第44話

 翌日の夜。

 夕食後に、カイルと大河、祭はパトロールという形で京ノ都の町中を歩く。

 日が落ちた時間帯。

 カサリ、コソリとどこかの物陰が揺れる。

 パトロール一日目。

珍しく大河と祭もカイルに合わせているのか洋服を着ている。

 傍から見れば若者が連れ立ってこれから遊びに行くのか、その帰りなのだろうと見える。


「この辺は特に異常はなさそうだな」

「うんっ」

「チッ。何の手がかりすらねェってどういうことなんだよ。いつも通り、神社の気しかオレの瞳でも視えないなんてよ」


 カイルは仏頂面で言う。

 目的のモノについての手がかりは恐ろしいほどに皆無。

 では神社に何かあるのかと探りを入れようにもどこから手を付ければいいのかさえ分からない。

 あの場所は不安定だ。

 神や祭が棲んでいるからなのか、龍神の大河が棲んでいるからなのか。

 闇と光が調和を保っているようなそんな場所だ。


「でも何もないのが一番だよねっ」

「そうだな。特に祭にはな」


 もしも祭に何かあれば、たとえかすり傷でも神にどんなことをされるか。

 カイルと大河は考えるだけで胃が痛くなる思いがした。


「ねぇねぇ大河。鞍馬の方は行くの?」

「クラマ? どこだよそれ」


 地図でいえばこの辺りだ、と大河は指をさして示してやる。

 四ノ條からいえばかなり遠い距離。

 交通機関を使わず歩いて行けば相当な時間がかかるだろう。

 何故、そんな場所を祭は口にした、とカイルは祭を見る。


「祭。あのバカのいる場所まで足は運ばん」

「えー。でもたくさん情報持ってるって昔から噂で聞いてたよ?」


 会話についていけない。

 カイルは誰がいるのかと二人に問う。


「あのね、鞍馬ノ山にね、天狗の天さんが棲んでるんだよっ」


 天狗……前に資料で見たことがある。


「有頂天になるっていう?」

「どんなボケだ。有頂天になっている、という部分は、あながち間違いではないがな。だがあのバカの住処までパトロールしてやる義理はない。俺はあいつが死ぬほど嫌いだ」

「お前にツッコミ入れられるなんてよ……。つーかお前の場合、どいつもこいつも嫌いなんだろ」


 地図を折りたたみ、ポケットに突っ込むとカイルは分かってると言いながら先を歩く。


「俺の世界には祭一人がいればいい。人間を見守るのは龍神だからだ。まぁ、貴様も一応頭数には入れておいてやっている」


 やはり上から目線だ。

 大河の様子からすれば、恐らく祭の父である神レベルのろくでもない輩であろうことは予想がつく。

 大河曰く、金と酒に目がなく大雑把で汚い、長生きしているだけで有害なモノらしい。

 彼の元まで足を伸ばすくらいなら自分の母の着せ替え人形になる方がよっぽどマシだとまで言うのである。

 そこまで言うのならば一度はどんな輩か見てみたい気もするが、金や酒の無心をされてはたまったものではない。


「じゃあそろそろ切り上げて綺羅々ちゃんに報告に行こうよ」


 綺羅々。

 話によれば、紫月の姉であるらしい。

 レイキ会の裏ボスで大体の指示は彼女から発令されているとか。

 彼女の名前が出ると、また大河が渋い顔をする。


「男を男としてではなく、下僕か下僕以下の存在として見て命令ばかりするあの我が侭な鬼喰女が、俺は大嫌いだ」


 会うのも嫌らしい。


「アイツに会えば図が高いとピンヒールの先で頭を踏まれるわ、蹴られるわ、挙句の果てには踏んだり蹴ったりしたことなど知らないとばかりに我が侭を言いまくるに決まっている。というか、あの女が外に出て来るという日がくれば、この世界が終わる前兆だ」


 そこまで言われれば、結局祭も


「そっかぁ~」


と苦笑しながら帰ろうと提案するのであった。



「まぁ~つぅ~りぃ~ちゅわぁぁあああん!!」


 神社に戻るや否や。

 玄関で待ち構えていたらしい神はカイルを押しのけ祭に飛びついた。


「よく帰ってきたねっ。大丈夫だった!? ケガはない!? 祭ちゃんにもしものことがあったらと思うと、パパは……パパは……」

「夜も眠れねェ、なんてベタなこと言うなよ? クソ狐」

「パパはぁ……」


 がっくりと膝をつく。

 どうやらカイルのセリフそのままを言おうと思っていたらしい。


「パパ上。安心してください。今夜の所は妙な輩はいませんでした」

「今夜は、でしょう!? あぁぁあぁ~……こんな不安な日々が続くと思うとパパ胃が痛いよっ。それに……はぁぁ~……」


 祭から離れることなく、抱きしめたまま神は深い溜息をつく。


「さて。パパ上。風呂を頂いて寝ます」

「あー。オレも風呂入って寝るわ」


 彼の話を聞いたが最後。

 どうせロクでもないことに巻き込まれる。

 それどころかまた自分の身が危険に晒されるような約束事を取り付けられるに決まっている。

 カイルと大河は話を聞く気もなく、部屋から出ようとする。


「甘い! 天津甘栗や甘柿なんて目じゃない。この世のありとあらゆる甘さの中でも一番甘いよ。二人とも!」


 祭を離し、ぐわしっと神はカイルと大河の足首を掴んだ。

 予想外の出来事に二人は為すすべもなく畳に顔を打ち付ける。

 魔術師である人間と、龍神の王の息子の何と無様な姿か。


「パパ上……」

「クソ狐……」

「パパすごいねっ。二人そろって畳にびったーんっ」


 一番の当事者であるはずの祭は手を叩いている。

 何がすごいものか。

 カイルと大河は痛みをこらえながら神を睨み付けた。


「祭ちゅわぁん! やっぱり危険なことはやめてパパとお留守番してよっ」


 ひっしと神は祭に抱き着き泣き喚く。

 この状況をどう収めたものか。

 おそらく、カイルと大河が何を言った所で神の暴走は止まらないだろう。


「パパ。パパが心配してくれてるの、すごくよく分かるよ。それでもボクね、パパも大河もカーくんも、この町も守りたいんだ。だから、お願いっ。ボクの一生に一度のお願い、聞いて? ボクもカーくん達と一緒に見回りしたいんだ」

「祭ちゅわん……。分かった……もう、パパもそれについては言わないよ。さて。カイルくん、大河クン?」


 こっそりと部屋に戻ろうとしたカイルと大河だったが、その前に神に引き留められて結局、二人は祭を絶対に守るという誓いを立てさせられたのであった。

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