第13話

 神社を出た時の重い話はどこへやら。

 特に話をすることなく商店街に着いた大河とカイルは、まずスーパーへ向かう。

 ふと大河がエコバックの中を確認してカイルに向き直った。


「……。貴様、金はあるか?」

「金? まぁ、そこそこ」

「財布を忘れた。貸せ」


 真顔で手を差し出す大河に、カイルは財布の有無くらい確認してから出てこいと怒鳴った。


「叫ぶな。耳に刺さる上に周囲への迷惑だ。仕方がないだろう。俺とて今朝のようなことがあってうっかりすることもある。お前は教会の人間だろう? 奉仕の精神くらい持て。その上、居候をしているのだからな」

「俺は教会の神父じゃねェんだよ。魔術師なんだよ」


 カイルの言葉を無視して大河は、今日は大根が安いなどと野菜をチェックしている。

 自分がついてくる意味はない。

 それなのに、手伝えとはどういうことだと思っていると、大河はカイルに買い物籠を押し付け次から次へと商品を入れていく。


「オレは荷物持ちか」

「ついでに今日は財布だな。財布ごと貸せ。どのくらい入っているのか確認する」


 仕方なくカイルは大河に財布を渡す。

 中身を確認して頷くと、大河はこれだけあれば十分だと言う。


「予定が詰まりに詰まっている。次はホウキを買いに行くぞ」

「こんだけ買ってまだ買うのかよ!」

「これでも安く済んだ方だ。ホウキは貴様が壊したのだからな。今日の食費分は一円単位までごまかしなくきっちりと返してやる」


 昨日からイライラが収まらない。

 それもこれもお前らのせいだと言えば


「なら出て行ってくれて構わんぞ。まぁ、それならそれで貴様は杖を封印されているから何も出来んだろうがな。そもそも俺達を退治しようと乗り込んできたことが貴様の失敗だな。俺は龍神、パパ上は性格が歪み悪戯だけで最強、祭に関しては手も出せんだろう。貴様が勝てる見込みは砂一粒どころか塵芥の欠片もない」


 彼も、それなりに性格が歪んでいる。

 疲れた顔でカイルは溜息をついた。

 本当に、どういう運命の悪戯なのだろう。

 狐ごときに杖を封印されて最悪最低の、それも人外の棲む神社に居候するなど。


「タダ飯を食わせてやっているだけマシだと思え。家事の手伝いだけとは破格の待遇だぞ」

「へーへー。ありがとーございますー。ったく。本当、リト兄貴が羨ましいぜ」


 ここにはいない、兄弟子の名をカイルは呟いた。

 それを大河は聞き逃さなかった。


「リト? お前、兄弟がいたのか?」

「本当の兄弟じゃねェよ。師匠が同じでオレより先に師匠の弟子になったってだけだ」


 そうか、と大河はそれ以上聞かず、カイルにホウキを掃除道具入れに片付けたら台所に来いと言いつけて一足先に台所へと行ってしまった。

 本当に、兄貴が羨ましいとカイルはもう一度呟く。


「つーか何でオレの周りは天然ばっかり集まって来るんだよ。あ、兄貴は天然の上に電波系か」


 宇宙人みたいな、とカイルは思う。


「こうやって掃除道具入れ開けたら、中に入ってたりして……」


 そんな訳がないだろうと自分の冗談を笑い飛ばしつつ道具入れを開ける。

 何といってもリトは、すでに雇われているのだ。

 日ノ国の、それも古い掃除道具入れなどに入っているはずがない。

 転移の魔術を使えるらしいが、そんなことが、あるはず……


「あ。カイル。ここ、どこ?」

「……。のぉぉおおおおおお!!?」


 カイルは思い切り掃除道具入れのドアを閉めた。

 何か、いた。

 いつも眠たげな表情をしている見知った顔―――兄弟子のリトの顔だった。

 そんなことがあるはずがない。

 もう一度、カイルは自分に言い聞かせる。

 魔術師だからと言って、転移の魔術が使えるからといって、さも、どこでもなんちゃらで繋がっていたかのように、どこからでも出てこられるなんて芸当、出来るはずがない。


「夢だ。これは夢だ。ありえねェ。兄貴の名前出しちまったから、うっかり兄貴の幻が見えただけだ」


 落ち着けと自分に言い聞かせ、気を取り直してホウキを入れようとドアを開ける。

 見間違いに違いない。

 そう、思っていたのに……。


「あ、カイル。久しぶり」

「リト兄貴……」


 夢ではなく現実だった。

 夢であればどんなによかったことだろう。

 何のためにここに来たのか。

 何故、どうやって掃除道具入れの中に入ったのか。

 全てが全て謎だ。

 その時だった。


「おい。ホウキを片付けるのにどれくらい時間がかかっている。早く昼ご飯を作らなければパパ上達が……」


 大河の視界に、リトの姿が映る。

 リト兄貴、イコール侵入者。

 カイルの頭の中でその図式は最悪のモノだった。

 予想通り大河は、どこから出したのかは不明だが刀を抜いてカイルの兄弟子であるリトの首筋に刃を当てて向けた。


「侵入者だな」


 面倒臭いことになった。

 カイルは頭を抱えた。

 そもそも、兄弟子を見つけた時点で無視を決め込んで置けば、大河に兄弟子が見つかることもなければ、兄弟子がこんな掃除道具入れなんて狭苦しい所に座り込んだままにはならなかった。

 とりあえず、兄弟子は首を傾げながら自分の勤め先へ戻っただろう。

 声を出した自分が兄弟子を止めてしまったのだ。

 とにもかくにもカイルがやることは今、一つ。


「大河、ストップ! 待て! 伏せ! 不審者に見えるけど、オレの兄弟子だ!」


 大河を止めて、掃除道具入れの中で座り込んだままの兄弟子を庇うことだ。


「貴様の? なら早く言え」

「オレが言う前にどっかから剣抜いたじゃねェか」


 肝が冷えるとはこのことである。

 これで大河が問答無用で兄弟子であるリトを斬り捨てていたらどうなっていたことか。

 まったく神様の割に気が早い……いや、神様だからこそ気が早いのかもしれない。


「大河~! カーくーん!」

「祭、どうした」

「パパがご飯はまだかー! って。ん? カーくん、誰? その外人さん」


 首を傾げながら祭がリトを見る。


「祭。パパ上の丼にはおあげを山盛りにして持っていくから待っていてくれと伝えてくれ。こっちの外人についてはこいつが説明する」

「パパだけズルイ! ボクのもっボクのも丼も山盛りにしてっ」


 甘える祭に、大河は頷くと彼の頭を撫でる。

 カイルは溜息をついて、もう一度兄弟子を見下ろした。

 一体、何の用で掃除道具入れにいたのか。

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