今もこの空間のどこかで身を潜めているだろう。

 ただ、奴をどうやって引きずり出すのかが問題ではあるが……ひとまずこの情報は師匠であるヤトに伝えるべきだろう。


「待てよ……クソ師匠が協会にいるって保障ねェじゃねェか」


 何だかんだと暇をしているように見えて実はあちこちで魔術師としての仕事を片付けているのだ。

 ではリトはといえば、アテにならない。

 重要なことでさえ忘れてしまうことが多いので彼にその情報を伝えるのは却下だ。

 だからと言って直接、魔術協会に報告すればすぐにでも仕事を進めろと言ってくるだろう。

 話を聞いた上での直感であり、現実的にハデスがここにいるという証拠は何もないのだ。

 しばし悩んだ末、カイルはひとまず眠ることにした。

 横になるとふわふわの、何とも心地よい暖かさが頬に当たる。


「あー。気持ちいいわー枕最高……アレ?」


 自分の枕は、こんなにふわふわもふもふの、心地よい暖かさを持っていただろうか。

答えは否。

 無言でカイルは身を起こして部屋の明かりをつけ、枕があるであろうその場所を見た。


「きゅぅ……?」


 白い、まん丸な毛玉……に潤んだ黒い瞳の見たこともない生物―――しいていうのならケセランパサラン的な―――が体全身を横に傾けてカイルのことを見上げていた。


「何だ? お前……」

「きゅぅ~」


 白い毛玉はふわふわと部屋の中を一通り転がると、カイルの杖を小さな手に抱きかかえた。


「は?」


 何をしようというのか。

 最近では杖がなくとも魔術の精度が上がってきているが、だからといって捨てていいものでもなければ目の前にいる正体不明の怪しい生物が触っていいものでもない。


「オイ。それを返しやがれクソ毛玉」

「きゅっきゅ~」


 杖を取り返そうと手を伸ばすも白い毛玉は素早い動きで、ちょろちょろとカイルの手を逃れ、ついに毛玉は障子を開けて庭へと飛び出した。


「クソッこのっ」


 庭を追いかけまわしたが捕まらず、毛玉は神社の外へと飛び出した。

 もちろんカイルはその毛玉を追った。

 何が目的か、誰の差し金かは知らないが、杖を持ち逃げされているのをただ見送るほどバカではない。

 とにかく取り戻さなければの一心だった。


「待ちやがれ!」

「きゅきゅっきゅ~」


 完全に遊ばれている。

 右、左、右と思わせて左、左と思わせて転進。


「白いだけのあざとい毛玉が、賢そうにフェイントかけてんじゃねェよ!」

「きゅ~きゅっきゅ~」


 とにかく見失わないように、カイルはひたすら毛玉を追いかけた。

 神社からさほど離れた場所に行かないカイルにとって自分が今、どの辺りを走っていてどこへ向かっているのかはさっぱり分からない。


「このっ……!」


 カイルは毛玉の足を止めようと魔術を発動させるが、毛玉は優雅な動きでカイルの足止めとして放った魔術を避ける。


「あの毛玉操ってる奴、ぶっ潰す! そのもふもふ全部むしって枕にしてやる!! 待てっつってんだろー!!」

「きゅっきゅきゅ~」


 近所の迷惑も考えず、怒鳴りながら毛玉を追うカイル。

 右手側に広い土地が見えるがそれがどこか、など考えている余裕もなかった。


「クソ師匠との修行と、クソ狐の悪戯で培ったオレの気力と体力、舐めんなぁぁああああ!!」


 夜の京ノ都。

 カイルの声が轟いていたのであった。

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