第37話

 さらに数日後。


「と、いうわけで。カイルくん、大河クン。それから、本当はここにいて欲しい祭ちゅわん。明日から頑張ってね」


 明らかに機嫌の悪い表情で、神は朝食の席で言った。

 今朝の朝食はホットケーキ。

 洋食のメニューも増えつつある日のことである。

 話が見えない。

 三人はホットケーキを食べながら、互いに顔を見合わせて首を傾げた。


「パパ上。あまりにも突然すぎて話の筋がまったくといって見えないのですが」


 もしや、ホットケーキが気に入らなかったのだろうかと思ったが、そうでもないらしい。

 今も神はメイプルシロップをたっぷりとかけたホットケーキを頬張っている。


「パパ~。どうしたの?」

「う、ううぅ……うわぁぁああん! 祭ちゅわぁぁああん! 行っちゃヤダー!!」


 祭に飛びつき、神は頬を摺り寄せる。

 朝からうっとうしいことこの上ない。

 カイルは未だ理由を言わず祭を抱きしめたまま泣き叫ぶ神の頭に蹴りを入れた。

 何食わぬ顔で席に戻り、コーヒーをすする。


「ウゼェな。本当」

「カイルくんひどーい! パパの、しかも頭に蹴りを入れるなんて! ちょっと大河クン! どう思う!? 酷いよね!?」

「それよりいきなりどうしたんですか? 明日から頑張れとは」


 コーヒーに砂糖とミルクを慎重に入れかきまぜながら、大河が問い返す。


「ちょっと! パパの質問無視!?」

「はいはい、酷いですね。……む。今日のコーヒーは砂糖とミルクの配分がちょうどいいな。コーヒーも奥が深いものだ」


 大河も大概、酷い返答である。

 祭はオレンジジュースを美味しそうに飲んでいる。


「本当にもう! 何でそんなに緊張感がないの!?」

「理由も分からねェのに緊張感もクソもねェだろ。あ、大河。コーヒーおかわりくれ」

「そうですよパパ上。貴様、コーヒーぐらい自分で淹れろ。そこにあるだろうが」

「大河、大河。ボク、オレンジジュースおかわり欲しいなっ」


 祭の分は頷いてすぐに淹れてやる様子に、カイルが差別だと声を上げ、仕方なく大河が淹れてやる。

 神はすっかり仲が良くなって……と思ったのも一瞬。

 大きく溜息を吐き出してオレンジジュースを一口飲むと、三人に話を聞くように手を鳴らす。


「で、何なんだよ」

「レイキ会から通達が早朝に来てね」


 以前に増して、レイキ会に入会していない妖怪などが活発に動いているらしい。

 鬼喰の紫月を始めとする鬼喰やその他の会員が処理に当たっているが少しも数が減らないということである。

 そこで、同じく会員である大河、祭にも白羽の矢が立ったというわけだ。

 また西洋の魔術師であるカイルも手伝いを要請しているというのだ。


「つーか、そもそもレイキ会って何なんだよ」


 レイキ会というのは、と大河が口を開く。

 人間以外のモノ、神様、また人間で霊力や魔力があるモノは入会しなければならない組織であるということだ。

 つまり、この神社でいえば神を筆頭に祭、大河が入会している組織である。


「だが中にはやはり入会しないモノがいてな。レイキ会が組織された頃から問題になっているのが、その入会しないモノ達だ。“人”の生活になるべく干渉しない等の“人”に関わるルールに賛成できない輩だ」


 今、問題を起こしているのがレイキ会に入会していない輩であるとのことだ。

 コーヒーをすすりながら、カイルは考える。

 レイキ会以外の輩を退治していけば、自分の魔術の修行になるし、いずれはカイルが追っているモノにも当たるかもしれないということだ。

 話を聞く限り、今はまだ小物程度が増えているだけらしいが。


「祭ちゅわんだけは危険なことして欲しくないのに~!」

「パパ。大丈夫だよっ。ボク、頑張るよっ」

「祭ちゃん……」

「通達であることならば、仕方がありません。それに、俺もいずれこの地域を守る龍神になるのですから」


 残るは、カイルの言葉だけだ。

 コーヒーを飲み干すと、カイルは何も言わずに立ち上がる。


「カイルくんはどうする?」

「しばらく考えるわ」


 すぐに答えは出さないということだ。

 レイキ会の通達では明日から、見回りを始め対処しろということである。

 それに対してカイルは数日、時間が欲しいと告げる。


「どうして!? ねぇねぇ、カーくんっ。ボク達と頑張ろうよっ」


 自分の食べた食器を重ね、台所に持っていこうとするカイルの背中に祭が言葉をかけるが、カイルは頑なにすぐに返答はしないと言い台所へ行ってしまった。

 一方の大河は、カイルを横目で見ただけで何も言わずに神の食器も持つ。


「ふ、ふふふふふ……カイルくん。パパの苦労を知らずにすぐに返答しないなんて」


 始まった。

 祭に何かあれば、それはもう、恐ろしいことになるだろう。

 カイルが答えを出すまで大河一人で祭を守ることになりそうである。


「パパ上。しばらく待ってみては?」

「甘い! 大河クン! 綺羅々ちゃん直々なんだよっ!?」

「とはいえ、奴はレイキ会に入会しているわけでもありませんし。奴からの返答が来るまでは他の会員の手を借りればいいでしょう」


 人間への被害は今の所ない。

 徘徊しているモノがほとんどであるが、徘徊が増えればその内に人間にも被害が広がってしまうだろう。

 被害があった場合のほとんど霊障が原因であることは昔から変わらない。

 そうなれば自分達の仕事から、陰陽師や神主、坊主の仕事へと変わる。

 だが今の時代、彼らの仕事―――退魔や祈祷などでの治療依頼はほとんどない。


「今の時代、医学医術は進歩したけどさ、霊障を食い止め対処できるのは、私達しかいないんだよ? 大河クン」

「それはそうかもしれませんが、俺達には強制できないでしょう。パパ上。あいつもやることがあるわけですし、恐らく無関係ではいられないでしょう。奴の言っていた魔術協会に連絡を取るはずです」


 というわけで、と大河は言葉を続ける。


「パパ上。もうしばらく時間がもらえるよう、あの女と話、つけてきてくださいね」

「ちょっと大河クンー! 何!? 最近、カイルくんと仲良くない!?」

「気のせいです。目に入らないゴミに始まり使い道のないチラシから、読み終わった新聞紙に格上げになった程度ですから」


 さて、洗い物でもと呟いて大河はさっさと台所へ行ってしまった。

 残された神は大きく溜息をついた。


「大河クンったら、素直じゃないね」


 とはいえ、祭を大河と二人きりで仕事をさせたくない。

 神は重い腰を上げて電話をかけ、出かけたのであった。

 その後……今日、神が神社に戻ることはなかった。

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