第12話

 何で、こうなるのか。

 カイルは食べ終わった膳を台所へ運び込み、慣れない洗い物をすると先程の部屋に戻って大河を背負って彼の部屋へと向かっていた。

 見た所確かに顔立ちが整っていて男の中でも美人だと揶揄されるようなどこか線の細い所があると思っていた。

 実際に彼を背負ってみると、軽くも感じるがそれなりに鍛えている体つきをしていると感じた。

 部屋に入ると、カイルは一度大河を部屋の隅に降ろして押し入れから布団を引きずり出した。

 どれがどの布団かはよく分からないが、寝られたらいいだろうと適当に敷いてその上に大河を転がす。

 見回してみると、彼の部屋にはほとんど物がない。

 必要最低限のものだけだ。


「あーあ……何が肩の力を抜け、だ。何がこいつらと仲良くしろ、だ。いつまでもここにいたらオレまで平和ボケしちまうぜ。何が悲しくてアホっ子親子と冷たいコイツに囲まれなきゃなんねェんだ。ことごとく人のやること邪魔ばっかりしやがってクソ」


 文句は言うものの、カイルは昨日案内された風呂場へ行くと、桶に水を溜めてタオルを持っていき、濡らして額に置いてやった。

 水に濡れたタオルの冷たさに気が付いたのか、大河はぼんやりとした目でカイルを見る。


「目、覚めたか?」

「……ああ。すまない」


 起き上がろうとする大河を、カイルは押しとどめる。

 まだ顔色はよくない。

 すると彼はまだ掃除や洗濯、買い物が残っていると答えた。


「生真面目だな。少しくらいサボるくらいしねェと。ただでさえ朝っぱらからあのクソ狐のせいでヒデェ目に遭ってるのによ」

「パパ上は昔からあんな感じだ。自分の暇つぶしのために俺を使う。目が覚めれば、Gに布団の周りを包囲されていたこもある……あの黒光りするブツに包囲されている気持ち悪さと言ったら、この世のものではない」


 不憫な奴、とカイルは心の底から大河に同情する。

 それを思えば自分の修行などまだマシではないか、と思ったが、思い直す。

 自分も同情されてもいいものだったような、そんな気がする。


「だが貴様が昨日来たことで少しは悪戯のレベルが軽くなった気がする。礼を言う」

「ってそんな礼はいらねェよ! あれのどこが軽いんだよ。結局、自分の被害が少なからず減ったってだけだろ!?」

「ああ」


 カイルは頭を抱えて大河の部屋から出ようとするが、大河に引き留められた。


「何だよ。あのクソ狐から色々やれと言われてんだよ」

「貴様も大概真面目だな。しかし掃除道具がどこにあるのか分かっているのか?」


 案内はしたが、道具などの置き場はまだ全部教えていないということに始まり、洗濯した後の干す場所、買い物をするにも神達の好みなど。

 それも分からずにどうやってそれらをやるのかと。


「やっぱテメー、腹が立つ」

「俺は本当のことを言ったまでだ」

「可愛くねェな。見てりゃ男にしては綺麗な顔してるクセに、性格は最悪だ。祭の方が、悪意がないだけマシだぜ。クソ狐は論外だけどな」


 狐術、なんてもので部屋を壊されたけれども。


「綺麗と言われて喜ぶ男がいると思っているのか。それに性格の悪さはパパ上よりもマシだと自覚している。パパ上の場合は性格が悪いんじゃない。性根がねじ曲がり歪みに歪んでいるんだ」


 それから、と大河は付け加える。

 祭に手を出したら容赦なく斬り捨てる、と。


「誰が手ェ出すか。俺はノーマルだって言ってんだろ。ま、そんなことまで言えるんなら動けるんだろ」

「貴様一人に任せられるか。それに、ここの神社の家事はそう簡単には終わらないぞ」


 どうせクソ狐が邪魔をしまくるのだろう。

 今日はカイルの部屋に業者も入る予定だ。

 さすがに業者がいる前で悪戯のように大人げないことをするはずがないと思いたいが。


「昨日来たばかりで理解してくれて話が早いな。だが、この場合、一番危険なのはパパ上ではない。思わぬ伏兵、祭だ」

「伏兵って」

「祭に手伝いをさせるな」


 カイルは昨日のことをもう一度思い出す。

 手伝う、と手を挙げて狐術を使い、部屋を潰したあのことを。


「貴様がいくら怪我をしようがどうでもいい。だが祭が怪我でもしてみろ。監督不行き届きで俺の身が危うくなる」

「って結局そこかよ!」


 少しは人外より脆い人間の心配をしろ、と大河に言うが


「貴様は心配していない。龍神である俺が、人間に対して一日しか経っていないというのに認めてやっているんだ。パパ上の悪戯にも怯まない貴様を一応、不要なチラシ程度には出来る奴とは思っているぞ」

「オイ。オレは、不要なチラシか」

「物のたとえだ」

「悪意の純度、百パーセント込められた腹立つもののたとえだな。オイ」


 褒めているのか貶しているのかよく分からない言葉が返ってくる。

 褒められている気はしないが。

 大河は褒めつつ貶している、と真顔で答えた。


「何が不満なんだ。人間は神から褒められたり貶されたりすれば変わるものだろう?」

「褒められたらいいけどよ、神だろうと貶されたらヘコむだろ」

「俺が見てきた人間は皆、貶せば大喜びで悔い改めたが。貴様の住む世界の神とは一体、どんな神なのだ」

「知るかよ。俺は神なんざ信じてねェからな。その手の授業は全部寝てたし覚える気もなかったしよ」


 その割に、杖は十字を模していたと大河が指摘するが、カイルはもらったからそのまま使っていただけだと答える。


「まぁいい。先に買い物に行くぞ。貴様が壊したホウキも買わねばならんからな」

「まだ顔色悪いぜ?」

「もう大丈夫だ。ただ、あまりにも潔癖であんな物体に耐えられんだけだ」


 潔癖以前に、当たり前の反応な気がするがカイルは黙って大河の横に並ぶ。

 ふとカイルが振り返ると先程、鳥居を抜ける前までは誰もいなかったはずなのに巫女がいて札やお守りを売り、参拝客がいた。

 一体何がどうなっているのか。


「あぁ。あれは表向きそう見えるようにしてあるだけだ」

「は? 幻、みたいなもんってことか?」

「俺達は人ではないからな。アレは張りぼてみたいなものだ。表向きの神社運営はああいう風に俺達に理解のある人間がしている」


 何故、そこまでしているのか。


「貴様が結界を超えて俺達の所に辿り着いたのは、貴様が魔術師だからだろうな」


 再び歩き出しながら、カイルは考える。

 確かに、鳥居をくぐった瞬間に妙な感じはした。

 だがそれは神社という神域だからこその結界をくぐり抜けたと思っていた。


「何でそこまでしてあそこに棲んでんだよ」

「あの場所が俺達の居場所だからだ。それを人間に貸しているに過ぎない。今、この時代で俺達は生きにくいのだ。俺のような神も、祭達のような妖も、精霊の類の人ならざるモノはな。もし、俺達の棲む結界の内側で何かあっても、人間達は気付かないし何も影響がない。そうしなければならないと約定で決められているからな。俺達の居場所は、もはや現世にはほとんどない」

「居場所、か」

「あぁ。俺達のような、“人ならざるモノ”が自由に動いていた時代はもう二度と来ないだろう」


 とはいえ、普通に自由に歩いていると思うが、とカイルは思う。


「信仰は失われて久しく、まだ辛うじて、という程度。今後、“人ならざるモノ”は貴様のような魔術師に屠られることもなく消えて行くだろう」

「消えていく、のか?」

「あぁ」

「じゃあ、何でオレみてーな魔術師なんてやつはまだ―――」

「さてな。“人”の考えなど、知ったことではない。“人ならざるモノ”と関わりがある“人”も、その手法も、いずれは忘れ去られ消えゆくだけだろう」


 その後、商店街に到着するまで大河とカイルの間に会話はなかった。

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