第33話
祭が呼びに行ったことで、ヤト、神はすぐさまカイルの部屋へと入った。
「先程まで真っ青だったかと思えば、今度は熱を出しているようです」
大河が現状を伝える。
濡れたタオルを額に置いてやってもすぐに温くなってしまうため、何度も水の取り換えをする必要があった。
「少し苦しんで、倒れたんだよね?」
「えぇ。目を押さえてそのまま」
「水でもかければ起きるかな? あ、それとも背中に氷でも!」
きっとカイルくん、飛び起きるよねとこんな時でも神はカイルに対する悪戯を考え出している。
それに良い顔をしなかったのは、祭であった。
「パパ~。カーくん、倒れちゃったんだよ? ボク、すごく心配だな……。せっかく友達になれたのに……。ねぇ、カーくん死なないよね!?」
不安げにヤトに問うが、ヤトもまた考え込んだ表情で、多分と伝える。
「さすがパパの祭ちゃん! カイルくんのことまで心配してあげるなんて!」
「ただの熱であれば、しばらく安静にすれば治るかと思いますが」
「カイルったら、いつの間にか愛されちゃってるようで少し、安心したよ」
クソ憎たらしくて可愛げのない猫が、とヤトは苦笑して言う。
もう一度カイルの表情を見て額にそっと手のひらをあてる。
少し無理をさせ過ぎただろうか。
だが手のひらから伝わる、魔力の片鱗をヤトは感じ取っていた。
これまでとは比べものにならない魔力だ。
恐らく、ではあるが魔力の量に対して今のカイルの体には少々重たいのかもしれない。
ただ気になるのは急激に魔力が溢れたことと、倒れた時の状況である。
考えるのは後にしよう、とヤトはカイルの額から手を放す。
「まぁ、カイルは強い子だから、大丈夫だよ」
「ボク達、看病しかしてあげられないんだね……」
「祭。ヤトさんが大丈夫だと言っているんだ。こいつが早々、死ぬはずがないだろう」
「早く治るようにって願おうね、祭ちゃん」
カイルは、いい出会いに触れたと思う。
“人”ではない彼ら。
けれどもちゃんとカイルを受け入れてくれている。
恐らく、あのまま魔術協会で働いていても、彼はこんな出会いなどなかっただろう。
その点に関しては魔術協会の上層部にも感謝をしてやらないこともない。
「後で散々、カイルに心配したと言ってあげたら、きっと照れるよ?」
照れ屋さんだからね~とヤトは祭達を安心させるように、穏やかに言う。
「じゃあやっぱり眠ってるカイルくんには思いっきり悪戯を仕掛けて、いつものように怒鳴ってもらわないとねっ。それでこそ、カイルくんだもん。祭ちゅわん! たっくさん悪戯を仕掛けて、カイルくんをいつもの調子に戻してあげようねっ」
「うんっ! そうだよねっ。それでこそカーくんだもんねっ」
祭は神とまずはどんな悪戯を仕掛けるか相談している。
大河はただ溜息をついた。
止めれば、恐らくその悪戯は自分に矛先が向くだろう。
「まずはイモリを捕まえるよっ」
「どっちがたくさん捕まえるか勝負だねっパパ!」
と、言いながら、二人は張り切って部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送りながら、出来れば部屋を傷つけたり壊したりするような真似だけはしないでくれますようにとだけ願い、大河は茶をすすった。
二人の気配が遠くなってから、ヤトが口を開いた。
「前々から思ってたんだけどさ、大河くん」
「はい?」
「ここの空気、何か妙におかしくない?」
単刀直入に問う。
しばし考え込んで、大河は首を傾げた。
内部よりも今、自分が気になっているのは外の方であったからだ。
買い物に行く度に昼間だというのに何処かで人ならざるモノがこそこそと動いているのを見かけたりした。
もっとも、普通の人間には視えない上、悪いことをしているわけではないので捨て置いていたが。
それに関してカイルも何か言いたげであったが、大河が気にするなと言えばただ頷いたことを覚えている。
何か、落ち着かないといった雰囲気だったのだ。
「私が考えるに、ここは厄介な場所だと思う」
大河はヤトの言葉の続きを待つ。
「カイルが倒れたのは、体と魔力が釣り合わないことによる一時的なものだろうね。慣れて制御できるようになれば、元通り元気になるだろう。ただ、気になるのは目が痛くなったということなんだよね」
「そういえば、言ってましたね。目が痛いと」
「この子はちょっと特殊な目を持っていてね。幻視の瞳っていうんだけど、要は普通の目には見えないものを視る目なんだ。この目が、何かを視たのかもしれない」
残念ながら、カイルではないので何を視たのかはまったく分からないのだが。
大河はカイルがこの場所に辿り着いた時のことを、思い出す。
ゴーストの渦が視えたから来たと、言っていた。
普通ならば結界を張っているためたとえ魔術師でも中々簡単には入ることが出来ないと思っていた。
もし、この内部にすでに何かがいるのなら、その何かが意図してカイルを引き込んだということになる。
大河がこの場所に来るよりも前に棲んでいたのか。
それとも、ごく最近、神達にも感付かれないように入り込んだのか。
龍神である大河が気付かないように息を殺して、今もまだこの空間のどこかに潜んでいるのだと思うと、大河は背筋に冷たいものが走ったように感じて、思わず自分の体を抱いた。
「祭が……祭が近付いて来た瞬間に、苦しみだしたというのは偶然、ですか?」
「それは、分からないね。とりあえずこの話は二人だけの秘密にしてね」
疑いがある以上、容易に話をしてはならない。
祭、神に関係があるのか、それとも関係なく何かが巣食っているだけなのか。
「と、いうわけで。後は私がカイルの面倒を看ておくから、やるべきことに戻りなよ」
先程まで真剣に話していたヤトは、大河にいつもの家事に戻るように言う。
時計を見れば、確かにそろそろ家事を始めなければ午後も家事で時間が潰れてしまう。
頷き、大河は部屋を出た。
大河が部屋を出て離れたことを確認すると、ヤトは未だ意識の戻らないカイルにそっと、呟いた。
「早く目覚めなよ。カイル」
心配をしているモノが、ここにはたくさんいる。
師匠である自分はもちろんのこと、神、祭、大河もカイルを心配している。
「心配してくれる人がいるというのは、すごく大切なことなんだから」
さて、とヤトは思う。
この神社の内部に入り込んで息を殺しているのは、一体何か。
カイルが目を覚ます前に少し、自分も儀園神社を調査してみようとヤトは腰を上げたのだった。
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