第38話

 そのまた翌日の早朝。

 カイルは寝苦しくて目を覚ました。


「うぉう!?」

「カーイールーくーん……」


 重くて寝苦しいと思ったら、上にのしかかっていたのは神である。

 それも目の下に隈を作ってしかもボロボロだ。

 一体、何があったのやら、カイルに向かって恨めしい顔をしていた。


「なっなんなんだよ朝っぱらから! どけよ!」

「カイルくんが今すぐ返事くれなきゃパパどかないからね! ほーら、口にゴキちゃんでも突っ込もうかなぁ!?」

「ぎゃぁぁああああああ!! やめろよこのクソ狐ぇぇええええ!」

「それともケムちゃんがいいかなぁ?」


 何とかカイルは神に頭突きを食らわし、寝間着のまま部屋から脱出した。

 その後を神が追いかける。

 イニシャルG(ゴキブリ)とイニシャルK(ケムシ)、蜘蛛までも投げつけながら。

 早朝から聞こえる足音と、カイルの叫び声に大河と祭も目を覚ます。


「パパ~? カーくん?」

「一体朝から何を……ひぃっ!? なっ何故、廊下に奴らがっ……!?」


 関わりたくない。

 大河はぴしゃりと部屋の障子をぴったりと閉め部屋の隅で布団を頭から被る。

 だが悲しいかな。

 障子は指や腕を突っ込めば容易に障子紙が破れるのだ。

 カイルを追いかけていたはずの神は大河の部屋の前に立ち、障子に腕を突っ込んできたのだ。

 その手にはイニシャルG(ゴキブリ)が。


「大河クゥン? 大河クンにも、出てきてもらおうかぬぁ?」

「ひっ……! お、俺は関係ないじゃないですかっ」

「大河クンも関係あるんだからねっ。大河クンはきっかけなんだからねっ」

「テメッ被害広げてんじゃねェよ!」


 後ろからカイルが神に飛び蹴りを食らわした所で、大河の部屋の障子が外れ、わさわさとイニシャルGが何匹か侵入した。


「貴様何故障子を壊す! ひぃ!? イニシャルGが侵入したではないか!」

「うるせェ! テメーとオレはこのクソ狐の悪戯に関しては運命共同体なんだろ!? ここまでこいつがやるんなら、オレだけが被害に遭ってたまるか!!」


 道連れだ! とカイルは布団を剥ぎ、大河の首に腕を回す。

 障子ごと部屋に倒れこんでいる神がゆっくりと身を起こした。


「と、とにかく……」

「逃げるしかねェ!」


 イニシャルG、イニシャルKを手に追う神。

 そんな神から逃げる大河とカイル。

 早朝から、大河とカイルの叫び声が響き渡る。

 祭は大きなあくびをしながら、障子を開くと、落ちて蠢くイニシャルGとKを何匹か手に持ち、庭へと放り投げると、また布団に戻って眠り込んでしまった。


「あーっはっはっはっはっは! ほぉら! ほぉら!!」

「やめやがれクソ狐ぇぇえええええ!!」

「パパ上やめてください!! ぎぃやぁぁぁああああ!! Gが飛んできた!」




****




 そんな騒動が落ち着いたのは、もう昼も過ぎた頃であった。

 ぐったりと魂が抜けかけた表情で大河とカイルは以前、ヤトに貸していた部屋に倒れこむ。

 気力、体力共にもはや限界。

 今日一日、家事をするほど残っていない。


「いつも以上に、荒れてねェか?」

「……それは、そうだろうな……」


 完全な人間の姿を取るほどの気力もなく、龍神の鱗が並んだ肌のまま、大河は言う。

 昨日、神が朝から出かけ夜も戻ってこなかった。

 祭は心配していたが、カイルと大河にとってはしばしの楽園だった。

 何があったのかと落ち着いた頃に大河が神に問えば、カイルからの返答が来るまで、大河と祭の見回りの件を先延ばしにして欲しいとレイキ会を仕切っている綺羅々の元を訪れているとのことだ。

 そして、散々、精神的にも肉体的にも虐められたと。


「京ノ塔に連れていかれたと思ったら、縛り上げられそのまま釘バットでホームランされて、全身痛いのに縛り上げられたまま正座させられたんだからね!? しかもお説教付きだったんだからねっ」


 その鬱憤を、カイルとついでに大河で晴らさずにおくべきか。

 答えは否だというわけで早く答えを出さないカイルと、時間を延ばして欲しいと言ってきた大河に仕返しを考えたというわけである。


「本当、あのクソ狐、迷惑すぎだろ」

「昨日の平和は今日の地獄だったな」


 何一つ終わっていない、家事。

 しかし部屋から出れば確実に神からの攻撃が待っている。

 時計を確認すれば、もう昼前だ。

 最悪、掃除や洗濯は翌日に二日分してしまえばいいが、食事だけはどうにもできない。


「どーすんだよ」

「作るしかあるまい」

「台所も無事ならいーけどよ」

「貴様がさっさと答えを出さんからこうなったのだろう」


 責任をとれ、と大河はカイルに言う。


「すぐに出来ん理由でもあるのか?」


 大河が問うがカイルはただ黙り込む。

 彼らとすぐに行動をしてもいいのだが、カイルはどうしてか一歩、踏み出せないでいた。

 自分でも理由は分からない。


「テメーらと行動してりゃ、オレが探してる奴―――ハデスが見つかるのか?」


 呟くように、カイルは大河に問う。

 ハデス。

 本で見たことがある名だ。

 確か冥界の主の名前。


「貴様が探しているそのハデスとやらが見つかるかどうかは分からん。だが、何もせず立ち止まっているよりマシだろう。この神社に棲む何かの正体が分かるかもしれんが分からんかもしれん。だが少なくとも―――」

「やっと見つけたよ。大河クン。カイルくぅん?」


 神だ。

 ついに見つかってしまった。


「さぁ、潔く……ゴキちゃんとケムケムちゃんをくらえー!!」

「ぎぃやぁぁぁああああ!!」

「テメッしつけーんだよ!!」


 一目散に大河とカイルは部屋から逃げた。

 それは昼過ぎまで続き……疲れ果てた神、大河、カイルは重苦しい雰囲気で夕食をとることになった。

 ただ祭だけが、小首を傾げながら三人を見ながら食事をしていたのであった。


「貴様。やはり早く答えを出せ」


 これでは身が持たないと大河が言う。

 カイルも


「そうだな」


 と答えを返した。

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