第40話
いつの間にか眠っていた。
けれども体中に残る疲労感は夢ではない。
朝が来るや否やカイルは電話機の前に立った。
震える手で電話番号を押そうとしたその時だった。
「カーくんっ。リトさんが来たよっ」
祭だった。
リトが来たと。
それも、いつも慌てることのなさそうなリトが、血相を変えて掃除道具入れから転がり出てきたと。
嫌な予感はさらに高まる。
「カイル……」
振り返った先の、リトの顔は蒼白。
それだけで次に彼の口から零れる言葉は分かっているから、聞きたくない。
「シエルが……」
それ以上は言わないでくれ。
カイルは願う。
どうか嘘だと、夢であってくれと。
あの夢は現実だったと認めさせないで欲しい。
「リトさん? カーくん?」
何が何だか分からない祭はただ、二人を見て首を傾げるばかりだ。
「今朝は随分騒がしいが何かあったのか?」
台所から顔を覗かせたのは大河である。
祭は大河に、何か大変なことが起こったみたい、と伝える。
ただリトの言葉の先を待つしかない。
「リト兄貴。嘘、だよな……?」
カイルが問う。
そんなことあるはずがない。
「一体、どうしたのだ?」
「カイル。ちゃんと、聞いて。シエルは……君の弟は、昨日の晩死んじゃったんだ」
「んなこと……そんなことあるわけねェだろ! 兄貴、頼むから嘘だって言ってくれよ! 昨日、夢見たんだよ。オレじゃねェけどオレの姿した奴が、シエルを殺しやがった。でもよ、夢だろ……? なぁ、夢だって、ただの悪夢だって言ってくれよ……!!」
リトは静かに首を振る。
カイルは膝をついた。
聞きたくなかった言葉。
祭と大河に向き直ったリトは口を開いた。
「昨日、カイルの弟が亡くなったんだ。だから、しばらくカイルを連れて帰るよ」
「カーくんの、弟さん?」
「確か眠ったままだと言っていたが……」
戸惑いながら祭と大河は膝をついてうなだれるカイルを心配そうに見る。
「うん……。えっと、ここの人にも言っといて。カイル、一度戻るよ」
またここに戻るかもしれない。
リトはカイルの荷物はここに置かせて欲しいと言い、呆然としているカイルに肩を貸しながら掃除道具入れに向かった。
その後を祭と大河も追う。
リトの肩を借りながらふらふらと歩くカイルはまるで抜け殻のようだった。
パタリ、と掃除道具入れの戸が閉まる。
「大河……。カーくん、大丈夫かな……?」
心配そうに祭は大河に問うが、大河も先ほどの様子のカイルを見ては大丈夫だと言い切れなかった。
彼は言っていた。
弟のために魔術師になったと。
その目的の一つがなくなってしまったのだ。
「大丈夫、とは言い切れんだろうな。祭。もうすぐご飯ができるから待っていろ」
神にも後で話をしておこうと思いながら、大河は台所に戻る。
一人になった祭は俯き呟いた。
「カーくん……」
神を呼んで部屋でご飯を待っていよう。
そう思い直すと祭は神の元へと向かったのだった。
※
あっという間だった。
粛々と葬儀は済み、カイルは一人、魔術協会の敷地内にある墓地に佇んでいた。
未だ悪い夢に捕らわれているみたいで何かを考えることさえ億劫。
カイルは泣くことさえできずにただ茫然とするばかり。
「カイル」
声をかけられて、ゆっくりと振り返った。
久しぶりに顔を合わせる義理の両親と、赤ん坊の頃に会っただけの、今では十歳になった妹が揃っている。
「……
少し話をしよう、と父親は話を切り出した。
カイルは俯きながらしかし小さく頷く。
「なぁ、カイル。魔術師を辞めて、家に戻らないか?」
魔術師を辞める。
それは今、ハデスを追っている仕事も辞めるということだ。
心配そうな表情でカイルを見る母親も
「そうしましょう? せっかく私達の子供になってくれたのに……シエルが死んで、貴方まで怪我をしたり死んでしまったりしたら……。ずっと心配しているのよ?」
とカイルを優しく抱きしめた。
暖かくて、優しくて。
やっと、涙が溢れて止めどなく零れた。
唯一血の繋がった弟、シエルは死んだのだ。
目覚めさせることも出来ず守ることも出来ず、もしあの悪夢が現実なのだとしたら自分は、シエルに守られた。
「俺は……」
もう、こんな辛いのは嫌だと心が叫ぶ。
何のために今まで頑張ってきた?
弟を助けて、ハデスに一矢報いることさえできればそれで良かったのに。
何もかも捨てて普通の一般人に戻ってもいいのだろうか。
血の繋がりのない自分と弟を引き取ってくれた両親と、妹と、普通に学校に通って普通に生活をして……。
日ノ国にいたこともいつかは忘れて。
そんな一生を送るのだろうか。
口を開き、一度閉じた。
どうするべきなのだろうか。
どうしたいのだろうか。
自分のことであるはずなのに、答えは見えなくて。
「俺は―――」
言いかけては口を閉ざし、カイルは俯くばかりであった。
一体、自分はどうしたいのか。
何も見えず、何も分からない。
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