第35話
そんなこんなで一週間。
カイルは力の制御を学ぶため、ヤトの出される課題を必死にこなしながら今まで通り、すでに日課となった家事を大河とこなす。
それまで成長というものの片鱗があまりなかったカイルだったが、倒れた日以降、グングンと伸びていた。
自分に向かってゴム毬のように跳ね返っていた魔術も、やっとのことで安定してきた。
そんなある日のことだった。
ヤトが、魔術協会に戻ると言い出したのは。
「オイ。クソ師匠。何でだよ」
ドSすぎる師匠とは学ぶことはたくさんある。
何もこのタイミングで帰らなくてもいいだろうとカイルはヤトに言うが、
「段々、カイルもまた成長を始めたし、そろそろ帰ってもいい頃かなって」
ついでに、有給休暇でも取ろうかと、とヤトはカイルに告げながら荷物を纏めている。
カイルとしてはまだ、この場所に留まっていて欲しいと思わないでもない。
「ねぇ、カイル」
「何スか?」
「倒れた時、何か視えた? 幻視の瞳で」
荷物を詰める手を止めることなく、ヤトはカイルに問う。
あの日、倒れた日のことを。
ゴーストを視ることが出来るその瞳に、何か映したモノはあるのかと。
カイルはしばし考え、記憶を辿る。
「……あの時……」
何か、視えただろうか。
そもそもあの時は痛みで必死だった。
目に針を撃ち込まれ、そのまま握りつぶされるような痛みと苦しみ。
息をすることさえ億劫だった。
むしろ息を吸い込んだ方が、死ぬのではないかと思える程の痛みだったのだ。
思い出そうとしばし口を閉ざして目を閉じたが何も思い出すことは出来なかった。
何も答えずにカイルは首を横に振る。
「……そうかい。私もこの場所を少しばかり調査してみたけれど、これといった成果を上げられなくてね。何か視えたのならよかったのだけれど」
しかしカイルが何も視ていなかったというのは情報源としては手痛い。
だが仕方がない。
痛みで何かをちゃんと視ている余裕はなかっただろう。
「カイル」
ヤトは静かに立ち上がり、振り返った。
「君は杖がなくても、もう魔術を使えるようになった」
「……まだ、完全な安定とは言えねェけどな」
俯くカイルの手にそっと触れると、ヤトはその手に何かを握らせた。
銀色の、ピンバッチ。
その手が離されるとカイルは恐る恐る自分の手の中に握らされたものを見た。
「これ……」
「準魔術師認定だよ。ひとまず杖がなくとも魔術が使えるようになったからね。とはいえ、君はまだまだだ修行中の身。これを渡すのは、君は何があろうと諦めない心を持っているから。その精神力、そして魔力も本当なら魔術師に匹敵すると私が判断したからだよ」
たかだか見習いだった。
けれども今は、少し違う。
迷い、苦しみ、今まで知らなかった経験をして、乗り越えていけると思えるほどの力がカイルにはあるとヤトは思った。
「この場所で、カイルは本当にいい顔をしていると思うよ」
友達を作ろうとせず、ただ必死に魔術を使えるようになるために勉強、修行をしてばかり―――ヤト自身責任の一端はあるかもしれない―――そんな魔術協会での日々。
自分の修行の仕方は間違っていただろうかとヤトとて自問自答し不安に思わないわけでもなかった。
魔術協会の上層部に依頼されて地方にしばらく行っている間に、カイルには特別な任務が与えられ日ノ国に行ったと聞いた時、あの場所を壊してしまおうかと思うほどだった。
だが一度、この場所に来たリトから話を聞き、実際に訪れてカイルに会った時、変わったと思った。
自分なんかよりも、弟のために、周りも見ることもせずに必死になっていた彼が、神を筆頭に祭、大河といった人外に触れることによってただゴーストは悪だと思っている節があったのに、それが少し和らいだように思えた。
考えが、思いが変わったり、様々な考えや思いに触れて世界が広がったりするのは成長の一歩だ。
人の作った罪さえ犯さなければ、それらが次から次へと変わることは優柔不断だと責めるものではない。
世界は広いのだ。
もっと、人は短い人生の中で広くたくさんの物事を見なくてはならない。
それは魔術師に限ったことではない。
誰しもがもっと世界を見なくてはならないのだ。
正誤に関係なく情報が溢れているこの時代だからこそ、自分自身をしっかりと持って上手く自分の糧とする。
カイルには、そういう人間であって欲しい。
「君は
もちろん、早い方がいいだろう。
「なるようになるだろうと私も思うよ。そう遠くない未来、君は私達が逃がしてしまった例のゴーストと対決することになるかもしれない。その時は、君に全てを託すよ」
弟子を信じること、初歩から始まり導くことが師匠に唯一出来ることだ。
「だからこそ、今、準魔術師になってもらう」
見習いよりも自由に動けるようにと。
カイルは手のひらのバッチを眺めると、強く握りしめて胸に押し当てた。
「なぁ、師匠」
「ん?」
「何で、オレの師匠になったんスか?」
今まで聞きたくて、けれども聞けなかったこと。
あの日、弟がゴーストに襲われ両親が魔術協会に連絡して派遣されたのがヤトだった。
ただそれだけの縁のように思えない。
「私も、分からないや」
振り向き、ヤトは苦笑した。
「ただ、君には可能性があると思っただけだよ。ここだけの本音。リトよりもね」
「師匠……オレにはまだ、師匠がいねェと」
「うん。そうかもしれないけれど、内側で学ぶだけじゃダメだから。離れて修行することも大切だよ。カイル。君なら私が指導しなくても自分でもっと魔力を制御出来るようになるよ。これまでもそうだった。君は一を教えれば十とまではいかないけれど五はできる子だから」
ついでにもう一つ本音を言うと、と荷物を纏め終えたヤトは立ち上がり、障子を開く。
「師匠?」
「私、面倒事は大っ嫌いだから」
ほどほどにフォローはするけれど、後は全てカイルに任せた、と言って右手を振り
「風と共に去りぬ、アッデュ~」
と言い残して一瞬で姿を消した。
恐らく、結界の向こうへ通り抜けたのだろう。
カイルにもよく境目が分からないが、ヤトには分かっていたのだろう。
もう、彼の姿は見当たらなかった。
肩を震わせながら、カイルは叫んだのである。
「この……オレの感動返せクソ師匠――――――!!」
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