第15話

 「用事……」


 リトはカイルから目を逸らして、空中をぼんやりと見つめると再度、口を開いた。


「……忘れた」

「うぉい! 兄貴は何でそうやって用事は何でも忘れちまうんだよ! じゃあ誰から頼まれてここに来たんだ!? アイツだろ! クソ師匠だろ! そうだろ!? そうだと言ってくれ! むしろそうとしか思えねェ!」

「妄想甚だしいのではないか?」

「祭ちゅわぁん、パパこっわぁ~い。身の危険感じちゃうっ」

「身の危険!? パパ、敵でも来るの!?」

「いい加減黙ってろ!」


とカイルは神と祭を指さす。


「カーくん! 人に指さしちゃ、めっ! だよ!」

「じゃあ今お前が指さしてるのは何だよ」

「ん? これ? えーと……?」


 カイルに指摘されて祭は自分の指を見て首を傾げた。

 そんな祭に、神は抱き着く。


「んもぅっ祭ちゅわん! 可愛すぎだよっパパ本当、祭ちゃんにメロメロ! その他の野郎がくたばろうが地獄に堕ちようが祭ちゃん以外、パパの目に入らないよっ」

「それで、どうするんだ。用事が分からないんだろう? 泊めるのか泊めないのかはっきりしろ」


 この神社に一泊するのかどうかリトに聞くと、リトは帰ると言い出した。


「用事、忘れちゃったし。思い出したら手紙、書くよ。……そういえばカイル。杖は?」

「すぐそこにいるクソ狐に封印された」

「そっかぁ……じゃあ、帰るね」


 本当の本当に来た意味がない。

 神と祭が戯れている横を通り過ぎ、リトが向かったのは先程彼が出てきた掃除道具入れの前であった。

 後ろをついていったカイルは訝しげにリトを見る。


「兄貴……。そこ、さっきの掃除道具入れ」

「うん。いいよ、帰れるから」

「帰れるってどこにどうしたら!? 兄貴が転移の魔術使えるのは聞いたことあるけどよ、掃除道具入れは未来から来た青い猫の、どこでも行けるドアでもタイムマシンでもねェぞ!? そんなことできるなんて、それもはや魔術師じゃねェから!」


 わかっているのだろうか。

 不意にリトが振り返る。


「カイル。ここ、変」

「変なのは兄貴……じゃなくてだな。やっぱ、そうだよな」

「カイル、今追ってるのって、例のアレだよね?」


 確認のようにリトが問う。

 対するカイルは頷いた。

 数日前、視たのだ。

 この場所に妖気が渦巻いていたのを。

 視間違えるはずがない。


「用事、思い出した」

「本当か!?」

「気を付けて。上が、どういう理由でカイルをここに……日ノ国に派遣したのか分からないけれど……」


 しかし、今、自分は杖を封印されている。

 他のゴーストを退治することさえ出来ない状態なのだ。


「とりあえず、流れに任せておけばいいと思う」


 それだけ言うとリトは、それじゃあね、と言い残して掃除道具入れのドアを閉めた。


「ってそんなこと言うだけ言って帰るなよ! こんな所から帰れるわけ……あれ?」


 カイルがドアを開けると、そこにリトの姿はなかった。

 確かに、彼は、この中にいたはずなのに。

 首を捻りながらカイルは、昼ご飯を食べていないことを思い出して部屋へと戻った。

 神は部屋に戻ったらしい。

 いるのは茶をすすっている大河と祭だけだ。

 カイルは自分の席に座り、スプーンを持って丼を持ったが、そこで違和感を覚えた。

 軽い。


「? 空……?」


 確かに、部屋を出るまでは手を付けていないので中身が入っているはず。

 茶を飲み干して丼を下げようとしている大河に聞いてみると


「丼? あぁ、貴様がさっさと食べないから俺が食べてやったが?」


 それがどうした、と逆に聞き返されてしまった。


「な……んなぁぁああああ!!? ちょっと待て! テメー人の分まで食ってんじゃねェよ!」

「作ったのは俺だ」


 冷めていく料理を放っては置けない。

 当然の権利だと言わんばかりの大河の様子に、カイルは殺意を抱いた。


「あれ? カーくん、リトさん帰っちゃったの?」

「帰った。つーか大河、さっさとオレの飯を作れ」

「断る。面倒だ。貴様がさっさと食べんのが悪い。俺はまだ他の家事が残っている。食べるなら自分で何か作ればいい」


 台所を壊さない限り、好きに使えと冷たく言い放つ。

 空になったカイルの丼も含めて大河は持って行ってしまった。


「大河行っちゃった……カーくん。どうする? あっ何か作るならボクも手伝ってあげる!」


 手伝い、という言葉にカイルは頼もうかと思ったがすぐに考え直した。

 大河が言っていた。

 祭に手伝わせるなと。

 余計なことをされてはこっちが困る、とカイルは祭の手伝いを突っぱねた。


「大丈夫だよ! ボクね、意外と料理できるんだよっ。パパが危ないからダメって言ってるけど……。カーくんがリトさん見送ってる間にパパ、出かけちゃったし、大河も忙しいし、ボク暇なんだもんっ」


 それが本音だろう。

 とりあえず台所へ行こう。

 祭には手伝ってもらわないように、昼ご飯を作らなければ。

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