第10話
一方、神を起こしに行った祭は、ひたすら神を揺さぶっていた。
「パパ~。起きて~」
「うーん……あと十時間~……」
この調子である。
ふと祭は思い出す。
そういえば大河から、こう言うようにと言われていたのだ。
「パパ~起きてくれないと、チューしないよっ」
数秒経って、がばぁっと神が跳ね起きた。
同時に祭の両肩を掴んだ。
「祭ちゅわん! そのセリフは誰に吹き込まれたの!? 可愛い可愛い祭ちゃんがパパを拒否するみたいなこと!」
「え、えっと……嘘だよ? パパ。大河がパパ起こしてきてって……」
目が血走っている実の父親に、さすがの祭ものけぞる。
鼻息荒くしていた神が一瞬呼吸を止めて乱れた息を正すや否や、祭から離れて怪しく笑い出した。
「ふ……ふふ……ふふふふふ……。そっかぁ~。大河クンかぁ。うん。祭ちゃん。起こしてくれてありがとう。着替えたらすぐに行くから、先に行ってなさい」
神は枕元に置いていた着物に袖を通す。
「パパ? 一緒に行かないの?」
「大河クンへのプレゼントを取りに行ったら、猛ダッシュで朝ご飯食べにいくからねっ」
帯を締めると、神は妙にダンディーな顔で部屋を飛び出すと韋駄天走りで何処かへと走り去っていった。
彼の後ろ姿を見送った後、祭はポツリと呟く。
「ボク、何か悪いこと言っちゃったかなぁ……?」
とりあえず朝ご飯に遅れるわけにはいかない、と祭は部屋に行く。
予想通り、朝食は運び込まれておりカイルと大河が待っていた。
「祭。パパ上は起こしたのか?」
「うん。あのね、大河へのプレゼント探したら猛ダッシュで来るって」
大河の正面に座った祭は、椀のふたを開けて中身を確認しながら答える。
その答えに、嫌な予感を覚えたのは大河であった。
冷や汗が伝う。
今から何か、とてつもなく嫌なことが自分の身に起きるような気がする。
大河は立ち上がると必死の形相で祭に言った。
「祭! 今すぐパパ上を止めて来い! どういう理由があるのか知らんが、とにかく止めて来い!」
「何なんだ。朝っぱらあのクソ狐は」
「え!? た、大河顔色悪いよ!?」
なおも必死に、大河は祭に言う。
「頼む! パパ上の暴走を止められるのはお前しかいない! そこの役立たずな人間を捨て駒に使ってもいい! どんな手を使ってもいいから止めろ! 止めてくれ!!」
「誰が役立たずの捨て駒だよテメー! 朝からいちいち腹が立つんだよ!」
「―――来る」
大河が呟くが先か、
すっぱぁん!
と障子が開いた。
ぎこちない動きで大河が横を見やれば、超満面の笑みで仁王立ちになっている神が立っていた。
手に何かを持っているらしい。
「大河クゥ~ン? 純粋で可愛くて、パパには一切悪いことを言わない大切なパパの祭ちゅわんに、なぁ~に最低なこと吹き込んでるのかぬぁ?」
満面の笑み。
なのに、目は少しも笑っておらず、むしろ目が座っている。
大河は必至で弁解する。
「なっ何が何だかよく分かりませんが誤解ですっ。俺は祭にパパ上を起こしに行くように言っただけでっ」
「言い訳なんて見苦しいなぁ。さぁて……パパ特製、ケムちゃん入りの味噌汁でも飲もっか~」
「ひぃぃいいいいっ! ぱっパパ上っ! だから俺は何も……」
神は大河の言葉も聞かず、大河の味噌汁に右手の中に入っているモノを突っ込んだ。
そしてそのお椀を引っ掴むと腰を抜かして真っ青な顔で後ずさる大河に迫る。
「うげぇ……何をしでかすのかと思えば、よりにもよってミソスープにケムシ、入れるか? くだらねェ言いがかりつけてまでよ。あいつ、災難だな」
「うわぁ……探し物ってケムちゃんだったんだぁ~」
何とも言えない、というか神の迫力に、大河に助け舟を出すこともできずに祭とカイルは、事の成り行きを見守る。
いくら何でも本当に飲ませるわけがないだろう。
多分。
その間にも大河は追い詰められてしまった。
「あいつ、龍神の力使えばいいんじゃねェの?」
「ん~……大河、パパには逆らえないから……」
「ほぅら。追い詰めちゃった」
もはや大河の顔色は真っ青を通り越して、蒼白。
「ヒッ……、な、何もやっていないのに、ひ、酷い仕打ちですよっパパ上っ」
「ぱ、パパっ。そこまでやったら大河が可哀想だよっ。大河は本当にボクにパパを起こしてって言っただけだからっ」
「大人げないにも程があるだろうが! このクソ狐! そいつ神なんだったら少しは敬ってやれよ!」
さすがの祭も、カイルも神を止めようとする。
「大丈夫。大人げないのはちゃぁんと自覚しているしね。それに大河クン、神様って言ったってまだまだ子供のひよっこ神様だもん。まだパパの方が格上だもんねっ」
止めようする祭とカイルを振りほどき、神は再び大河に向き直った。
黒い、笑顔で。
「さ。いい子だから飲もうね~。大丈夫、ケムちゃんも大河クンに食べられるなら喜んでいるよ。それともゴキちゃんも追加されたい? それなら神速で今すぐ取ってきてあげるよ?」
ついに、肩を捕まれた大河。
逃げ場はない。
後ろが障子であったならば、障子を蹴倒してでも彼は逃げただろう。
「なぁ。お前のクソ親父、どうにかなんねェの?」
「う、うぅ~ん……ああなっちゃうと、ボクの言葉でもパパ言う事聞いてくれないから難しい、かな」
「やっやめっ……嫌です、パパ上っ」
「せぇのっ」
ガクン、と大河が白目を剥いて倒れた。
気を失ったらしい。
味噌汁が口に入る直前で、神は大河から離れて晴れ晴れとした笑顔で味噌汁を大河のお膳に置きなおした。
「なぁんてね。いくらパパでも、本当にケムちゃん、お味噌汁に入れるわけがないじゃない」
舌を出しながら、神は自分の席へと座った。
祭とカイルは顔を見合わせて大河の味噌汁をのぞき込む。
味噌汁に浮いていたのはケムシでも何でもなく、ただの緑色の葉っぱだった。
悪戯にしては行き過ぎている。
祭とカイルの呆れた視線も何のその。
神は手を合わせてすでに朝食を食べ始めていたのであった。
「ん~! 今日の朝ご飯も美味しい! さっすが大河クン! 出来る奥様!」
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