第18話

 前回までのあらすじ。

 祭ちゃんが作った鍋と思われる謎の物体Xを、大河クンとカイルくんの計略で食べさせられたパパは、惜しくもがな二人に敗れ


「悲しくも、病床の身になってしまったのでした、と」

「誰がオレらの計略だ。テメーが自分で食うって言ったんじゃねェか」


 カイルと大河によって部屋に運び込まれ、布団に寝かされてから数時間後。

 神はようやく目を覚ました。


「ふんっ! パパが食べていいって言ったら素直に食べるの! 大河クーン、パパ林檎が食べたいなっ」


 水を汲んできた大河が部屋に入るや否や、神は要求を出す。


「大人しく静かに、安らかに眠っててください」

「酷いよ大河クン! パパが病床に臥せっているっていうのに! それじゃあパパに死ねって言ってるじゃない!」

「言ってません。だから看病しているじゃないですか。血を吐いたんですよ? 死にますよ。いいんですね?」


 呆れたように、大河は淡々と神に言い返す。

 まだ狐の耳と尻尾を隠すほど力が回復していないのか、さっきからわさわさと揺れている。

 冷たい物言いの大河に、神は恨めしそうに睨む。


「大河クン、絶対知ってたでしょ」

「何の話だか、さっぱり見当が付きません」


 大切な愛息子、祭が料理をしていたことだとはっきりと言うが、大河はやはり知らぬ、存ぜぬを貫き通す。

 その様子をカイルは面白そうに見ていた。


「大河クンの大嘘つきぃ! じゃあカイルくん!」

「あ? 知らねェよ。とっととくたばれクソ狐。そしてオレの杖の封印を解け」

「二人が知らないって言うんだったら、パパも知ーらないっ。カイルくんの杖の封印も解かないもんねっ」


 大人げない口調で神は大河に林檎をむいてくれないと拗ねちゃう! などと言っている。

 大河はどうぞ勝手になんてあっさりと神に言葉を返す。


「大河クン。イニシャルGとKを布団回りに敷き詰められたくなかったら林檎むいてよ」

「……仕方ないですね」

「うさぎ林檎にしてくれなかったら、本当に悪戯しちゃうからねっ」


 やれやれ、と大河は重い腰を上げた。


「俺は台所へ行ってくる」


 カイルが何か言う前に、無情にも障子は閉められた。

 今度はカイルが恨みがましく神を見る番であった。

 これ以上、関わり合いになりたくない。

 結局、どうあがいてもこの程度では杖の封印を解いてもらえないらしい。


「カイルくん、肩揉んで」

「嫌なこった。テメーにそんなことしたくねェ」

「この神社のモットーは助け合いだよっ」


 どこが助け合いだ。

 助け合い所か、妨害されている。

 目の前の狐自体が助け合いどころか度の過ぎた悪戯をしてくるのだ。


「してるじゃない! パパは清い神主なんだよっ」

「嘘ついてんじゃねェよ! ゴーストの時点で、清いなんて言葉は使えねェんだよ!」

「だーかーら! ゴーストだなんて無粋な呼び方しないでよっ。フェアリーの分類だって言ってるじゃない! パパは清いお狐様フェアリーだよっ」


 喧々囂々。

 血を吐いた割に、神は元気だ。

 その時、部屋に入ってきたのは大河と祭だった。

 大河の手には、うさぎ林檎が乗った皿がある。


「パパ! 倒れたって大丈夫!?」

「祭ちゅわぁ~ん! お見舞いに来てくれたんだねっ。大丈夫! パパは死なないよ! 祭ちゃんさえいてくれたらカイルくんなんか一発で吹っ飛ばせるくらいに元気爆発だから!」


 ふと神は祭の手元を見た。

 その手には、小さな一人用の土鍋が。

 神は、その土鍋を見た瞬間に顔がひきつった。


「ま、祭ちゅわん? その、土鍋は……?」

「あのね~パパのためにボク、お粥作ったんだよ! 大河もね、笑顔で食べさせてやれって言ったんだよ」


 神の顔が、またもや妙にダンディーな表情となる。

 顔には冷や汗が伝い、心なしか顔色が青い。

 大河は机を持ってくると、神の前に置き、祭が土鍋を置く。


「ま、祭、ちゃん? ぱ、パパね……今ね、すっごく体調が悪くってね……何も喉を通らなくてね……」


 しどろもどろの神に対してにっこりと笑顔の祭。

 普段、虐められている分、何だか祭が代わりに自分達の雪辱を晴らしてくれているような気がする。

 その時だった。

 インターホンが鳴る。

 どうやら勝手口に客が来たらしい。


「祭。勝手口を見てきてくれないか?」

「大河クン……普段虐めてばっかりだけど、ちゃんとパパのことを考えてくれて……」


 感動する神に、大河は見たこともないような、さらにいい笑顔で祭に言う。


「祭の料理はちゃんと、パパ上にご飯一粒残さず食べてもらっておくからな」

「うんっ」

「た、大河クンのバカー! パパは病床の身だって言ってるのに! 酷いよっ」


 大河はそんな神の言葉も無視し、祭に客を頼む。

 祭は頷いて、神に早く元気になってね! と言い残して部屋から出て行った。

 残るは大河とカイル。


「え、えーと……カイルくん? もちろん、パパを助けてくれるよね?」

「けっ。くたばれ、クソ狐」


 大河はミトンを手に装着し、がしっと土鍋を引っ掴む。

 マシになっていた神の顔色が青から白へと、悪くなっていく。


「パパ上、食べてください。大丈夫です。少なくとも、さっきの物体のようにはなってないんで。むしろ美味しいですよ? えぇ。だから大人しく……」

「杖の封印解け」

「腹、括って食べてください」


 じりじりと壁に追いつめられる神。

 追い詰める大河。

 その様子をカイルはただ見ている。


「パパを追い詰めるなんて酷いよ! 仕返しが怖くないの!?」

「仕返しは怖いですが、こんな酷いことをパパ上はいつも俺達に平気でやっているんです。ほら、諦めて食べてください」

「仕返しするなんて!」


 されて当然だ。

 カイルは吐き捨て、なおもどこかへ逃げようとする神を羽交い絞めにした。

 もう逃げられない。


「酷いよ酷いよ! 大河クンにカイルくんっ!」

「何度も言っていますが、パパ上はこんなことを今までに平気でやってきたんです」

「仕返しされて当然だろーが。大人しく食えよ。テメーの愛する祭の手作りだろ? 泣くぐらい、嬉しいだろーが」


 顔も押さえつけられ、目前に見た目は普通らしいお粥が乗った匙が迫る。

 大河は一気に、お粥が熱いということも気にすることなく神の口に突っ込んだ。

 声にならない、神の悲鳴。

 祭に言った通り、米一つ残さず、大河は神が火傷をしようが気にせず彼の口にお粥を流し込んだのであった。

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