第16話

 台所へ入ったが、大河はすでに洗い物を終えたらしい。

 姿が見えないので次の家事に手を付けているようだ。


「ボクが作ってあげるから! 前にね、パパに出したことがあるんだよっ」

「いや、だからいいって」

「だって前に出した時、パパね、おいしいおいしいって言いながら血を吐いてたんだよ?」


 さすがボクのパパ、面白いよねっと笑顔で言う祭に、カイルは顔を引きつらせた。

 血を吐くほどの、一体どんな物体を作ったのだろうか。

 見てみたいが絶対食べたくない。


「だって完成品を見てくれた大河が、見るからに素晴らしい芸術作品だって褒めてくれたんだよ? 滅多に笑顔になってくれないあの大河が、とびっきりの笑顔でそう言ってくれたんだから、お墨付きなんだよっ」


 胸を張って言う祭に、カイルはやはり手伝わせてはならないと心に決める。

 おそらく、大河は見た目からして食べられないものだと知っていながら神に食べさせたのだろう。

 以前、少し言っていた。

 仕返しをすれば拗ねると。

 それはきっと、この時のことだろう。

 ふとそこで名案が閃いた。


「祭。オレの分はいいからよ、クソ狐に作ってやれよ」

「パパに?」

「絶対、喜ぶぜ? その上、大河も大喜びで褒めてくれるぜ?」


 まさに一石二鳥だとカイルは祭に言う。

 カイルの提案を聞いて、祭は目を輝かせ、パパに作る! と意気込んで準備を始めた。

 上手くいった。

 杖の封印を解かせることができれば言うことなしだ。

 ここに留まる理由もなくなるし、理不尽に虐められることもなく、復讐ができる。


「おあげと~。あ! 生クリームだ! これと、キャベツと、イチゴと~」


 冷蔵庫から次々と祭は食材を出す。

 その横でカイルはピラフを作ろう、と食材を取り出す。

 大きな冷蔵庫の中にはほとんどの食材、調味料が揃っている。

 もう一度、祭が置いた食材を見る。

 油揚げ、生クリーム、キャベツ、イチゴ、ヨーグルト、納豆、味噌、しょう油。

 一体何を作ろうとしているのか、完成形がまったくもって見えない。


「カーくんは何作るの?」

「ピラフ」

「ぴらふ……?」


 祭は首を傾げる。

 焼き飯、チャーハンは知っているが、ピラフとは何ぞや? と祭は考える。


「麩のお仲間さん?」

「廊下に立ってろボケ。洋風炊き込みご飯みてーなもんだよ。とっととクソ狐の分、作ってやれよ」


 カイルはツナとマヨネーズを置く。

 それを見た祭は、そっと自分の台にもツナとマヨネーズを加えた。

 自分の分を作りながらカイルは祭の様子を伺い見る。

 ご機嫌なのか、鼻歌を歌いながら大ざっぱに食材を大きく切り、鍋に放り込み、続いて油揚げ、ヨーグルト、納豆を鍋に投入していく。

 早く、自分の分を作り上げて台所から退散した方がいいと本能が注げている。


「それからキャベツと~、マヨネーズと~お味噌を溶いて~」


 数分もしない内に、台所に異臭が漂う。

 臭いに耐え兼ね、カイルは吐き気をこらえながらツナマヨピラフをさっさと作り上げると台所から逃げるように出て行った。

 それに気付かない祭は、さらに残りの食材を入れて鍋の中をかき混ぜる。


「トッピングに生クリームと、イチゴっ。出来たぁ! カーくん見て! 出来たよ! あれ? カーくん?」


 見回すが、どこにもカイルはいなかった。

 せっかく味見をしてもらおうと思っていたのに。

 まぁいい。


「さっき、パパが帰ってくる音がしたもんねっ」


 鍋に蓋をして、祭はニコニコと笑顔で神の元へと向かっていった。

 一方、自分の料理を作ってすぐにカイルは大河の部屋に入り込んでいた。


「何故俺の部屋にいる。自室で食え」


 文机でそろばんを弾き、家計簿をつけながら大河が食事をしているカイルを睨み付ける。

 だがカイルは先程、台所であったことを大河に話をしに来たのだ。

 食べ終わるや否や、口を開く。

 祭が、神のために料理をしていると。

 食材はこんなものあんなものを使い、と話をしていると、大河は振り返った。


「お前」

「なっなんだよ」


 怖い表情から一転、大河はとびきりの笑顔で親指を立て、カイルの肩を叩いた。

 よくやったと。

 彼のことだから、祭が怪我でもしたらどうする、とリトの時のように剣を抜いたらどう返り討ちにしてやろうかと思っていたのだが予想外だった。


「それは何が何でも、是非にでも見に行かなくては。普段からパパ上に執拗な虐めを受けているのだ。これくらいの楽しみは許されて当然だ。ほら、行くぞ。早く行かねば一番楽しい所を見逃してしまう」


 家計簿もそっちのけで、ウキウキとした様子で大河はカイルに行こう、と促す。

 何が何だか分からずカイルが戸惑っているとさらに大河はいい笑顔で説明をする。


「材料を聞く限り、祭の料理は大失敗だ。恐らく、とてもではないが食べられる代物ではないだろう。それを食べたパパ上は当然、倒れる。あわよくば、俺達には平和が訪れる!」

「当たり前だけどよ、相当恨みが深いな。待てよ、そうすりゃー杖の封印も解かれるはず……そういやオレ、そう思ってたんじゃねェか」


 よし、行こう。

 カイルと大河は、がしっと手を組みさっそく座敷へ向かう。

 まだ祭はいないようだ。

 いかに祭が料理を作ったと知らぬふりで話ができるか。


「あれ? どうしたの? 二人揃っちゃって。あ、またパパと遊んでくれるのかな?」

「いえ。今日の晩ご飯、何がいいかと思いまして。こいつも手伝うので、パパ上のリクエストを聞いてみようかと」

「そうだな~晩ご飯は……」


 と、言いかけると、祭が入ってきた。


「パパ見ぃつけた!」

「祭ちゅわん! 何なに~? パパを探してたの?」

「うん! あのね、ボク、パパのためにお料理作ったんだよ! パパにどうしても食べて欲しくて!」


 そんな会話をする二人に、大河とカイルは吹き出しそうになるのをこらえる。

 ここで大笑いすれば確実に神にバレる。

 二人は努めていつもの表情を作る。


「祭ちゅわん! 危険を冒してまでパパのために作ってくれたなんて! パパ喜んで食べるよ! カイルくんや大河クンが欲しいって喚いたって、パパのものだから一口たりとも絶対、何があってもあげないからね!」


 だから、持ってきなさいと祭に言うと、祭は嬉しそうに鍋を持ってきた。

 そして―――。

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