第24話

「で」


 カイルは後ろを振り返った。

 風呂場の修復作業をしているのはカイル、大河、そして彼の知り合いである煉の三人。

 一方、作業をしていないのは祭。

 彼は分かる。

 手伝いをさせれば、何を引き起こすか分からないためだ。

 だが


「あははっ、ほーら大河クーン、カイルくーん。早くお風呂作ってね~」

「煉、立派なお風呂場作ってあげてねっ。後で大河に、火の車な家計にさらに油を注ぎ込んで炎上してしまうくらいの金額を請求するからっ」


 神、紫月は酒盛りをしている。

 まだ昼も過ぎていないというのにだ。


「すまんな。大河。金は別にいい。お嬢のことは気にするな。口先で遊んでいるだけだ」

「あぁ……だろうな。報酬については多少は払う」


 煉が持ってきた木材は、やはり檜。

 彼は力が強く、作業が得意なのか神業と言わんばかりの早さであっという間に風呂を組み立ててしまい、風呂場の支柱を建ててしまった。

今は壁板を打ち付けている所だ。

 土蜘蛛である彼は元々、人間だったらしい。

 カイルの国でもそういう事例は過去にあった。

 闇堕ちと呼んでいたが、人間が“人ならざるモノ”になるということはどこの国でもあるのかと初めて知った。


「カイル、とか言ったな」

「ん? あぁ」


 いまいち、どう接していいかわからず、カイルは戸惑いながら煉に板を差し出す。

 大河や祭、神達にはいつもの口調で難なく話が出来るのだが、煉を前にするとどう話をしていいのか分からなくなるのだ。


「俺のことは好きに呼べ。そう固くなることはない。俺も元は“人”だ」

「……何で、人をやめたんだ? そんな、良くもねーもん」


 大河は口を挟まず、反対側の板を打ち付けている。


「お嬢の傍にいるためだ。“人ならざるモノ”も悪くはない。俺は、“人”だった時に色々あってな。この道を選んだ。……次はその板を取ってくれ」


 煉はあまりカイルに手伝いをさせなかった。

 神が時々「カイルくんもキビキビ手伝う!」などと口を挟んできたが。


「煉は“人”のことをよく分かってるもんね。ねぇねぇカイルくんっこっちに来てよっ」


 お嬢がお呼びだ、と煉は、風呂場は自分と大河に任せておけと言い、カイルは仕方なく彼女の方へと行く。

 こちらの方が、忙しかった。

 暇だと言う祭を構ってやり、酒がなくなったと取りにいかされ、アテがないと作らされる。


「んもぅっ! 何度言ったら分かるんだい。こんなに美味しいお酒は電子レンジでチン! はダメだって言ってるだろう! はぁ、本当に今時の“人”は分かってないなぁ」


 紫月からのダメ出し。


「ってやってやれるかぁぁあああ!」


 ついに、カイルは布巾を床に叩き付けた。

 何故自分が文句ばっかり言う輩に、あれやこれやと世話をしなければならないのか。


「あははっ。カイルくん、キレちゃった」

「本当人間って気が短いな~。ね~? 祭ちゅわん」

「そうだよカーくんっ。楽しいって思ってやれば、何でも楽しいんだよっ」


 理不尽な仕事の、どこが楽しいのか。

 不意に、桐下駄の涼やかな音が響いた。

 立ち上がったのは先程まで酒を飲んでいた紫月である。


「カイルくん、カイルくんっ。ボクと境内をお散歩しようよっ。もちろん。キミに拒否権はないからねっ」


 真っ赤な顔、ふらついた足取り。

 完全に酔っ払いである。

 紫月はカイルの腕に、自分の腕を絡ませると引きずるようにカイルを連れて行ってしまったのであった。


「あーあ。カーくん、紫月さんに連れてかれちゃった」

「つまんないなぁ~。煉クン、大河クン、後はお願いねっ。さ、祭ちゅわんっ。パパと奥で遊ぼうねっ」

「パパ上。遊ぶのはいいですが、掃除の必要が出るようなことはしないでくださいね」

「祭ちゅわん! 紙飛行機でどっちがたくさん作って飛ばせるか勝負だよっ」

「うんっ」


 話を聞いていない。

 大河は遠い目をして溜息をついた。

 結局、自分が後片付けをしないといけなくなるのだから。


「相変わらず、苦労をしているな。大河」

「まぁな」

「だが」


 煉はそこで言葉を止める。


「だが、何だ」

「前に見た時よりも、いい顔をするようになったな。潔癖なお前が“人”を受け入れるとは思ってもみなかった」


 自分でもそう思う、と大河は言葉を返す。

 ひねくれていて口が悪いが、真っすぐ正直な方で人を見捨てることができない人間だと大河はカイルのことを思う。


「魔術師、か。強いな」

「強い?」


 カイルがか? と大河は煉に問い返した。

 彼は手を止めることなく作業を続けながら頷いた。


「恐らく、お嬢も気付いたからこそ、奴を連れ出したのだろう。お前は気付かなかったのか?」


 龍神が、彼の力に。

 確かに言われてみれば気付かなかった。


「お前がそれなりにカイルと仲良くできているのは、彼の力かと思っていたが……」

「まさか。あの程度で俺が奴と仲良くできるか。まだまだ認めてやれんな」


 そうか、と煉はカイルに関してそれ以上、何も言わなかった。

 知り合いではあるが、お互いそれほど口数は多くない。


「煉」

「何だ?」

「あの女は、何に気付いている?」

「さぁな。お嬢が何を考え、何に気付いているのかは俺にも分からん。……よし、残りの作業は午後で何とか完成するな」


 その前に、そろそろ昼ご飯を作ろう。

 大河も頷き、作業を中断して台所へと向かったのであった。

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