第41話
暖かい、義理とはいえ母親の腕。
父親と妹のノエルはただ静かにカイルの言葉を待つ。
「私達は家族だ。カイル。たとえ血が繋がっていなくともお前も、そして死んだシエルも私の大事な息子だ。一人で抱え込まなくていい」
「……えっと、そっちのは……」
「会うのははじめまして、だよね? カイル兄。私、カイル兄の妹のノエルだよ」
差し出された手を、カイルは恐る恐る握手をする。
「パパとママがよく話してくれるから知ってる。カイル兄のこと。カイル兄はいつも頑張ってるって。ね、カイル兄。一緒に帰ろうよ」
血の繋がりはなくとも家族だから、帰ろう。
何て優しい言葉だろう。
でも、だからこそ守りたい。
これ以上身内を亡くしたくない。
そうだ、自分にはまだやることがある。
カイルは一呼吸置いて母からそっと離れた。
「ごめん。
彼らには申し訳ない気持ちで一杯だ。
本当は逃げたい気持ちで一杯だ。
でもまだ楽になることなんて出来ない。
「ずっと、手紙返せなくてごめん。シエルが死んだの、本当ショックで、どうしたらいいのかなんてまだ分からねェけど、でもオレは……このまま辞めたら、もっと後悔しちまうから」
血の繋がりはないけれど、家族はちゃんとここにいる。
だからもう少し魔術師として頑張りたい。
これ以上、大切な人を失わないように。
そのためにも自分は弟を眠らせ殺したハデスを自分の手で倒したい。
「まだ日ノ国に残してる仕事があるんだ」
まだこんな所で立ち止まっている場合ではない。
シエルのことはまだ整理が出来ないけれども。
自分は前に進まなければいけない。
悲しいことほど心に傷のように刻まれ、どれほど時が経とうとも簡単に癒えるものではないのだ。
「それに、今世話になってる所が悪くない所だし、先延ばしにしてる返答もあるんだ。オレは……最後まで、やり通したい。ここで逃げたくねェんだ」
だから、今はまだ一緒に住めない。
一時を置いて最初に言葉を口にしたのは父親だった。
そうか、と呟いて言葉を続けた。
「お前がそう決めたのだったら……。だけど忘れないでくれ。何度も言っているが私達は血の繋がりはなくとも家族だ。だから、時々でいい。手紙を送ってくれ。日ノ国でお前がどう過ごしているのか、教えてくれ。ずっと仕事ばかりしているわけじゃないのだろう?」
父親の提案にカイルは頷いた。
今度こそ手紙を送ろう。
今までずっと、魔術協会に与えられている部屋に置きっぱなしにしていて、封を開けて中を見るどころか放置したままの手紙。
何年も距離を置いていたのに家族だと思ってくれていて、欠かさず手紙を送ってくれた。
「頑張れとは言わないわ。でも、どうかお願いだから無理はしないで?」
「ありがとう。
心の底から今、思う。
自分は、本当は恵まれていると。
シエルの死を無駄にしてはいけない。
彼は幼くして眠り続けながらもカイル自身と繋がっていて最後まで自分を守ってくれた。
なら自分は、逃げ出さずに守られた命を全うしようと。
この家族のためにも。
そして、日ノ国で出来た新しい繋がりとも。
「ノエル。今の仕事終わったら、休暇取るからよ。その時は色々案内してくれよ?」
「うんっ。カイル兄のためにたくさん調べておくねっ」
もう一度、家族の姿を目に、心に焼き付ける。
こんな所でまだ終わってはいけないのだと自分に言い聞かせながら、カイルは一礼し、屋内に入った。
「よかったのかい?」
カイルに声をかけてきたのはヤトだった。
カイルは俯いたまま静かに頷く。
「師匠。オレ……」
「てっきり私は、辞めるのだとばかり思っていたよ。もう二度と、関わりたくないって」
ヤトは言葉を続ける。
「むしろ、辞めるのなら私は喜んで退職の手続きをして、君が普通の子供として過ごせるように手配をしようとね」
「それは俺が、弟子としてダメだったってことかよ」
「逆だよ。良い弟子だからこそ、魔術師という仕事に縛られず自分の道は自分で決めてもらいたかったのさ。だって。君はまだまだ若いんだから」
カイルは今までのことを思い起こす。
ハデスに襲われ弟が昏睡状態に陥ったことから全ては始まった。
自分には力があるから魔術師となって、息も絶え絶えになりながらも必死に修行した。
不本意ながら日ノ国に派遣されて、あの神社―――儀園神社に辿り着いて出会った神、祭、そして大河。
杖を封印されたことで焦燥感を抱きながら、いつの間にかあの場所にいることが当たり前になっていた。
シエルが死んだ先日、全て夢であればどんなによかったことかと考えた。
それでも当初の目的を思い出した。
ハデスは自分の手で。
まだ目的が残っている以上、蹲り座り込んでいられないのだ。
「師匠。オレ、魔術師になったことは後悔してねェよ。……師匠の地獄の修行はもうコリゴリだけど。あの国も、そんなに悪い場所じゃねェから。それに、今辞めた方がオレは絶対後悔する。夢の中でオレを庇って死んだシエルに顔向けできねェ」
魔術師にならなければ、知らないままであっただろう。
「……カイル準魔術師。上からの指示だ。もう一度、日ノ国に赴き彼らの属するレイキ会と手を組んででもハデスを葬ってくるように。あの神社に、きっと鍵があるはずだよ」
ヤトの真面目な言葉に、カイルも顔を上げて真剣に、力強く頷き返した。
必ず自分が討ち果たす。
自分には支えてくれる人がいるのだから。
「って、真面目くさく言ってみたけど、ほどほどにね。あーあ、飛行機手配なんて面倒なんだけど。退職手続きの方が絶対、楽なんだけど」
「師匠! それやっぱ辞めろって言ってんじゃねェか! 絶対、退職手続きの方が面倒だろ!」
「言ってないよ。んー、まぁ。手間は一緒か。ほ~ら、早く出かける準備しないと地獄の特訓コースを発動しちゃうよ?」
地獄の特訓コース。
それは心の底から嫌だ。
カイルは内心、どう考えたって飛行機の手配の方が楽じゃないのかと与えられていた部屋に向かう。
荷物はほとんどない。
ふと、カイルはベッド脇の引き出しを開けた。
色褪せつつある未開封の手紙たちをそっと、小さめのトランクに入れる。
「さーて。戻ってやるか」
もう一度、日ノ国へ―――。
「……つか、リト兄貴使った方が一番楽だったんじゃねェ? あ、ある意味不法入国か」
掃除道具入れから出るのが億劫だけど。
飛行機が飛び立ってから、カイルは首を捻って呟いたのだった。
それとヤトに言い忘れたことがあることも思い出す。
白と黒の扉。
開けることを迫る自分の姿。
あれには一体どういう意味があったのか。
「ま、次来た時でいいか」
そうしてカイルは再び、日ノ国の地を踏む。
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