第39話

 神に追い掛け回され、ようやくカイルは布団に倒れ込む。

 明日には必ず答えを出す。

 そう言うことによって、何とか神も止まってくれた。


「あー……本当にもう無理だぜ」


 体力も、気力も。

 気は進まないがやはり大河、祭と三人で鬼喰の手伝いをするしかない。

 それがハデスに繋がるのであればこそ。


「明日も掃除から始まるのかよ……あ、今日あのクソ狐に追い掛け回されたからやること二倍じゃねェか……」


 疲れたのだから、早く寝るに限る。

 目を閉じるとすぐにカイルは眠りについたのであった。







 真っ暗である。

 また夢だ。

 先日と似た夢。

 ただ違うのは、自分は何かから逃げているという夢だ。

 真っ暗闇の中背後から何かが追いかけてくる。

 うすぼんやりと白い、背中がうすら寒くなるようなモノの気配。

 骸骨のような腕が伸びる。

 捕まってしまう。


「っ―――!」


 その手がカイルの腕を捉える。

 瞬間、今まで以上に寒気が全身を襲った。


「早く、開きに来い……扉を」


 否応なく、引きずられた先にはいつか見た扉。

 黒い扉と白い扉。

 その白い扉の前に放り出される。

 本能が警鐘を鳴らしているのだ。

 この扉を開いてはならないと。


「どうした。開け……この扉は、テメーしか開けねェんだからよ」


 なぁ? といつの間にか現れた目の前の自分が歪んだ笑みを浮かべる。

 もう一度カイルは白い扉を見る。

 この扉の向こう側へ。

 カイルはそっと、ドアの取っ手を掴んだ。

 後はゆっくりと引くだけ。

 手に力を籠めようとしたその時、小さな手が扉を開けようとしていたカイルの手を止めた。

 見覚えのある小さな手。

 恐る恐るカイルは伸ばされた手の方を見た。


「お兄ちゃん。そいつの言うこと聞いちゃダメだよ」

「っ。シエル……」


 見間違えるはずがない。

 弟であるシエルだった。


「この扉、開いちゃダメだよ。早く、逃げてお兄ちゃんっ」


 シエルの手が、取っ手に手をかけたカイルの手を外す。

 振り返れば不機嫌に歪んだ顔をした自分が、そこにいる。

 もう一人の自分と、カイル自身の間に小さな体が間に入った。


「僕がお兄ちゃんを守るから。だから、お兄ちゃん。早く逃げて!」


 何故、シエルに自分は守られているのか。

 シエルを守るのは自分であるはずだ。

 カイルは首を振って、シエルの小さな肩にを掴んで叫んだ。


「んなことできるわけねェだろ! オレは……オレはお前を目覚めさせるために、魔術師になったんだ! そのために、ハデスを退治するためにここにいるんだよ! テメーを置いて逃げられるわけがねェだろ!」


 自分はどうなったっていい。

 弟を助けたい。

 その一心で魔術師としてここにいるのだから。

 ここでカイル自身が逃げるわけにはいかない。


「お兄ちゃん。ありがとう」


 でも、とシエルは言葉を続けた。


「お兄ちゃんが僕を守ってくれてたように、僕もお兄ちゃんを守りたいんだ。お兄ちゃん、今は逃げて。今のお兄ちゃんじゃアイツに勝てない」


 勝てなくてもいい。

 このままではダメだ。


「だったら一緒に逃げりゃいいじゃねェか。シエル。お前がオレを守らなくてもいいんだよ! オレが、兄ちゃんが、お前を見捨てられるわけがねェだろ!」


 シエルは顔だけ振り返り、少し考えるそぶりをした。

 このままではきっと兄はこの場所を離れないだろう。


「分かった。お兄ちゃん。一緒に逃げよう」


 踵を返すとシエルはカイルの手を掴んで白い扉を避けて走り出した。


「逃がさねェよ。カイル。テメーはあの扉を開けなきゃなんねェんだから」


 走る。

 暗闇の中をひたすら。

 背後からカイルが、いや―――周囲を同じ漆黒でボロボロのローブを纏った骸骨が追ってくる。


「逃がさん」


 伸びる骸骨の腕。

 シエルは走る向きを変えることで遠心力を使いカイルを放った。


「シエルっ」

「邪魔だ。どけ!!」


 カイル―――ハデスの腕が、カイルの前に立っていたシエルの胸を貫いた。


「お、にいちゃん。―――」


 何か言っているのに、聞こえない。


「シエル!!」







「シエル!!」


 布団を跳ね除けて、カイルは飛び起きた。

 しばしその状態でようやくカイルは今の出来事が夢であったことに気付いた。

 汗が伝い流れる。

 夢にしてはリアルだった。

 そして嫌な予感が、収まらない。

 もし、もしもさっきの夢が夢ではなかったとしたら?

 眠り続けている弟―――シエルはどうなった?

 夢だ。

 ただの悪い夢。

 カイルは汗を拭うともう一度布団を被りなおす。


「夢だ……ぜってェ、こんなの夢に決まってんだろ」


 なのにどうして嫌な予感が消えないのか。

 朝が来たら確認しよう。

 そう心に決めて、しかし眠れずカイルはただ布団に包まるだけだった。

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