第43話
「戻ってきてやったから協力してやらねェこともねェぜ」
儀園神社に到着し、早々にカイルは切り出した。
「何で貴様が上から目線なんだ」
「そうだよカイルくんっ。祭ちゃんと大河クンに聞いたら完全にしょげてたから、てっきりもう戻らないかと思って」
と神は部屋を見せる。
「悪戯してあげたのに」
「オイコラ。帰ってくる前提でしっかりと悪戯してんじゃねェか。また蜘蛛の巣だらけじゃねェか! どうしたらここまで部屋汚せるんだよ!!」
前回、修行で部屋を開けていた時と同じく。
部屋には芸術的な蜘蛛の巣がわんさかと張られ、ゴミだらけの煤まみれ。
「あっは~。パパ知ーらないっ」
「パパ上……。何かしでかすかと思っていたら部屋を汚すのはもうやめてください。そこそこいい畳を買ってるんですよ? 畳代もバカにならないんですから。これ以上、部屋を汚すのなら晩御飯、抜きにしますよ?」
「きゃー! 酷いよ大河クン!」
相変わらずだと思いながら、部屋の前でカイルは魂が抜けそうなほど溜息をつく。
長時間のフライト、そして空港からの移動で疲労もピークに達しているというのにトドメにこの有様だ。
「カーくん。大丈夫? ボクが片付け手伝って……」
「いらねェ。お前、また狐術使う気だろ。よーく分かってんだよ。んなことしたら、床が抜けて修理させられて挙句の果てに飯抜きになるってことくらいな」
祭に狐術を使わせてはならない。
確実に、被害が広がるのだから。
「パパ上。自分のしたことに責任とってくださいね。そうでないなら、パパ上は晩ご飯、抜きにします。オイ、パパ上が部屋を片付けている間、俺の部屋で寝ることを許してやる」
「ちょっと大河クン! パパが何でカイルくんの部屋を片付けないといけないのさっ」
神は大河に文句を言うが、再度、自分のしでかしたことに責任も取れないのであれば晩御飯を抜きにすると言われてしまい、神は何も言い返せなかった。
「いいなぁ、いいなぁ! 大河、ボクも! ボクもカーくんと大河と川の字になって寝たいっ」
「大河、お前。本当いい奴になったな」
「貴様のためじゃない。汚部屋があるのが許せないだけだ。そこは間違えるなよ」
「……オレが初めてここに来た時にはすでに酷い状況だったじゃねェか」
「……悪かった。アレもパパ上がしでかしたことだ」
ひとまず、カイルは持ってきたトランクと、汚された部屋の片隅に置いてあるトランクを救出し大河の部屋に運び込む。
布団も無事だったので祭と手分けしてそれも大河の部屋に運び込んだ。
大河は晩御飯の支度をするため台所にいるので、今、部屋にいるのはカイルと祭だけだった。
「カーくん。もう大丈夫?」
「あ? 何がだよ」
「だって、弟さん、死んじゃったんでしょ? 大切な人が、家族が死んじゃったら、なかなか立ち直れないと思う。すっごく辛くて、苦しくて、どうしようもなくて泣いちゃうと思うんだ。カーくん、帰る時すごく落ち込んでたけど、もう大丈夫なのかなって……」
祭は折り鶴を折りながら、カイルに話しかける。
辛くないわけじゃない。
カイルは祭から視線を外す。
「辛い時はね、辛いって言っていいんだよ? あとね……泣きたい時も泣いていいんだよ? 誰かに頼りたい時は頼っていいんだよ? 甘えたい時もね、甘えていいんだよ? 逃げたい時は逃げてもいいと思うんだ。大切な人を亡くした時の辛さや悲しさ、苦しさは、誰も笑わないから」
祭は言葉を続けた。
「本当の本当に一人きりの人なんていないよ。カーくんにはちゃんとね、まだカーくんを大切に思ってくれる人、たくさんいるんだから甘えていいと思うんだ。ボク、これでもカーくんより長生きしてるんだからねっ。カーくんより長生きのボクからのアドバイスだよっ」
はいっできた、と祭が差し出したのは数十羽の折り鶴だった。
まさか祭にそんなことを言われるなんて、思ってもみなかった。
カイルはがしがしと祭の頭を撫でまわした。
「テメーに心配されるほどじゃねェよ。……けど、ありがとな」
その言葉に、祭はにっこりと笑顔を見せた。
「カーくん。目も大丈夫?」
「あぁ。別に痛くねェし」
「よかったぁ。本当に心配したんだからねっ。この折り鶴は、カーくんの弟さんにねっ」
と、話をしていると大河が食事だと呼びに来た。
祭は神を呼びに行くため部屋を出て行ったのであった。
※
「とりあえず、カイルくんは協力してくれるってことでいいのかな?」
「まぁな」
食後、最終確認だと神は茶をすすりながらカイルに問う。
対するカイルも頷いた。
「やったぁ! ボクたち三人で頑張ってこの町を守ろうねっ」
嬉しそうに祭は大河とカイルに抱き着く。
「祭ちゅわん! 大河クンはともかくカイルくんに抱き着いてはいけません!」
「こいつはともかくってどういうことだよクソ狐! やっぱお前らに協力するとかやめてやる」
「パパ上。これ以上からかうのはやめてください。せっかくの協力を無駄にする気ですか?」
「そうだよパパっ。綺羅々ちゃんにまたメッてされちゃうよっ。カーくん、お風呂行こうよお風呂っ」
祭はカイルの手を引っ張り、夕食の食器を下げることなく出て行ってしまった。
その様子を見送り大河も風呂へ行こうと食器を持ち上げた瞬間だった。
背筋に冷水をかけられたかのような、寒気が走った。
「? 大河クン?」
大河はゆっくりと振り返る。
一瞬の寒気……だがこの場所にいるのは大河と神の二人だけだ。
「―――いえ。何でもありません」
龍神ゆえに、その妙な気配に気付いたのは自分だけだろうか。
それとも神は気付いていながら気付いていないふりをしているのだろうか。
足早に部屋を出て台所に食器を置いて洗う。
早く風呂に入りたい。
まだ微かに、体の内に冷たいものが残っている気がする。
「今のは一体―――」
大河は一瞬の違和感を拭いきれないまま、先に風呂へ向かった祭達の元へと向かうのであった。
一方のカイルもまた、風呂に浸かりながら悪寒がした。
ほんの一瞬、鋭い冷たさが体の奥に刺さるような、そんな感覚。
熱めの風呂に入っているというのに。
「? カーくん。どうかしたの?」
「いや」
「あ! もしかしてお湯、温かった!? だったらもっと熱いお湯―――」
入れなくていい! とカイルが断る以前に、祭は湯を足した。
直後に蛇口近くに座っていたカイルは悲鳴を上げる。
その声に、何事かと大河が覗き込むと、湯船から転がり出たカイルはすぐさま水を出す。
が、蛇口を思いきり捻ったために壊れた蛇口から水が噴き出しカイル自身と覗き込んだ大河がびしょ濡れになる。
「た、大河? 大丈夫?」
「……貴様。覚悟はできているんだろうな?」
「ワザとじゃねェよ!」
「カーくん、大河、早くお風呂入らないと寒いよっ! 冷えちゃうよっ」
最終的に、祭に引っ張られ熱い湯に二人が突っ込む羽目になったのは言うまでもなかった。
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