第22話
よれよれに疲れたカイルが、布団に倒れこんだのは夕食後、すぐのことであった。
何故、こんな目に遭わなければならない。
突っ伏したままぶつぶつと文句を言っていると、障子が開いた。
入ってきたのは大河である。
「何だよ。オレはもう疲れてんだよ」
今から何か用事でも言いつけられたとしても、動く気はない。
「俺だって疲れている。それより風呂に入って来い。特別に今日は先に入らせてやる」
もう祭と神は風呂に入り終え、湯を張りなおしたらしい。
布団に寝ころんだまま珍しい、という目を向ければ大河は自分の母が迷惑をかけた一応の詫びだと告げる。
あれだけカイルのことはどうでもいいと言っていたが、気をつかってくれる面もあるらしい。
ふとカイルは考える。
どうせなら二人で入ってしまった方が早く済むではないかと。
「それに、オレが入る頃には湯がなくてよ。蛇口は動かねェし」
「そんなわけがないだろう。やはりバカだったか。まぁいい。人間と入るのは気が進まんが、俺も早く寝たい。今日だけは一緒に風呂に入ることを許してやる」
やはり、上から目線だ。
二人は着替えを持ち、そろって風呂場へ向かったのであった。
風呂場は広い。
母屋全体が大きいのだが、風呂もまた檜を使った立派な風呂である。
まるで温泉宿にでも宿泊に来た気分だ。
もともと温泉が湧いておりかけ流しであったが、誰も入っていないのに流れていく湯がもったいないということで大河が自分の力を使って調節していたらしい。
ただ力を使い続けていると疲れるので、知り合いを呼んで蛇口を取り付けてそこから必要な分だけを溜めるように改造したのだと言う。
「しかし、貴様が入る頃には湯がないとはどういうことだ?」
風呂に入るのならば遠慮せず湯を出してよかったのに、と大河は自分の体に湯をかけながらカイルに問う。
「だから湯を出そうとしたら、この蛇口硬くて動かねェんだって」
「……パパ上だな。いや、その前に祭が貴様のために湯を増やそうとして失敗し、パパ上が手を加えたという可能性が高い」
「湯を増やすのに失敗するってどういうことだよ……」
とりあえず、体も髪も洗った。
後はゆっくり浸かるだけだ、と思っていた矢先、風呂場のドアが開いた。
入ってきたのは祭である。
「あれ? カーくんと大河、二人でお風呂入ってるの!? ずーるーい! ボクも一緒に入るっ」
「祭……お前はもうパパ上と入ったのだろう?」
「テメーか。いつもいつもオレが風呂に入る頃、湯がなくなってんのは」
「だってカーくんお疲れだから、ボクが狐術でてっとり早くお湯を増やしてあげようとしてるんだけど、失敗しちゃうんだよね。で、パパが後はカーくんが自分でやるからって」
どうやら未熟な狐術のせいらしい。
とにかく、祭は自分も入る! とその場で服を脱ぎ捨て脱衣所に放り込む。
「入ってくるな! むしろテメーがオレの疲れを倍増させてんだからな!」
「そんなことないよっ。でも珍しいね。大河がカーくんと一緒にお風呂入るって」
湯に浸かりながら祭が二人に問う。
祭は、大河は神だからカイルと一緒に風呂に入ることはないと思っていたのだ。
対する大河は、今回だけだと言い捨てる。
それでも祭にとっては二人が仲良くしている姿は嬉しいらしい。
「これからもずっと、ボク達仲良くしていたいなっ。カーくんが来てくれたから、毎日毎日すっごく楽しいんだよっ」
「あー。そー。……早く帰りてェ」
「えー! カーくん帰っちゃやだ! あっそうだ! カーくんにいいもの見せてあげるっ」
狐術で、風呂の湯を使って水芸を見せると言うのだ。
狐術といっても、普段練習しているのはさほど大がかりな術などではない。
少し風と葉っぱを使っただけの術や、変化の術ぐらいである。
神ほどになるとカイルの杖のように封印と、解除ができるらしいが。
正直、カイルは見たいと思えなかった。
また何かが起こる、そんな嫌な予感がしてならない。
「いや、別にいい!」
「祭、待てっ……」
「えいっ」
一歩、遅かった。
大河が祭を止めようとした瞬間、爆音が轟く。
後に残ったのは、裸で呆然と立ち尽くす三人。
風呂場が跡形もなく、消し飛んだ。
「あちゃぁ……えへっ。失敗しちゃった」
「だから、いらねェって言っただろ! このボケ! 寒ィじゃねェか!!」
「で、でも黒焦げにならなかったし、ケガしなかったから、結果オーライだよっ」
結果オーライなものか。
むしろ状況は最悪だ。
「祭。だからお前の狐術はまだ不安定で危険だと言っただろう。これでお前がケガでもしたらどうする」
ケガなどすれば、自分達の身が危ない。
とにかく母屋に入ろう。
脱衣所までも吹っ飛んでしまったのだ。
部屋に戻らなければ隠すものも隠せない。
「何!? 今の音! えっ……お風呂が、ない!? 祭ちゅわん! そんな素っ裸でどうしたの!? まさかカイルくんと大河クンに無理やり……」
「してねェよ! テメーが狐術か何だか知らねェけどちゃんと教えないから風呂が吹っ飛ぶことになるんだろうが!」
「パパのせいにしないでよっ変態カイルくん! そんな大して大きくもないモノ、ぶら下げない! 祭ちゃんの目の毒でしょ! 大河クンも綺麗な身体さらけ出して、パパ襲っちゃうよ!?」
狐ごときに大して大きくもないモノなどと言われたくない。
カイルは憤慨する。
「パパ上。タオルぐらい、予備があるんで持ってきてくださいよ。じゃないと隠すものも隠せないじゃないですか」
「服持って来いよクソ狐」
「パパに命令する気!? それくらい自分で取りに行けばいいじゃない。祭ちゅわん、寒い寒いからこれ着てね!」
神は祭に、自分の羽織っていた羽織を着せる。
差別だ。
大河とカイルは足早にその場を去り、自室に戻ると服を着た。
まだ寒い外。
少ししか湯に浸かっていなかったせいか温まったという気分がしないどころか、疲労は倍増だ。
その上、服を着るや否や神に呼び出され
「お風呂場、建て直しね」
もっと良い風呂場を大河とカイルに作るように言いつけると、祭を連れて神は自分の部屋へと戻って行ってしまったのであった。
「なぁ……」
「もう何も言うな……」
おそらく、考えていることは同じだ。
大河とカイルは大きく息を吐き出した。
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