第5話

 祭からのありがたい提案で、カイルは儀園神社に泊まることとなった。

 さっそく彼の父親に言われるがまま庭の見える部屋に通され、お茶を出された。

 本当はすぐにでも部屋に通してもらいゆっくりとしたかったのだが、断れずにしばらくお茶をいただくことになった。


「おいしいねぇ~祭ちゃん。大河クンの淹れてくれたお茶は」

「うんっ! おあげともよく合うし、さすが大河だよねっ」

「って何ほのぼの茶なんて飲んでんだ!!」


 あやうくカイルまでほのぼのとした空気に流されるところだった。

 神、祭は油あげを茶請けにしている。

 祭の頭とお尻から耳としっぽが出ているということは間違いなく、彼らは狐であることを示している。

 だがカイルは大河の正体だけは掴めずにいた。

 見た目は人間である。

 しかし人間が本来持っている複雑な空気は持っていない。

 この神社にいるということは、何かしらのゴーストの類であるはずだが、大河の場合はゴーストよりも清浄な空気を纏っている。


「祭ちゃんはかわいいなぁ~。パパ、祭ちゃんにメロメロだよっ。かわいいけど、無粋な人間がいるから耳としっぽは隠しちゃおうね~」

「無粋で悪かったな。ゴースト野郎」


 神を睨みつけながらカイルは言った。

 それに対して神は、やれやれと呆れたように言葉を返した。


「私たちを“ゴースト”って言ってる時点で十分、無粋だよ」


 ではゴースト……性質の悪い“人ならざるモノ”でないならば一体何だと言うのだ。


「祭ちゃんと私の正体は、分かっている通り、狐だよ。でもねぇ、私達は日ノ国で言えば“ゴースト”の分類には属さない。ここでは精霊――つまり君の言葉で言い表すならば“フェアリー”だね。ま、ここでも妖怪やら、あやかしやら言われるけれどね。“人”からすれば」


 つまりは、ゴーストとは違うのだと神は祭の頭を撫でながら笑った。


「じゃあこいつは」


 大河を指差す。


「大河クンは龍だよ。龍神。つまり、神サマ」

「か、神ぃぃいい!?」


 西洋では龍など悪の象徴ともいえるべき存在だ。

 一方、この国……いや東洋では神である場合もある。

 ある程度、勉強をしていたとはいえ、実際目の前にするとやはりにわかに信じがたい。


「あのね、大河はね皇子様なんだよ。水を治めてるんだ。ね? 大河」

「ああ。まだ俺も勉強中の身だがな」


 カイルは信じられない気持ちで神、祭、大河を見る。


「日ノ国……というか東洋方面は多神教が多いっていうのは分かるよね?」


 神が確認をするようにカイルに問い掛け、カイルもまた頷いて答える。


「そして、必ずしも別の世界にいるだけじゃない」


 カイルは訝しげに神の次の言葉を待つ。


「これはこの国に遥か昔からある考え方なんだけどね」


 神はすぐ傍に宿っている。

 たとえば庭の木一本にも、石ころの一個にも、そして空気にも。

 あらゆるところに神様は在る。

 そして神様は人々の世界に溶け込んで生活をしている場合もある。

 神社は聖域だ。

 一人の神を祀る所もあれば、複数の神を祀っている所もある。

 そんな中、この儀園神社は特に水の神―――龍を祀っているからこそ大河がこの場所にいるのだと説明した。

 カイルにとっては馴染みのないことだ。

 しかも神社の神主が“人ではないモノ”であり、“人”の世界に溶け込んで生活をしているなんて。

 故郷の英国でも確かに“人ならざるモノ”ゴーストが棲みついていることもあるが、多くは人に害を与える悪だ。


「ここでは悪にも正にもなる。光である神がいて、闇である精霊、妖怪、幽霊がいる。そして光と闇の間にいるのが”人”。陰と陽があってこそ互いに支え合い、均衡を保って生きている。全てが全て、害を与えるだけの存在じゃないんだ」


 そこで神は言葉を切って、茶をすする。

 カイルもまた乾いた喉を潤すように茶を飲んだ。


「まぁ、この日ノ国に居場所がないなら、この神社にいればいいよ」

「いいのかよ。俺はお前を退治するかもしれねーぜ?」

「杖がなけりゃロクに動けない魔術師のひよっこには無理だね。それに、ここに来たのも何かの縁。異文化にも触れられて一石二鳥。私は君がここにいることを歓迎するよ。カイルくん」

「ボクも、ボクも! カーくんここにいなよ。毎日楽しいからっ」


 大河もそう思うでしょ? と祭が縁側で庭を見ながら茶を飲んでいる大河に言う。

 彼は特別、何も言うこともなければ頷くこともしない。

 おそらく反対はしていないらしい。


「大河クンが何も言わないってことは、いいってことだから決定! やったぁ~! また暇潰しの玩具おもちゃが増えたっ」

「はぃい!?」


 何か、聞き逃してはいけない言葉を聞いた。


「パパ上。口に出すと、いい玩具が脱走しますよ」

「大丈夫。絶対、逃がさないから。いや、もう逃げられないよ~カイルくん?」


 深い笑みを浮かべて言い放つ神。

 カイルは思い至った。

 彼―――大河が見下している人間、それも魔術師が滞在することに反対をすることもなければ口出しをしなかった理由が。


「テメー……わかっていやがったな? オレがターゲットになること」

「何のことだ?」

「パパ~何? どういうこと?」

「パパの新しい玩具のお話しだよ」

「そっか~、よかったね! パパ! これでまた暇とはおさらばの楽しい生活だよっ」


 カイルは大河の胸倉を掴んで睨むが、彼は決してカイルと目を合わせようとしない。

 やはり彼は自分の代わりとなるターゲットに、カイルを選んだのだ。

 カイルは舌打ちをする。

 そうとわかったら脱走が一番だ。

 今、話をしていて分かった。

 ここにいたら何をされるか、わかったものではない。

 逃げて応援を呼んだ方がいいと自分の直感がそう告げている。

 逃げよう。

 カイルは腰を浮かした。

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