第20話
浮かんだ妄想を紙に書き留めている母親は置いておいて、大河はカイルと壁際に倒れている神を布団に戻す。
「それより、父上と母上。パパ上が倒れたことも、こちらに来てすぐ知ったのでしょう?」
「ああ。面白いことが好きな風の精霊から、性格破綻者で傍若無人なあの神が血を吐いて倒れたと聞いてな。せっかくだからお見舞いついでにからかってやろうかと」
「あら。あなたったらそんなこと言ったら神ちゃんが泣いちゃいますわよ。愛しい人にそんなことを言ってはダメですわ。あなたは神ちゃんに振り回されてヘタレながら支えてあげればいいんですのよ」
祭は大河の父親は本当に神のことが好きなのだと話した。
「そうなんですのよ。苦労してこの地位を手に入れた甲斐がありましたわ。息子もわたくしに似て美人に生まれ、祭ちゃんという伴侶を得てカイルちゃんとも組んずほぐれず……こほんっ、とにかく妄想には困らないですわ」
大河は呆れながら両親に茶をすすめる。
蒼司が大河をこちらに出した時は、夫をどうしてやろうかと思ったが祭と大河が仲良くしているということで様子を見に来てみれば、何とも素敵なことになっていたと流雨は、まるでそれが昨日のことのようだと話す。
「う……ん……」
ようやく神は目を覚ましたらしい。
ぼんやりとしばし天井を見つめていたが、すぐに蒼司と流雨が目に入ったらしく、布団から身を起こした。
「……珍しいね。夫婦揃ってこっちに来てるなんて」
起き掛け、最初の一言は不機嫌そのものであった。
「パパ! 目が覚めたんだね! もう大丈夫? 死なない?」
祭は神の傍らに座って様子を伺う。
神は祭を抱き寄せて叫ぶ。
「祭ちゅわぁん! 大丈夫だよ! パパは死なないよっ。大河クンがどんだけ虐めてこようと、カイルくんがどんだけ歯向かって来ようと、パパは死なないから!」
相変わらず祭バカだな、と蒼司と流雨が苦笑して呟く。
祭がいる限り、殺しても死なないと言ったのは大河である。
神は大河を指さして言った。
「酷いよ大河クン! 食べたくないって言ってるのに無理やりパパの口に熱々のお粥を全部突っ込むなんて! おかげで口の中がヒリヒリするじゃない!」
「知りません。食べなければ良くなるものも良くなりませんよ。苦い薬が飲めないパパ上のために祭が作ってくれた薬膳粥です。祭が作った料理なら、煮えたぎっていようが凍っていようが美味かろうが不味かろうが、パパ上は粗末にできませんよね?」
大河が言うと、神は言葉を詰まらせて代わりに頬を膨らまし、小声で
「大河クンが反抗期……」
と拗ねたように呟いたのだった。
普段の行いが悪いから時に手痛くやり返されるのだ。
これで改心して杖の封印を解け、とカイルは神に迫った。
「やーだ。杖のないカイルくんなんて、パパの敵じゃないもんっ。それより蒼司、相変わらず流雨さんの尻に敷かれてるねっ」
「そういうお前こそ相変わらずだな。血を吐いたと聞いたからついに死んだと思ったぞ」
「それ酷い! この私が血を吐いたくらいで死ぬわけないじゃない! ちょっと死にかけたけど……」
特にカイルくんのせいで、という言葉は聞き捨てならない。
カイルは勝手に人のせいにするなと言い返すが、神の耳には少しも入らなかったらしい。
龍神夫婦に今日は母屋に泊まっていくのか、やれ大河は才色兼備の美人妻っぷりを発揮しているやら。
神としても大河の褒めどころは多くあるらしい。
「いい子に育ってくれて、わたくし嬉しいですわ。ただ、わたくし寂しいんですの。前みたいにすぐに大河で着せ替えが出来ないんですもの!」
「母上。いい加減、ドレスはやめてください」
「何だお前。女装するのか?」
知られたくない奴に知られた。
大河はカイルを睨みながら詰め寄った。
「貴様は俺が、趣味で着るとでも思っているのか?」
スラリと剣―――刀を抜いて大河はカイルの首筋に刃を当てる。
それを止めたのは父親である蒼司だった。
「大河、やめんか。すぐに刀なんぞ向けてはならん。“人”の客人なのだろう?」
「父上。こいつは客ではありません。居候という名を被ったごくつぶしです」
「テメッ居候は認めてやるけどごくつぶしはねェだろ!」
「手伝えと言っているのにほぼ何もしていない奴など、ごくつぶしだろう」
抜いた刀を鞘にしまうと、大河は舌打ちと共にカイルに鋭い瞳を向ける。
「すまんな。流雨に似て言い方がキツくてな」
「あなた! 性格はあなたそっくりですわよっ」
生真面目な所とか、と流雨は言うと祭に同意を求める。
祭は少し悩んでどっちにも似ていると答えた。
さらに同意したのは神だ。
「蒼司の意地悪な所とか、意地悪な所とか、あと意地悪な所かなっ。で、結局二人は泊まっていくの?」
「泊まっていきますわ!」
蒼司が断ろうとした声を遮り、申し出を受けたのは妻である流雨。
がっくりと肩を落として蒼司は頭を抱える。
「大河に着せたい服が大量にあるんですの。あぁ、BLを考えたら男の子を生んでよかったと思いますけれど、コスプレとなるとやはり女の子がよかったわ。他の子達はちっとも理解してくれませんもの。そうだわ! せっかくなのだから祭ちゃんにも、カイルちゃんにも着てもらわなきゃ!」
着てくれますわよね? とにこやかに言っているように聞こえるが、目は据わっている。
お願い、ではない。
ほぼ強制だ。
彼女の迫力には、首を横には振れず、縦に振るしかない。
「着てくれないと、わたくし帰りませんわよっ」
「祭ちゅわんにふわふわエンジェル希望!」
「えぇ! 神ちゃん。抜かりはありませんわ! 大河にはお姫様になってもらって、カイルちゃんにはゴスロリを着せて……きっと楽しいですわ」
「よかったね、カイルくん。カイルくんの衣装もちゃんと用意してくれるんだって。パパからの精一杯の嫌がらせ、受け取ってね?」
カイルは神を睨む。
もはや彼は病人などではない。
「ふざけんなよクソ狐! やっぱテメーは皮剥いで地獄のどん底に突き落としてやる!」
「杖もないカイルくんにできたらねっ」
「パパ! もう治ったんだねっ」
嬉しそうな声で祭が神に抱き着くが、カイルとしてはそのままくたばっていればよかったものを、と歯ぎしりする。
生きているだけで大迷惑だ。
特に自分と、ついでに大河が。
そんなこんなで、蒼司と流雨は別室へ。
カイルと大河は疲れ果てながら自室へと戻る。
「なぁ」
「言うな」
何で自分達がこれほどまでに疲れなければならないのか。
神に、祭を使って仕返しをしたものの、結局はスッキリとしない二人なのであった。
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