第34話
真っ暗闇だった。
いつか、いや、つい最近も似たような夢を見た。
もう一人の自分が扉を選べと言う夢だ。
白と黒の。
弟と、黒い蝶が自分を助けてくれなければ、きっとどちらかの扉を開けてその先へくぐっていたはずだ。
あの扉は、一体、どこへ繋がっていたのだろう。
ただ前と違うのは、自分が上を向いているのか、下を向いているのか、右を向いているのか、左を向いているのか、どちらを向いているか分からず、ただその闇の中を漂っているような感覚がする。
あれほど痛んだ心臓も、目も、今は何も痛みがない。
けれどもどうしていいか分からなくて、動けなかった。
本当に自分は弟を助けられるのだろうか。
本当に自分は任務を全うできるのだろうか。
杖がなくとも魔術が使えるように、必死になっているというのに、一向に上手く出来なくて。
不意に、カイルの頭上に淡い光が差し込んだ。
冷えた体を温めて力をくれるような暖かい光だった。
あの光に向かえばこの闇から出ることが出来るような気がする。
光に向かって、カイルは手を伸ばす。
届け、と願いながら。
※
急激に、意識が現実に引き戻された。
今の今まで暗闇の中にうずくまっていたような、そんな感じがする。
ゆっくりと起き上がって重たい瞼を押し開く。
確か自分は掃除をしていて倒れたはず。
霞んでいた視界が徐々にはっきりとしてくる。
……何かが、見えた。
「ん?」
見間違いだ。
頭を振って、目をこすりもう一度確認する。
「な……なな……なんじゃこりゃ―――!!」
布団の周囲に、わんさかと蠢くそれら―――
中には布団の上を這うもの、壁を這うものもいる。
叫ぶとそっと障子が開く。
「あ、カイルくんが目覚めてる! あはっパパと祭ちゃんからの心を込めた悪戯だよっ。ゴッキーとケムケムの海は喜んでくれてる!?」
「カーくんっ。ボク、頑張って集めたんだよ!」
さらにもう一人の顔がのぞき込む。
ヤトだった。
カイルの顔が面白いと笑っている。
目覚めて早々、見たくもないものがいる。
これならば目覚めない方がマシであったか、いや、眠っている間に顔や体を這われるなど嫌過ぎる。
喜べるはずがない。
通りで大河がいないはずである。
「ふ……ふざっけんなぁ! 喜べるか! 気持ち悪いもんばっか部屋に放り込みやがって!! クソ狐共が、毛皮にしてやる!!」
布団と枕で何とかゴキブリやケムシを払いのけて踏まないようにやっとのことで部屋の外に素足で飛び出す。
「祭ちゃん! パパの後ろに隠れてなさい。カイルくんはパパがやっつけちゃうからね!」
ヤトは縁側に戻り、起きて早々、元気だなぁ、などと呟きながらお茶を飲み、微笑ましそうに様子を見ている。
師匠には後で文句をたっぷり聞いてもらうことにする。
ひとまず、部屋をゴキブリまみれのケムシまみれにした張本人である狐親子を片付けようと、カイルは二人を睨み付ける。
あれほど重たかった体だが、今はとにかく力が溢れてくるような気がした。
今ならできる。
「カイルくんなんかにパパは負けないもんねっ! 狐術、かまいたちっ」
ひょう、と風が巻き起こる。
カイルは右手で風を払いのけるイメージで振り払った。
するとカイルに向かってきた風がぴたりと収まってしまった。
好機だ。
湧き上がる力を光に変えて、神に向けてそれを放つと、神は慌てて祭を小脇に抱えて横に飛んだ。
「チッ、仕留め損ねたか」
「カイルくん酷い! パパに逆らうなんてっ。生意気だよ! それに、今の攻撃! 何!? 祭ちゅわんに当たったらどうするのさ!」
「うるせェ! テメーらが部屋をあんなことにしたからだろーが!!」
喧々囂々と言い合いをしていると、ようやくカイルの隣の部屋から大河が出て来てヤトの隣に座った。
「今のは……」
「あぁ。大河くん。見た通り、カイルが無事、杖なしで魔術を使えるようになったんだよ」
ひとまず大河は胸を撫で下ろした。
「ふんっ! ちょっと魔力があるだけの経験が浅い青尻猿なんかに負けないからね!」
「パパ頑張って! カーくんも負けちゃダメだよっ」
「カイル、ずっとストレス溜めてたんだね。ま、私に鉾が向かないからいいけど」
「いいんですか? 祭、お前はこっちに来い」
巻き込まれるから、と大河が祭を呼び寄せると、祭は神から離れて大河の隣に腰かけて足をぶらぶらとさせながら神とカイルの対決を大人しく見ている。
「ねぇねぇ、ヤトさん。カーくん、放っておいて大丈夫なのかな?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。所詮、使えるようになっただけだから」
放っておけば、制御出来ない自分の力が自分に跳ね返るとヤトも呑気に構え、二人を止めることはしない。
幾度か神とカイルの間に狐術と魔術の応酬が続くが、それも長くなかった。
「これでトドメさしてやる!」
「望む所だよ、カイルくんっ」
カイルはここぞと言う所で自分の中の魔力を大いに発揮し、力を放つ。
しかし、その時に限って、カイルが放った魔術はさっきまでと違い、ゴム毬のように跳ね返ってカイルの顎を直撃した。
「ぐはっ。せっかく、使いこなせると思ったら……跳ね返ってきやがった……」
顎を殴打したカイルはひっくり返り、顎を押さえる。
「パパの勝ちっ! 祭ちゅわん! パパ勝ったよ!」
「すごーい! さすがボクのパパだねっ」
「チッ。勝ったなんて言えねェよ!」
「残念でした~。運も味方につけたパパに、カイルくん程度が勝てるわけないでしょ? と、いう訳で、負けたカイルくんには何してもらおうかなぁ!? っと」
大人げないとカイルが声を上げるが、神にはちっとも聞こえていない。
庭にカイルの悲痛な声が響く。
「大河、止めなくていいの?」
「いいだろう。奴が望んだことだ」
「ほらほら、カイル~。ちゃんと対応しないと、使いこなせないよ~」
「外野うるせェ! 制御ぐらい簡単だっつー……ぐはっ」
結局、カイルは力を制御出来ず、神の悪戯を一身に受けて一日が終わったとか……。
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