第42話
飛行機に乗って日ノ国に向かっているカイル。
一方、儀園神社では、ゆったりとした昼下がりとなっていた。
神を始め祭、大河は部屋でお茶を飲んでいる。
「……カーくん。大丈夫かな?」
ぽつりと祭が口にすると、神も大河も祭の呟きには無言で答える。
彼は人間だ。
自分達とは違う存在。
「祭ちゅわん。カイルくんが帰ってきたら、もっとすごい悪戯しかけようね」
「ダメだよパパっ。もし戻ってきたとしても、カーくんがすっごく落ち込んでたら可哀そうだもん。大事な家族が死んじゃったんだもん……もしパパや大河が死んじゃったら、ボク、すごくすごく悲しい」
戻ってくるのかどうかさえ分からない。
だからといってレイキ会を通じて魔術協会へ連絡ができるはずもないだろう。
彼らは闇を狩る者であり、本来なら相容れない存在だ。
「祭ちゃん。誰でもね、いつだって絶望の淵に迷い込む可能性があるんだよ」
神の言葉に、祭は小首を傾げる。
大河は何も言わずに茶を飲みながら神の言葉の続きを待った。
よく分かっていないらしい息子の頭を撫でながら、神は続けて口を開く。
「カイルくんも一緒だよ。もし、戻ってきてまだカイルくんの心が沈んでしまっていたら、周りは何もしてあげられないんだ。話をしても……耳に聞こえてはいても、心にまで響くどころか届かない」
ではどうすればいいのだろう。
自分に何がしてあげられるのだろう。
祭は神の言葉を聞きながら必死に考える。
カイルは友達だ。
生まれて初めてできた、少しだけ特殊だけれど“人”の。
だから彼が楽しんでいる時は一緒に楽しみたいし、悲しんでいる時は慰めて支えてあげたい、怒っている時は自分にできることをしてあげたい。
「ボクには何もできないのかな?」
「ただ、傍にいて見守ってあげるだけでいいんだよ」
それでもよく分からなくて、祭は神の顔を見つめる。
大河は神の言いたいことが分かるのか頷いていた。
「もし彼が抜け殻のようになっていたのなら、時々悪戯をして、でもそっとしておいてあげるんだよ。いつも通りご飯を用意してあげて、お風呂の用意をして、用意ができたよって声をかけてあげればいい。もし彼が痛む心を抱えたままいつものように振る舞うのなら、いつも通り朝に境内の掃除を一緒にして、大河クンとご飯作ってもらって、悪戯をしかけて、一緒にお風呂に入ればいいよ。いつもと変わらない毎日をね、共有するんだよ」
さらに神は言葉を続ける。
「立ち直るのも、立ち直れず潰れてしまうのも本人次第。けれど、立ち直った時はちゃんと周りを見る余裕が出てくるんだ。自分は一人じゃなかった、心配してくれるんだって、ちゃんと気付くことができるんだよ」
カイルは大丈夫だろうか。
立ち直ってくれるだろうか。
祭は心配だった。
“人”故の脆さを、祭は知っている。
そっと祭は自分の着物の胸の辺りをぎゅっと握りしめる。
そんな祭の頭を優しく撫でたのはずっと黙っていた大河であった。
「心配するな。祭。奴なら大丈夫だろう。俺達が信じてやればいい」
「そっか……うん、そうだよね! 安心したらボクお腹空いちゃった!」
「祭ちゅわん! やっぱり祭ちゅわんは可愛すぎるよ!」
久々に格好をつけすぎて妙にキリッとした顔をしている神に、大河も久々にその顔を見たと苦笑をする。
「あ、大河が久々に笑った! カーくんが来てから大河、カーくんに付きっ切りなんだもんっ」
カイルばかりずるいと祭は口を尖らせて拗ねてみせる。
「安心しろ、祭。優先順位はぶっちぎりで祭が一番だ」
「大河クン? パパの祭ちゃんにあまりベタベタしてるのなら、鱗の一枚一枚にGとKを突っ込んじゃうよ?」
神の言葉に、大河は真っ青になりながら祭から離れたのであった。
※
「リト……」
「すいません……」
その頃、魔術協会では……
「何で、近道をしたら出口が協会のダストシューターなんだい?」
「……偶然繋がる出口がこっちしかなくて」
魔術協会で話がある、とヤトがリトの元を訪れ、リトと共に彼の空間を繋げる力で魔術協会に戻ってきたものの……二人はダストシューターで宙吊りになっていた。
「危なくゴミの中に突っ込む所だったじゃないか」
「はい……次は、もっと上手くやります」
何とかゴミに突っ込まずに外に出られた二人は、シエルの墓の前までやってきた。
魔術協会の中だとどこで誰が聞いているか分からない。
かと言って、リトの勤め先で話すわけにもいかないので、わざわざヤトとリトはここまでやってきたというわけである。
「師匠。シエルには魔術師としての才能も能力もなかったはずです。長く眠っている間に魂が血縁者を守るなんて……それに、何故ハデスはカイルを?」
いつもは眠たげな表情をしているリトであるが、今はどちらかといえば困惑している表情をしていた。
誰がハデスを封印されていた魔術協会から解放したのか。
そもそもシエルが何故、今まで眠っていたのか。
何故、カイルだけが助かったのか。
何のためにハデスは日ノ国に渡り、カイルを待っているのか。
「さて……私もいまだよく分かっていなくてね」
「……師匠はいつも、嘘つきです。何も分かっていないって言いながら、ほとんどいつも核心に迫ってますよね? 分かっていて、分からないフリ、していますよね?」
「カイルも可愛げがないけれど、リトも大概だね」
師匠であるヤトには言われたくないな、とリトは口に出さず心に留める程度に思った。
「ねぇ、リト。もしもハデスが、本体の封印が解放される前に魂だけで動くことができる力を持っていたとしたら?」
「つまり、誰が解放したわけではなくハデス自身が自分の封印を? もしそうなら、カイルとシエルの二人が関わる意味が分かりません。偶然にしては出来すぎていると思います」
よっぽどハデスが二人に惹かれるものがない限り。
死を司り、死者をあの世に送る神。
そんな神がカイルとシエルの何に惹かれたのかが分からない。
「リト。この世界はさ、悪い偶然ほどよく重なると思わないかい?」
ヤトの言葉にリトは一瞬考える。
「この際君には言っておこうか。実はね、カイルとシエルは十数年前に死んだこの魔術協会のある夫婦の息子だったんだよね」
「ある、夫婦……? 今は空席の、光と闇の門を守っていたと伝えられている?」
「あ、知ってたんだ。その通りだよ。今回調べてやっと分かったよ。その夫婦はカイルとシエルを魔術師にする気がなかったようでね。だから、孤児院に預けたのさ。特にシエルには、ゴーストの影響を受けたらハデスを道連れに眠るという封印を仕掛けてね。結局、夫婦二人揃って死んでしまって、シエルも……」
ハデスは闇の門の向こう側に封じていたはず。
門を守るほどの力では抑えきれないほどにハデスは力をつけていたということだ。
さらに魂だけで動き回り、脱走をした。
「まさか、眠り続けていたシエルが魂だけでカイルを守っていたのは、驚いたよ」
「はい……」
「もしかしたらハデスの影響を受けていたのかもね」
魂だけで動く方法を見つけていたのかもしれない。
死んでしまった以上、本当の所はヤトにもリトにも分からないのだが。
「カイルがハデスの討伐に抜擢されたのも、シエルが眠り続けていた理由も、上は知っていたってことですよね?」
「そういうこと。本当、気に食わないよね」
そんな大切な話。
いくら先日シエルが死んだからといって何故、カイルに伝えなかったのか。
「よかったんですか?」
「何がだい?」
「カイルにそのこと、伝えなくても」
しばし空を仰ぎ、ヤトは考える。
「……きっと聞いたら、あの子はあの子なりの戦い方ができないと思うんだよね。もしかしたら、捨てられたって、思うかもしれない。今更だって怒るかもしれない。もう、この事は墓場に持っていこうと思っているよ。あの子にはもう、義理の両親がいて、義理の妹がいて、日ノ国に友人が出来たんだ。今更……この事は話す必要はないさ」
その言葉を聞いてリトは、同じく青い空を見上げて口を閉ざしたのだった。
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