第27話

 話を聞いて、カイルは固まる。

 修行のやり直しだと。


「ん、んなぁぁああああ!!? ちょ、待ってくれよ師匠! いきなり今、そんな修行とか……」

「あれ? 杖が封印されたのは誰かな?」


 カイルは言葉を詰まらせる。


「杖がなくても、魔術が使えるとでも思いあがっていたのかな?」


 正直な所、少し思い上がっていたかもしれない。

 ダラダラと冷や汗を流す。

 だが、とヤトは言う。

 リトから話を聞いて、この際だから杖なしでも魔術が使えるように修行をしてやろうと思って日ノ国まで来たのだと。

 有り難いことではある。

 だがカイルの顔色は少しも良くならない。


「大丈夫。獅子が子を谷底へ突き落すようなことはしても、地獄の業火を浴びせた挙句に四肢をバラバラに切り刻むほど、サディスティックなことはしないと思うよ。あ、精神的には知らないけれど、多分」


 笑顔で何ということを言うのだろうか。

 ヤトが来たと聞いた瞬間から、すでにカイルの心は死んでいた。

 彼の『多分』は信用できない。


「よかったね、カイルくん。一度死んでみたらいいんじゃない?」

「そうそう。一度死んでみたほうがいいかもね! いや~神さんは話が合うね」

「合わなくていいんだよ! むしろ合うな! もうとっくにオレの心は死んでるぜ……」


 魂が抜けるほど溜息を吐ききって、カイルは床に倒れこむ。

 逃げたい。

 が、逃げればそれはもうもっと恐ろしい目に遭わされることは間違いがない。

 ポンポン、と二つの手がカイルの背中を叩いた。


「大丈夫っ。カーくんならできるよっ」

「“人”にしてはしぶといからな。死ぬ気でやれ」


 ありがたい言葉だ。

 カイルはゆらりと立ち上がる。


「う、受けて立ってやろうじゃねェか!! オレは出来る! はーっはははは!」

「あははははっ。笑ってるのに半泣きの顔色真っ青、足が震えてるカイルの情けない姿ったら、ないね。そういう訳でカイルの修行決定だね。大丈夫。カイルは出来る子だよ」


 すごい力を持っているからね、とヤトが言う。

 カイルはいつかどこかで同じことを言われたと思い出す。

 紫月だ。

 自分の手を見ながらカイルは考える。


「なぁ、師匠」

「ん?」

「前にも、同じこと言ってた奴がいたんだけどよ、見習いのオレに何の力があるんだよ」


 しばし考えてヤトは言葉を紡ぐ。


「キミの本来の力は今、封印されてる状態なのさ」

「封印?」

「ということはカイルくん自身封印されているから、杖を封印したらただの役立たずになったっていうわけかな? ヤトさん」


 神が言うと、ヤトが頷く。

 何故、自分自身自体が封印されなければならないのか。

 カイルは眉を潜める。


「言っておくけど、封印したのは私じゃないからね」


 それだけは言っておく、とヤトはカイルに言う。


「カイルはやろうと思えば出来る子だよ。でも、何でだと思う?」

「そんなの知るかよ」


 それを知るために、とヤトは言葉を続ける。

 カイルは杖なしでも魔術を使いこなす修行をしなければならないと。

 ヤトの中では一週間でそれをやり遂げさせるといことが目標らしい。

 一週間。

 あまりにも短い時間である。

 そんな時間で出来るのか。


「できるできる。カイルの心次第でね。それに、期限なしの仕事とはいえ時間がないといえばないんだ」


 今も昔も確かに変わらない。

 人は常に何かを争っている。


「神さん。この国でもそうでしょう? ゴースト、おっと、この国じゃあ鬼だっけ? とにかく性質の悪いものが蠢き出している」

「あぁ、確かそういうこと、レイキ会が言ってたね。大河クンは何か気付いてた?」


 大人しく話を聞いていた大河はしばし考える。

 思い至る話はある。


「つい先日の連続殺人事件には、“鬼”が関わっていたと」


 紫月の世話をしている煉から聞いた話だ。

 四ノ條で起きた連続殺人事件。

 その背景には鬼憑きが関わっていた。


「こちらでも無差別なテロが起きたり、暴動があったりして大変なんだ。ゴーストを退治してはいるけれど、まるで追いつかない。カイル。多分、君が頼まれた例のゴーストが蠢き出した可能性が高い」


 問題は、どこにいるのか魔術協会でもさっぱり分からないということ。


「じゃあオレがこっちに来たのは、この国にいる可能性が高いからってことか?」


 多分、とヤトは頷く。

 ならやることは決まっている。

 何としても修行をクリアし、小物など放っておいて親玉を倒せばいい。


「はぁ……おバカな子ほどかわいいなんて言うけれど、おバカすぎて私は呆れるよ」

「カイルくんがバカなのは元々だよ、ヤトさん。その親玉の居場所が分かれば話が早いってこと、すっかり抜け落ちてるみたいだし」

「パパ上。ヤトさん。所詮は馬鹿なので」

「カーくん、バカだったの!?」


 どいつもこいつも、自分を貶さなければ済まないのか。

 カイルはヤトに“幻視の瞳”で視えたことを話す。

 神域であるはずの神社にゴーストの渦があったなどおかしい話だ。

 ここには絶対、何かがあると。


「……とりあえず、分からない今は置いておこうか」


 ヤトはカイルにだけ聞こえるように言った後に言葉を続けた。


「さぁさぁ、カイルを地獄の修行コースにご案内~」


 ダメだ。

 こうなってはもはや、自分は生きるか死ぬかの体験をまたしなければならないこと決定だ。

 遠い目で、カイルは溜息をついた。

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