第11話

 朝食を先に食べる神を見ながら、祭とカイルは気絶している大河を哀れみの目で見やった。


「もうっパパったら酷いよっ」

「ごめんね~。朝からパパ、ハッスルしちゃった。あ、カイルくん。今日のお仕事っ。ご飯食べたら大河クン、部屋に寝かせて看病してあげてね。それから洗い物と母屋のお掃除と、洗濯、買い物に行って晩ご飯の支度ね。以上っ」


 口早に神がカイルに言う。

 祭はもう一度、大河の傍らに寄ると大河を揺さぶる。


「大河~! 大丈夫!? ねぇ、大河!」

「ふっざけんなクソ狐! 何でオレが全部しなきゃなんねェんだよ! テメーが余計なことしてアイツ気絶させておきながら!」

「あっれぇ~? 確か居候クンだったよねぇ? 大河クンみたいに虐められたいだなんて、カイルくんってば実はかなりのマゾだったんだ~」

「んなわけねェだろ!」


 背後では、祭がカイルに


「大河が起きないよっ」


と声をかけているが、カイルはその声に


「アホっ子は黙ってろ!」


と言葉を投げ返す。


「やっぱテメーは今すぐ殺す! 人だろうが神だろうが、弱い者虐めするようなテメーは許さねェ!」

「あっはっは~。パパは悪役だもんっ。あ、今日のお味噌汁も美味しいなぁ~。祭ちゃん。大河クンはカイルくんが看病してくれるからご飯、食べなさい。さすが大河クン、いい仕事してるなぁ~」


 女の子であれば、いつでも手籠めにするのに、惜しいなぁ、大河クンみたいな美人なら男の子でもオッケーかな、などと言いながら、神は朝食を食べ進めている。


「威張るな! テメーなんざ雑魚以下の悪役だぜ」

「えー。かわいい子を手籠めにしようとする中級の悪役程度にはなれるよ。ねー? 祭ちゃん」


 神に呼ばれて隣で朝食を食べ始めていた祭は、小首を傾げながら、はて手籠めとは? と神に問いかけていた。


「ごめんねっ。純粋な祭ちゃんには手籠めの意味はまだまだ早い話だった」

「仮にも神職にある奴がそんな話するんじゃねェよ!」

「顔真っ赤にしちゃって~。あ、カイルくんは大河クンに惚れちゃった? うんうん。わかるよ。大河クンってば女の子よりも美人だし、良妻賢母で文武両道だもんねぇ~」


 今度はどこからそんな話に発展するのか。

 カイルはすぐさま否定する。


「オレはノーマルだ!」

「分かんないよ~? 人間の性癖は理解しがたいもんね~」

「パパとカーくんだけ楽しそうっ。ボクにも分かる話してよっ」


 横から神の袖を引っ張る祭。

 これ以上、変な話になる前に打ち切りたい。

 カイルは祭に黙ってろと言いつける。


「カーくん酷いよっ。ボク、アホっ子じゃないよっ。パパと同じ、楽しいことが大好きな、快楽主義者? っていうやつだよっ」

「なお悪いわ!」


 隣で漬物をかじっていた神は、祭の頭を撫でる。

 ひとまず大河は放っておいてカイルは自分の朝食に手を付ける。


「だから。テメーらは非常識っつーんだよ! ここには常識っつーものがねェのかよ」

「もう。常識だの非常識だのを問うのは人間だけだよ」


 カイルの言葉に対して神は言葉を返す。


「人間の世界に溶け込んで神社で神職してんなら常識、非常識くらい知っておけボケ親子!」

「なら、カイルくんは何が常識で何が非常識なのかがわかるのかな?」


 そう返されて、カイルは言葉を失う。

 思えば自分とて狭い世界で生きてきたのだ。

 何が常識か、非常識か。

 だが、少なくとも神のやることなすことは、常識などではない。


「常識非常識を問う前に、人生楽しまなきゃ損だよ、損。常識の中に非常識があってこその常識なんだから。慣れてしまえば非常識だって常識としてまかり通るようになってしまうのが人間の世界でしょ?」


 カイルが返答に窮していると、神は何やら勝ち誇ったように笑う。

 その顔が酷く腹立たしくて。

 さらに神は言葉を続けた。


「カイルくん。魔術師なんて仕事、普通の人間に出来るのかな? それは普通の仕事と言えるのかな?」


 ついにカイルは黙り込んだ。


「普通は出来ないし、関わり合いがないし、人によっては魔術師なんて厨二の創作世界か痛い妄想者だって思っているかもしれない。今、現在、そんな人達がゴーストは悪だ! なんて言いながら他国まで引っ掻き回しに来ているだなんて知らない。普通の、魔術師とは一切関係のない人からすれば、存在自体が非常識じゃない?」


 食べ終えた器を重ねて、神は立ち上がる。


「とはいえ、普通の人全てに常識があるのかといえばそうじゃないし。何が常識で何が非常識か、なんて考え始めたら疲れるだけだよ。カイルくん」

「……。何だよ」

「とりあえず、肩の力抜いたら?」


 カイルは答えない。


「君がどんな気持ちで、どんなこと背負って、どんな理由でこの国に来たのかなんて知らないし―――まぁ、魔術師だから悪いモノ退治は分かるけれども―――聞きたくもなければ聞く必要もないって私は思ってる。けれど、長く生きてきたモノとしてアドバイス。目の前どころか足元さえも見えているかどうかも怪しい、狭い視界をしていたら、大きなことなんて、成し遂げられないよ」


 ゴーストが、何を知っているというのか。

 自分は、ここに仕事をしに来た。

 この仕事を任されたのはきっと偶然ではない。

 神の目を見ていたくなくて、カイルは俯きながらご飯を食べ進める。


「人間の中でも君は若い方なんだから、好きなこと、やりたいこと、人間が作った犯罪っていう線引きを犯さない程度にはもっと違う、色んなことたくさん経験して勉強しなよ」

「そんな暇があるわけねェだろ」

「暇は作るものじゃないよ。見つけるものさ。実は君の杖封印したのも、君を無力化して玩具……というのは冗談で、引き留めてみようかなって。追い詰められたような顔、してたしね」


 そんなことのために、自分にあんなことを。


「あ、さてはカイルくんったら友達いないでしょ」

「なっ! 友達って……いない、こともねェよ!」

「あっ、その反応はいないんだね。大丈夫。ここにいる間は祭ちゃんと大河クンと仲良くすればいいよ。友達に種族も国境も肩書きも何もいらないんだから。魔術師でも何でもない。ただの人間のカイルくんとして、ね」


 話は終わりっと神はもう一度、祭の頭の撫でながら


「さ、祭ちゃんっ。パパと狐術のお稽古しようね~」


 後はよろしく、とカイルに声をかけると神は祭を伴って出て行った。

 彼らの後ろ姿を見てカイルは詰まっていた息を吐き出すと、空の茶碗をぼんやりと見つめる。


「テメーに何が分かるんだよ。クソ狐が」


 目的の為に生きて来た。

 それをすぐに変えることは難しい。

 カイルはさらに渋い表情で溜息をついて空になった置きっぱなしの食器などを台所へ運んだのであった。

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