第23話
翌日。
重たい体を引きずり、大河とカイルはいつも通り境内を掃除し、朝食後、買い物へ出かけた。
ホームセンターへ行くためだ。
前日、祭によって完全に消失した風呂場を、自分達で建て直さなければならないのだ。
「くっそ。ふざけんじゃねェよ。あのクソ狐。なんで、オレ達が一から風呂場作らねェとなんねェんだ」
業者を呼べ業者を、とカイルは文句を漏らす。
ホームセンターへ行けば荷物が出る。
最低限、物を運ぶのだから祭にも手伝ってもらおうとしたのだが、神が祭には留守番を頼んで買い物は二人で行くように命じたのだ。
風呂の再建も二人で。
祭には一切、手伝わせるなと。
「荷物持ちが減ったのは手痛いが、風呂作りを祭に手伝わせてまた破壊でもされたら大変だ。赤字がさらに酷くなる」
業者に頼めばもっと早いはずなのに。
「業者も高いからな……。手伝ってもらえる奴に連絡を入れてある」
いくらなんでも自分達で風呂場など作れない。
風呂場が完成するまでは、銭湯にでも出向くか、水でも汲んでお湯と混ぜて使うか。
「本当アイツら、疫病神だろ。ことごとく人の邪魔しやがって」
「祭のことは悪く思わんが、パパ上はそうだな」
それに、とカイルは言う。
嫌な感じがする、と。
「嫌な感じだと?」
カイルは頷く。
「お前の両親が来た時、あの空間の空気が微妙に変わったような気がすんだよ」
以来、嵐が去ったかと思っていたが逆に嵐の前触れのような妙な静けさを感じる。
杖を封印されているせいで不安を感じそう思っているだけなのだとは思っているのだが、それ以上にあの場所には何かがあるとカイルは踏んでいた。
そうでなければ、あの日―――儀園神社に妖気の渦を視止めて辿り着けるはずがない。
考えすぎだろうか。
何度か魔術協会に手紙を送って、自分以外の魔術師を派遣してもらおうとも考えていたが、何故か、手紙を書く気がしなかった。
「ここだな」
大河は一軒のホームセンターを指さす。
神社から結構な距離であるので、タクシーを呼んだのだ。
「まったく。あの檜風呂も長く使っていたというのに、惜しい」
「ホームセンターでヒノキとか買うと高いんじゃねェの?」
「誰がこんな高い所で買うか。ある所にはある。業者を呼ばずとも、得意な者がいるからな。必要なものさえ揃えておけば手伝ってくれる」
業者よりも安い値段、もしくはタダで、と大河は言いながら、材料を放り込む。
「……そういえば」
「何だよ」
「貴様、家族はいないのか?」
唐突な問いにカイルは自分の聞き間違いかと思った。
「血の繋がった弟が、一人だけな。両親は知らねェ。育ててくれた義理の両親がいるけどよ、色々とあってな」
大した感情もなく、カイルは他人事のように言う。
義理の両親はカイルと弟を引き取ってはくれたものの、あまり良く思っていなかったのではないかと感じていた。
彼らの間に子供が生まれるとなおのこと、血の繋がりのない自分のことを、本当は煙たがっているのではないかと。
「その上、弟はゴーストに襲われて眠っちまってよ。引き取ってくれただけでもありがてェのに、これ以上迷惑、かけられねェって思ってよ。その時に、魔術協会に入って魔術師になったんだよ」
弟は魔術師でもなければ素質もなかったが、カイルにはその素質があったのだ。
だから魔術師になることを迷わず選んだ。
血を分けたたった一人の肉親を守ることができなかった自分が許せなかった。
そのまま、義理の両親の世話になり続けることなど出来ないことを知っていたから、早くに手に職をつけて独立したいと。
向こうもそれで頷いたから、カイルにとってはようやく肩身の狭い思いをしなくてもいいと思えば気が楽になった。
それから厳しい修業が始まり、今に至る。
「珍しいこともあったもんだぜ。テメーがオレのこと聞くなんてよ」
「少しだけ、興味を持ってやっただけだ。それで、仕事でこっちに来てパパ上に杖を封印されたというわけか」
「口を開けばそればっかりだなオイ。そうだよ! クソッ」
思い出しただけでも心の底から腹が立つ、とカイルは拳を握り締める。
いつまでもこんなことしていられない。
任務を果たせばきっと、弟は目覚めるはず。
「そうか。目覚めるといいな。貴様の弟が」
「大河……お前」
「ノコギリなど大工道具は久しく使っていなかったからな。丁度良かった。これらは揃える必要があったんだ。帰るぞ」
会計を済ませ、大河はカイルを促す。
それ以上のことは何も聞かなかったし、カイルも話をしなかった。
神社に辿り着くと、見知らぬ男女が立っていた。
男の方は強面で、渋色の着物を着ており、一方の女は独特の雰囲気だった。
赤と黒を基調にした、蝶と花柄の着物が整った顔立ちによく、似合っていた。
「っ貴様……!」
大河が声を荒げる。
「何故、ここにいる。俺が呼んだのは、煉だけだぞ」
「あはっ。キミのその顔が見たかったんだよね~。ボク抜きで煉を無料レンタルだなんて、させないから」
「誰だ。こいつら」
次から次へと誰だとカイルが問うと、大河は大きな溜息をつく。
彼としては女の後ろに立つ強面の男だけを呼んだつもりらしい。
「こっちの子が、カイルくんかな?」
「へ? 何で名前……」
「さて。何でだろうね? 自己紹介するよ、ボクは“鬼喰”の
どちらも“人”ではない……と、なればゴーストの類だろう。
この国には一体、どれだけのゴーストが棲んでいるのか、カイルには計り知れなかった。
そんな中から目的のゴーストを探し出すなど困難なのではないか。
魔術協会の上部の人間がもっと正確な情報を伝えてくれたなら、もう少し仕事が楽になっただろうに。
「貴様は一体、何をしに来た」
「何って。酒盛り?」
「帰れ」
カイルは直感的に思う。
彼女―――紫月は、神と同類のような気がする。
「大河。とりあえず、天から木材をもらってきた。すぐに取り掛かる。お嬢のことは気にするな。いつものお遊びだ」
「そうそう。そういうことさ。神さ~ん」
慣れた足取りで、紫月は母屋へと入っていく。
奥から神と楽しげに話し合っている声が聞こえてきた。
大河は、溜息をつきながら煉、カイルと共に風呂場の跡地へ向かったのであった。
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