第6話

 このまま、龍神や狐が棲みついている神社に留まっていれば、何があるか分からない。

 カイルが逃げようと腰を浮かした瞬間だった。


「あれ? 逃げちゃうの? こ・し・ぬ・け・ちゃん」


 ニヤニヤと笑いながら神はカイルを挑発した。

 また始まったと茶をすすり、我関せずを決め込む大河。

 祭は神とカイルがどうなるのか先の展開にワクワクしながら見ている。


「誰が腰抜けだクソ狐。皮剥いでコートにしてやる。今すぐ狐の姿になりやがれ」

「やだなぁ~。そう簡単に正体、現すわけがないじゃないか。これでも長く生きてる古狐だよ?」

「どんだけ長く生きていようが関係ねェ! ついでにテメーも三分の二殺ししてやる! 筋全部抜き取ってやるぜ!」


 カイルは大河も指差すが、やはり大河は我関せずと茶を飲んでいる。


「パパっ頑張って! ボク応援するからねっ」

「パパ、祭ちゃんのためなら頑張っちゃうよっ」


 我慢の限界だ。

 脱走できないのならば、今すぐ、ここで決着をつける。

 自分は帰るのだ。

 龍神はともかく最低限、狐を倒せば見習いから一人前の魔術師に認定してもらえるだろう。

 杖を握りしめて神と相対する。


「使い手が命じる。汝、真の姿を現し疾く消え去れ!」


 悲しいかな。

 杖は力を発動せずに、沈黙したままである。

 何度もカイルは杖を振って思い出した。


「し、しまった……! 超極悪悪徳クソ古狐に杖を封印されちまってたんだった!」

「あっはっは~。ざーんねーんでした~。さて、お仕置きしちゃおうかなぁ~!? っと」

「ま、待てよっ。どう考えても大人げねェだろ!?」

「待ったなしの問答情け無用っ。とりゃー!」


 カイルの悲痛な叫びが神社に響き渡った。


「お茶がおいしい」

「おいしいねっ大河。ねぇねぇ。カーくん、ここにいること決定かなっ?」

「そうだな。多分、決定だろう。……人間のクセに」







 一騒動が終わり、ボロボロのカイルは祭と大河に神社の母屋を案内してもらう。

 まったく非常識な神社であることこの上ない、とカイルはぶつぶつと文句を漏らす。


「パパの悪戯だから、気にしちゃダメだよっカーくんっ」

「パパ上の悪戯は性質が悪い。気をしっかり持つことだ。悪戯の仕返しに意地悪でもしてやれば、パパ上も拗ねるだろう」

「おう。その方法教えろや」


 しかし大河はなかなか、その方法を口にしない。

 カイルは大河の様子を伺い見る。

 少しばかり顔色が悪い、ということは過去に一度、彼に一矢報いた経験があるのだろう。


「一体何をされたんだ……」


 と、問えば大河は


「思い出したくもない」


 と首を振る。

 トラウマになるような相当酷い目に遭わされたのだろう。

 狐と龍神であれば、龍神の方が格上のはずなのに。


「大河、まだ神様見習いだもんね……。あの時は確か、そう! イニシャルGとイニシャルKの大群に襲われたんだよねっ」

「何だよ。そのイニシャルGとイニシャルKって」


 すでに大河の顔色は真っ青だ。


「教えてあげようか?」

「そりゃあ気になるし……ってクソ狐っテメーいつの間にっ」


 カイルが振り返ると、神がいた。

 その手には籐の籠。

 籠を見た大河が、涼しげで端正な顔を引きつらせて後ずさった。

 嫌な予感がする。

 複数の何かが、籠の中で蠢いているのだ。


「せっかくだから、入居者のカイルくんついでに大河クンにもプレゼントをあげようと思って、集めたんだ」


 カイルもまた、顔を引きつらせて後ずさる。


「はいっ」


 次の瞬間、神が籠の中身を大河とカイルに向けてぶちまけた。

 黒々と光る、ゴキブリと、蠢きうねる毛虫が母屋の廊下に何匹も乱舞する。


「っ……ぎゃぁぁあああああ!!」


 叫ばずには、いられない。

 カイルと大河の叫び声が廊下に響く。

 瞬間に、大河の、先程まで人間の肌であった肌が変化した。

 青い、龍の鱗が鳥肌のように逆立っている。

 そんな様子も面白いといった表情で、神はダメ押しのようにGとKを大河とカイルに向かってポイポイと投げつける。

 祭は平気なのか、


「また大河が正体現しちゃった」


 などと言っている。

 雨あられのように放り投げられるGとKを避けてカイルは祭の後ろに隠れる。


「あんなの、神どころか人間だって嫌だっつーの!!」


 腰を抜かして座り込み、泣き叫びながらも後ずさる大河に、神はそれらを持って近付く。


「ほぉら大河ク~ン。かわいいかわいいゴキちゃんとケムケムちゃんがたっくさんいるよ~」

「いやだぁぁああああ! 誰かこいつらを処分してくれぇえええ!! パパ上の鬼! ファミコン! サディスト!」

「へー。まだまだひよっこの龍神が、長く生きてるパパにそんなこと言うんだ。ほーら、出血大サービスだよ~」


 また、大河の叫び声が上がる。

 ここまで来れば悪戯のレベルではなく、虐めのレベルだ。

 ぼーっと二人を見ている祭にカイルは話しかける。


「友達だろ? 助けてやれよ」


 さすがに可哀想になってくる。

 言うが早いか、祭はすでに動いていた。

 神と大河の間に立つと


「パパ! これ以上大河虐めたらボク、パパ嫌いになっちゃうからねっ」


 言い放った。

 これは効果があるらしい。

 最後に投げつけようとしたGを持った手が止まる。


「そ……そんなぁ! 祭ちゃんがパパを……パパを嫌いになったら、パパもう生きていけないよっ! ごめんよ、大河クンっ! もうしないから、ねっ? ねっ?」


 自分の放ったGとKを全て庭や草むらに放り投げて神が謝る。

 懐に持っていた除菌タオルで手をしっかりと拭くと、ボロボロと涙を流す大河にお菓子を与える。

 その隣で祭が大河の頭を撫でてやっている。


「ねっ? 今度からはそこのカイルくんにするからっ」

「オイ」

「あっ、君の部屋ここねっ。左右は祭ちゃんと大河クンだから。襲っちゃダメだよっ」


 誰が襲うか。

 ようやく部屋でゆっくりできる。

 と、カイルは神に言われた部屋の前に立ったのであった。

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