第4話
一方、慌てて神社を飛び出したカイルは右手に持った大きなトランクを傍に置いて、道の端に座り込んだ。
「何で男が男なんかに……ありえねー。絶対ありえねー。このオレが男なんかに……」
頭を抱えながら呟くカイル。
よりにもよってその相手が、予想外に美少女と見間違えるほどの美少年だったなど。
いや、ここで百面相などしている暇などはない。
任務を果たさなければならないのだ。
カイルはとにかく落ち着こう、とトランクと一緒に持っていた杖に手を伸ばしかけた。
「ない……?」
さっきまで自分はあの十字架を模した杖をトランクと一緒に持っていたはず。
「やばい……。万が一、本当に失くしていたとしたら……師匠に知られた日には磔刑《たっけい》にされる!! その上、あんなことやこんなこと、そんなことまで……」
自分の顔がだんだんと青ざめているのが分かる。
同時に思い出したくもない、つい最近まで続いた地獄の修業時代が思い出された。
魔術の練習成果が上手く出なかったり、文句を言えば酷い目に遭わされりした。
裸にひん剥かれて磔刑にされ半日放置されたり、手足を縛られて木から吊るされ川にさらされたり、ベッドに縛り付けられたり、崖からバンジージャンプをさせられたり……。
「とにかく! そんなことは避けねーと! ぅぐぇ!!?」
立ち上がって振り返り、走り出したと同時に首に棒状のものが引っかかり、勢い余ってカイルは後ろに引っくり返った。
一瞬締まった首を押えながら、むせた。
対して耳に届いた声は、涼やかな声だった。
「ああ、すまない」
「すっかぁ~ん! って当たって後ろにばたんきゅ~! すごいね、大河!」
一人は聞き覚えのある声で先程、神社で自分の上にのしかかった、祭と呼ばれた美少年である。
カイルは痛みと怒りに体を震わせて立ち上がり、大河と呼ばれた青年の胸倉を掴みあげた。
「テメー、ワザとか!? ワザとだろ!? ワザとだと言え!! そうすりゃ三分の二殺しで許してやるよ」
「いや。ワザとではないが……。この杖を返そうと声を掛けようと思った矢先に、貴様が自ら引っかかったのだ。俺のせいではない」
真顔でしれっと言葉を返す大河。
「だったら走り出す前に声かけろ、や……」
よくよく大河の顔を見れば、彼は落ち着いた雰囲気を持つ美青年だった。
軽く前髪のかかった切れ長の瞳の色は、神秘的な藍色で、まるで吸い込まれそうな瞳。
「チッ……」
大河を殴る気を失い、舌打ちをして胸倉から手を離す。
「とりあえず、すまなかった」
あまり感情の籠らない声音で大河は謝り、カイルはひったくるように彼から杖を受け取り、カイルは今日泊まれそうな場所を探そうと、トランクを持ち上げて立ち去ろうと二人の横をすり抜ける。
いや少し待てよ、と止まった。
「おい、テメーなんで杖に触れたんだ? 人間じゃねーよな? そこのアホっ子も」
振り返り、大河と祭に問うカイル。
大河は何も答えず、溜息をつくだけ。
「酷~い! ねぇ大河、ボクってアホっ子?」
「祭。その話はどうでもいい。アホが勝手にアホと言っているだけだ。杖は―――」
「杖ね、ボクのパパが封印しちゃった。触ったら火傷しちゃうからって」
てへっと無邪気に笑って言ってのける祭と、どうでもよさそうな表情をしている大河。
カイルは封印という言葉を聞いて唖然と立ちすくんだ。
「な……なな……んなぁぁぁあああ!? 封印!!?」
「祭、帰るぞ。用は済んだ」
叫ぶカイルを無視し、大河は祭に帰ろうと促す。
「ごめんね~。封印できたなら、解けると思うんだけど……」
「それなら今すぐ……」
「無理だな」
希望を一切打ち砕くかのような大河の言い方。
一瞬でも大河に見惚れた自分が馬鹿のようだと自分に呆れた。
さらに祭からは、大河が言うなら無理かも、と言う。
しかもその様子が全く悪びれてないものであるため、収まりかけた怒りがまたカイルを包んだ。
「ふざけてんじゃねーぞ! こちとら杖がなきゃ困るんだよ! オレに餓死凍死しろっつーのか!?」
「俺に言うな。知らん。今時、餓死や凍死でのたれ死にする確率は極めて低い」
大河はばっさりと切るような、冷たい物言いをする。
「ねぇねぇ大河。家に泊めてあげようよっ。餓死や凍死はかわいそうだよっ。パパも宿がないなら連れて来てもいいって言ってたもん」
「だが……」
そこで言葉を止めて、大河はしばし考える。
横目でカイルを見、溜息を一つついた後に言葉を続けた。
「そうだな。事故とはいえ、一応、たぶん悪いことをしたようだからな」
「今の間は何だ。しかも一応、たぶんとかどういうことだよ。一応もたぶんもねーよ。悪いことしたんだよ。ボケ」
「見知らぬ、しかも下品な人間で、その上魔術師なんぞというモノを家に泊めるという行為を許すか否かを考えていただけだ。それと口のきき方に気をつけろ」
何げに失礼で酷い、とカイルは大河を半目で睨むが彼にはまったくといって届かない。
「じゃあさっそく行こうよ! ね、ね、外人さんの名前は? ボクは祭!
大河を睨み続けるカイルに、祭は空気を読もうともせず話しかけた。
カイルはチッ……と舌打ちをして答えた。
「オレはカイル・シュヴェリアだ」
「じゃカーくんだね!」
さっそくあだ名決定!と祭は笑って答えた。
「カーくんっつーな! で、テメーは?」
「人間に名乗る名はない」
「さっきからテメー酷くね? 人間差別かよ。つか何様だ。名乗られたら名乗り返すのが日ノ国の礼儀じゃねーのかよ」
頑なな大河の態度に、カイルはまたイライラし始める。
そんな時、話を続けるのは決まって祭だった。
「大河はね、人間見知りが激しいんだ。ね?」
「祭がいればそれで十分だ。それ以外はいらん」
「酷ェ。食わず嫌いか」
「食って腹を壊したくはないからな。潔癖だと言ってもらいたい所だ」
「まぁまぁ。カーくんはきっとおいしいよ!」
「フォローになってねーよ、それ。しかも本当に食う前提か」
もう一度カイルは大河に名を問う。
大きく溜息をついて、大河はようやく
「
と名乗った。
「祭、帰るぞ。貴様も家に泊まりに来るなら勝手についてこい」
「わーい! 大河が許してくれたから大丈夫だよっ。カーくんっ」
「だからカーくんっつーな! このアホっ子!」
などと主にカイルと祭が話をしながら、儀園神社へ向かった。
カイルは一先ず食事と寝る場所を一応確保できたことにほっと胸を撫で下ろしていた。
しかし、これが苦労の第一歩であることを、今はまだカイルには知る由もなかった。
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