第29話
特訓を終え、カイルとヤトは、カイルにあてがわれた部屋に入る。
と、カイルにとってはすでに見知った顔がいた。
「やぁ。おかえり」
赤と黒を基調とした着物。
間違いない。
先日、知り合った“鬼喰”の紫月である。
その手には酒を注いだ盃を持ち上げて一気に飲み干した。
「カイル、知り合いかい?」
「この間来た、何か“鬼喰”の……」
「キミがカイルの師匠かな? ボクは“鬼喰”の紫月。よろしくね」
さぁ、一杯。
彼女は懐からもう一つ、盃を出すとそこに酒を注いでヤトに差し出した。
「出された酒は、特に美女からの酒ならなおさら断れないね。いただくよ」
「師匠……。つか何でここに」
いるんだとカイルが問えば、紫月は口角を挙げて微笑んだ。
「ちょっとね。キミのすごい力、引き出してみたいなぁって」
ただの気まぐれだというのだ。
まだ外が寒いから屋敷にこもっているつもりであったが、何となくカイルのことが気になって訪れたのである。
「あなたなら、出来ると?」
酒を飲みながらヤトが目の前の紫月に問う。
彼女は「さて」と考える仕草をする。
「出来るかもしれないし、出来ないかもしれない」
と。
単なるからかい、という訳でもないのは、彼女の表情は笑っているのに目が笑っていないから。
少なくとも手助けにはなるかもしれないと言うのだ。
ヤトもまた真剣に話を聞く態勢に入る。
「キミはどうして杖なしで魔術が使えないと思う?」
「カイルなら少し修行すれば出来るはずじゃないのかな?」
「そりゃあ出来るだろうけれど、一番は呪いのせいだよ」
紫月はあっさりと言ってから酒を飲み干した。
「呪い? カイルに?」
「そう。前に言っただろう? カイルは覚えているかな?」
先日―――カイルは思い返す。
どんな話をしたのかを。
『キミは自分を許していない』と指摘された。
確かに、彼女は、カイルにそう指摘したのだ。
「たとえ今、ヤトがカイルに修行させても、ダメだろうね」
それではカイルの力は一生封印されたまま、十分には発揮出来ないだろうと紫月は言う。
では今まで杖で使えた魔術は何だったのか。
カイルの疑問に答えたのはヤトである。
曰く、微弱な魔力でも杖がその力を強めてくれるから、今まで問題なく魔術を使うことができたのだと。
「キミが自分自身に施した呪いが、キミ自身がそのすごい力を解放する邪魔しているんだ」
カイルは手を握りしめた。
一体、何がわかるのだ。
先日一回会っただけの、訳のわからないモノに。
「何がわかるんだよ! 一回会っただけだろ!?」
「分かるよ。だって、ボクは“鬼喰”。“人”の弱い心―――“鬼”を喰らうモノだから。キミはなかなか面白いからね。ボクの気まぐれで手助けをしてみたくなったんだ」
そのために、煉の目を盗んで儀園神社を訪れ、勝手にあがらせてもらったと紫月は言う。
「それって無断侵入……」
「あはっ。大河にバレたらそれはもう、面白い反応するだろうな~。もう少し黙ってようっと」
遊びに来たのか、本当に手助けをしに来たのか。
計り兼ねる。
ヤトは口を開く。
具体的に、どうすればいいのかと。
「カイルに君の言う“鬼”が憑いているのなら……」
「それはないね。“鬼”じゃない。ヤトさん、どんな方法でもいいからカイル、眠らせてくれないかな?」
それさえしてくれたなら、後は場合によっては手助けをしてやるということらしい。
しばし考えてからヤトは頷いた。
「ちょ、待てよ師匠! 今会ったばかりなのに信用するのかよ!」
「手っ取り早いかもしれないしね。大丈夫。何かあっても私は知らない振りをするから」
普通、そこは信用などせず、弟子を助ける所だ。
すでにヤトの手にはカイルの杖が握られていた。
まさかとは思うが―――カイルは後ずさりをする。
「逃げないでよ、カイル。ちゃんと眠らせられないでしょう?」
「眠るっていうか……それ、撲殺して永眠させる気だろ!?」
命の危機を感じる。
あんな杖で殴られたら死ぬ。
間違いなく、死んでしまう。
紫月は「早く、早く~。やっちゃえ」と酒を飲みながらヤトを煽っている始末。
「師匠! マジでそれだけは勘弁してください!」
「大丈夫だよ。ちゃんと死なない程度には手加減してあげるから」
大きく、杖を振りかぶった。
カイルの背後は壁。
本気で殺す気だ。
「し、師匠……」
カイルの悲痛な叫び声が、響き渡ったのであった。
床に倒れて白目を剥くカイルを紫月は仰向けに寝かせるように指示する。
「それで、どうするの?」
「カレにはしばし、魂の海をさすらってもらおう」
ふぅ、と紫月が右手に息を吹きかけると、二匹、三匹と黒い蝶が舞い踊り出てきた。
「ちょ、黒い蝶って危険じゃないの!?」
「大丈夫。色なんてさしたる問題じゃないよ。さぁ、カレが戻るまでしばし、お酒でも飲んで待っていようじゃないか」
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