第26話
煉のおかげで、風呂場は無事に完成した。
完成を祝して神、紫月は勝手に酒盛りをしていたが、そんな時間もあっという間に過ぎ去り、数日が経った。
今日も大河と買い物だ。
そんなに買うものがなくても、大河は必ずカイルを連れ歩いている。
「なんでオレまで」
「パパ上に、少しでも手伝っていますアピールをさせるために決まっているだろう」
「お前、オレのことをそこまで考えて……」
「貴様に手伝いをさせなければ、オレが被害に遭うからな」
カイルは少しでも感動した自分が馬鹿らしく思えた。
紫月に言われて考えてみたが、確かに自分は、少しずつこの日常に慣れているらしい。
魔術協会から矢の催促はない。
それがまた不気味でもあり、少し心を撫でおろしてもいる。
神社に戻ると、祭がバタバタと走ってきた。
「カーくん、大河! おかえりなさいっ」
いつもながら元気なことだ。
「そうそう、カーくんにね、お客さんだよっ」
嫌な予感がする。
嵐がすぐ背後まで来ているような、嫌な予感。
今すぐ回れ右をしてこの神社から離れろと本能が告げている。
リトがやってきたのであれば嫌な予感などしない。
ということは、思い当たる人物は後、一人だ。
恐る恐る玄関を抜けて荷物を台所へ置くと、居間へと向かう。
「あのねーヤトさんっていう外人さんっ」
やっぱり!
祭がその名前を言った瞬間、カイルの顔が一気に青ざめた。
大河が
「どうした?」
と聞いてきたが答えることもできない。
なぜ、どうして、このタイミングで師匠が来るのだ。
固まっていると、大きな音を立てて居間の障子が倒れてきた。
避ける間もなくカイルだけが障子の下敷きになっただけでなく、そこから出てきた人物が、カイルが倒れているだろう膨らみの上に立っているのである。
「あれ? さっきここでカイルの気配がしたんだけどなぁ」
唖然、と大河と祭が潰されて呻いているカイルと、壊れた障子を見つめる。
大河に気付いたヤトに名前を聞かれ、大河はしばしの間を開けて答える。
「あぁ、初めまして。私はヤト。カイルの師匠さ」
「あの……」
「ヤトさん、ヤトさんっ。障子の下にカーくんいるよっ」
「あっ、ごめんね~。ゴミかと思った」
軽く笑いながら、ヤトが障子の上からどくと、カイルは痛む体でよろよろと立ち上がった。
久々に会って早々、これだ。
「っの……クソ師匠! 会った途端にゴミ扱いすんじゃねェよ! しかもよそ様の障子ぶっ壊すなよ!!」
突然来やがって、とカイルが怒鳴るが、ヤトにはどこ吹く風。
「やれやれ。師匠に対する尊敬の念が足りないな。打ち首、切腹、獄門、磔、好きな死に方を選ばせてあげるけど、どれにする? あ、死んでも骨を拾うどころか墓を建てるつもりもないからね」
笑顔でそんなことを言われたら、カイルは黙り込むしかない。
それに、突然の訪問ではないとヤトは言う。
「リトから手紙、来てなかった?」
「あ? 見てねーよ」
「あ! そういえばリトさんから手紙来てたよっ」
はいっ、と祭が懐から出したのは、埃やら何やらを被って汚れ、よれよれになった手紙だった。
今朝、掃除道具入れの中に入っていたのを祭が偶然にも発掘したとのことである。
カイルはその手紙を慌てて読むと、確かにリトの字で、ヤトが来ることが書いてあった。
「遅いぜリト兄貴! しかも何で掃除道具入れなんだよ! もうとっくにクソ師匠……いやいやいや師匠はご到着あそばしてるんだよ!」
と、手紙を破り捨てた。
普通に郵便物―――がここに届くかどうかは分からないが、郵便なら確実に手に渡ったであろうに。
いつ、何故、そんな所に送ってきた。
電波系どころか謎にも程がある。
「ともかく、お茶でもいかがですか? 後、壊れた障子は弁償してもらいたい」
大河の勧めによって、一同は客間に向かうことになった。
ヤトは大河に壊した障子代を弁償し、お茶を飲んで一旦落ち着いたカイルはヤトに、この神社に来た理由を問う。
儀園神社には結界が張ってあったはずだが、どうやって抜けてきたのかと。
「リトに送ってもらったんだよね。いやぁ、野郎二人で狭い掃除道具入れの中は地獄かと思ったよ」
「帰れクソ師匠」
「本当に口が悪くて可愛げがないなぁ。まぁ、からかいについでに様子を見に来てあげたんだよ。一応、師匠だからね」
「もしかして、ヤトさんも私達を倒しに来たのかな?」
受けて立つよ? と神が言うが、ヤトは
「まさか」
と答えた。
今や人間に悪影響を及ぼさない狐に、龍神を退治しても意味がないと。
「それを聞いて安心した。カイルくんったら神社に乗り込んでくるわ、賽銭を盗むわ、悪事を働いてばかりで……」
「嘘ばっか言うんじゃねェよ! このクソ狐! 師匠、違いますから。妖気を視たらここに行き着いただけで、神社に乗り込んだり賽銭を盗んだりはしてねェから!」
もしも、そんなことをしていたら、今自分はここにいない。
それなのに目の前のヤトといえば
「そんな神様の迷惑になるようなことを教えたつもりも、慈しみ育てたつもりも私はありません!」
「聞けよ。慈しまれた覚えも、育てられた覚えもねェよ」
「やだなぁ。反抗期。火あぶりにされたい? 氷の海に沈められたい? それとも首つりがいい?」
「ナンデモ、ナイデス……」
やはり、何を言っても師匠には敵わない。
誰か助け船を出してくれる、ものなどいるはずがないと思っていたが、口を開いたのは祭と大河であった。
「あのね、ヤトさん。カーくんの杖ね、ボクのパパが封印しちゃったんだ。だから、カーくんお仕事出来なくて、ここに住むことになったんだよっ」
「そういう訳で神社の母屋で家事の手伝いをしてもらっています。行く所がないと泣いていたので」
泣いてはいない、が泣きかけたのは事実だ。
とにもかくにも今カイルが知りたいことは一つ。
師匠―――ヤトが何のためにリトを使ってまで、この儀園神社にやってきたのかということである。
「で。話戻すけどヤトさんはどうしてうちに?」
神がヤトに問うと、ヤトは、それはもう笑顔で、告げた。
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