第19話

 祭が神の部屋に戻ると、神は白目をむいて床に倒れていた。

 逆に大河はいい笑顔で祭を迎えた。


「パパ!? ねぇ大河! パパ死んじゃったの!?」

「いいや。調子が悪くて眠っているだけだ。気にするな。そっと眠らせておいてやろう」

「そーそー。その内、目ェ覚ますからよ」


 大河とカイルにそう言われたら、そうなのだろう。

 祭は神を揺さぶるのをやめて頷く。


「そんなにボクのお粥が美味しかったんだね!」

「あぁ。そうらしい。祭が作ったものが、それはもう、とてつもなく美味しすぎて今、心は天に昇ったようだ。気が済めば多分、その内帰ってくるだろう」


 それより、と大河は話を変える。

 一体誰が訪ねてきたのかと。

 この場所は普通の人間は入って来ることは出来ない。


「えっとね~」


 祭が答えるよりも早く、障子がスッパァン! と音を立てて開いた。

 一組の男女が入ってくる。

 その格好は、普通ではない。

 中国の皇帝でも身に着けていそうな、煌びやかで場違いな衣装だった。


「神ちゃんが倒れたって本当ですの!?」

「あの神が倒れたのか」


 誰だ。

 カイルは首を傾げる。

 どことなく、誰かに似ている……。


「ち、父上に母上!?」


 大河か。

 カイルは思い至る。

 大河の容姿はどちらかと言えば、母親に似ている。

 となれば、性格は父親に似ている方なのだろう。

 ふとカイルは大河の母親と目が合う。


「あら、あなた」


 何を言われるのか、カイルは身構える。


「攻ね」

「はぁ?」


 何と言われたのか、理解ができなかった。

 人間なのかと言われたのならばまだ頷けるが、攻とは一体、何のことだかさっぱり分からない。


「父上と母上は何故こちらに……」

「うむ。こいつがどうしても本を買いに行きたいと……。その帰りに大河に会って帰りたいとな」


 外出の許可をもらえなければ、宮殿を本で埋め尽くすと酷く脅されたらしい。

 大河の母は、さらりと単なる脅しだと告げる。


「わたくしが原稿で部屋に缶詰になっている間に、かわいい息子を世間勉強だとこちらに送ってしまわれるんですもの。息子や娘達は次から次へと立派な龍神として独り立ちしてしまうし、おかげで原稿がちっとも進まないのですわよ!」


 何とも勢いがある。

 大河がもし、性格まで母親に似ていたらと考えてみるが、想像ができない。

 床に座り込んで、よよよ、と泣きながら隣に立っている大河の父親の服の裾で涙を拭いている。


「それで、こっちの人間は?」

「あのねっこっちはカーくん! カイルくんって言うんだよ! ちょっと前にうちに居候しにきた人間の外人さんで、魔法使いの妖怪退治屋さんをしてるんだよっ」


 魔法使い。

 妖怪退治屋。

 あながち、間違いではないがカイルは訂正する気も失せて頭を掻き毟る。


「あらぁ。いつ来てもこちらは萌ネタの宝庫ですわね。わたくし、受けっ子な息子、大河の母で流雨るうと申しますわ」

「は、はぁ。カイル・シュヴェリアです」


 勢いに圧倒される。

 流雨は隣の夫は蒼司そうしだと紹介する。

 どっしりと、落ち着きのある彼は短く


「人間とはいえ、息子が世話になっている」


 と言った。

 まるで正反対だ。


「あのね、カーくん。大河のお母さんはね、BL作家さんなんだよっ」


 作家さんってすごいよね! とまるで自分のことのように祭が流雨に関して補足する。


「B、L……?」

「そう! めくるめく、麗しき美少年、美青年、筋肉美溢れる男達の衆道世界……。絆を深める意味が強く生まれた世界はいつしか男女の関係以上に表沙汰に出来ない秘めた想いと忍ぶ恋に……それこそボーイズラブの世界!」


 熱く語る彼女。

 カイルは大河に呟きを漏らす。


「お前の母親、濃いな。キャラ」

「母上のアレは、もう病気に近い。触れずにそっとしておいた方がいい」

「んーと、言ってることはよく分からないけれど、いい龍神さんなんだよっ」


 祭にとっては、どの人もいい人なのではないか。

 カイルは呆れ気味に祭に言う。

 一方の祭は、それを否定した。

 曰く、いじめる人が悪い人で、優しくて面白い人がいい人なのだとか。


「じゃあ大河は? 大河にとって悪い人って?」

「家族と祭以外は悪だな」

「ちょっと待て。オレは?」


 チラリと大河がカイルを見て、考える。

 そして一言、どうでもいい、とのことだ。


「ちょっとでも期待したオレがバカだった」

「それが貴様の立ち位置だ」


 少しも可愛くない。

 男に可愛いもクソもあったものではないが。

 顔立ちは女よりも美少女、家事一切ができるなど女子力が高いというのに、性格はまるで残念だとカイルは呟いた。


「祭ちゃんと大河、で当て馬がカイルちゃんかしら。ああ、素敵! カイルちゃんの可哀想具合がいい味出していますわ!」


 妄想し出したキリがない、と流雨は長く広がった袖から紙の束と筆を出して何やら猛然と書き出し始めた。

 それを蒼司が止めるが、


「あなたは眠ってる神ちゃんに手を出しながら黙っててくださいな」


 と一蹴されてしまう。


「なぁ、大河。お前の母親―――」

「うるさい。もう黙れ。何度も言わなくても聞こえているし分かっている」


 またまた、カイルは一波乱の予感がしたのであった。

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