第7話

 神から部屋がどこか聞き、カイルは部屋の前に立った。

 祭はひたすら、菓子を頬張りながら涙をこぼす大河を慰めている。

 分からないことは後々彼らに聞けば済む話だ。


「ちなみに、部屋代も食事代もとらないから好きに使ってね。カイルくん」

「マジっスかパパ上! 狐のクセに太っ腹だなオイ」


 タダ、と聞いてカイルは目を輝かせた。

 正直与えられている金でホテルを取りながらゴースト退治など出来ないと思っていたが、いい条件である。

 棲んでいるのが普通ではないが、問題はない。

 何かあれば纏めて退治してしまえばいいのだ。


「でしょ? ほら、開けてみてっ」


 神に促されてカイルは部屋を開けて―――固まった。


「お掃除付きだよっ。雑巾もお水も掃除機も、掃除道具は何でも揃っているから、頑張ってね~。カイルくん」


 固まるカイルの肩を叩きながら、神はニヤニヤと笑う。

 その部屋は、何十年も使っていなかったらしい。

 畳はボロボロ。

 あちこちに蜘蛛の巣が芸術的な形で張り巡らされており、壊れたガラクタがこれでもかと詰まっている。

 埃、塵が積もって真っ白だ。


「やっぱり……テメーなんか大っ嫌いだ! 超極悪悪徳クソ古狐ぇえええええ!!」

「あはっ。やだなぁ~無粋で下品な人間に好かれても、パパちぃっとも嬉しくないなぁ~。カイルくん、外国人なのに難しい言葉よく知っていまちゅねぇ~」

「うるせェ! これでもオレは勉強できる方なんだからな! 馬鹿にすんじゃねェ!」

「大河、落ち着いた? お菓子、おいしい?」

「あぁ。落ち着いた。美味い」


 廊下では、のほほんボケボケと祭と大河が平和にも茶をすすっている。

 その間にも神は


「頑張ってね~」


 と手をひらひら振りながら去っていった。


「ふ……ふざっけんじゃねぇえええええええ!!」


 時刻はそろそろ夕暮れ。

 カラスも家に帰る頃。

 カイルは一人、ガラクタとゴミと蜘蛛の巣と、埃塵にまみれた部屋を猛然と片付けを始めた。


「くそっ。覚えとけよあのクソ狐! 杖の封印解かせて速攻でぶっ殺してやる。毛皮剥いで高く売りつけて魔術師なんざ辞めて金持ちになってやるぅぅうううう!!」

「わぁ~大変そうだね、大河。もう大丈夫?」

「あぁ。大丈夫だ。祭、こいつは放っておけ。こんな悪戯は可愛い方だ」

「これのどこが可愛い悪戯だよ! テメーら見てないでちょっとは手伝え!」


 先程まで泣き叫び、涙を零しながらお菓子を食べていた時とは打って変わり、大河はいつもの冷静さで


「手伝う義理は微塵もない」


 と自分の部屋に戻ろうとする。

 そんな彼の肩を掴んでカイルは引き留めた。


「今度はオレがGとKを集めて泣かせるぞ」

「それは世間一般でいう脅しだ。ついでに汚れた手で触るな。汚い」


 カイルの手を振り払うと、大河は肩についた汚れを払う。

 手にした小さめのホウキの柄をこれでもかと握り締めて折った。


「ついでに器物損壊でホウキを自費で買い直せ」

「さっきまでのしおらしい態度はどこに消えた。テメーらが腹立たせるからだろうが」

「カーくんっ。ボクが手伝ってあげるから、許してっ」


 睨み合う大河とカイルの間に入った祭が手を挙げる。


「いや~アホっ子の方がよっぽど役に立つな。どっかの冷たい龍神サマとか、どっかのクソ狐よりよっぽどいい奴だぜ」

「ボクに任せてねっ。えっと、ここをこうして、こうして……」


 ごにょごにょと口にしながら、祭は手で印を結ぶ。

 そして、えいっと声をあげて風を呼んだ。


「狐術、野分っ」

「待てっ祭! 狐術は―――」


 大河が止める間もなく、激しい風がカイルに与えられた部屋に発生する。

 同時に、大きな音を立てて、床下へと……ありとあらゆるものが落ちた。


「へ……?」


 汚かった部屋は、壊れた。


「祭。狐術はまだまだ練習中だろう」

「失敗しちゃった。ごめんねっカーくんっ」

「テメーらはユダか! 親子と友達でオレを虐め抜くシンデレラの継母と意地悪な姉達か!!」

「妄想が激しいのだな。手伝ってくれと言って、祭に任せたのは貴様のせいだ。他人のせいにするな」


 本当にこの神社の住人―――人外共はおかしい。

 常識どころかやっていいことと悪いことの区別がついていない。

 今夜はどこで寝ればいい。

 布団以前に、床まで抜けたその部屋のどこに、寝る場所があるというのか。


「この疫病神ども!」

「え~疫病神じゃないよっ。狐だよっ」

「龍神だ。間違えるな疫病人」


 カイルは怒りのあまり、体を震わせる。

 大河に修理道具を借り、トランクからエプロンと三角巾、ゴム手袋を引っ張り出して装着すると、壊れた部屋の前に立ち―――


「えぇい! この天然ボケ共! もういい。何も手伝うな。そこで見てろ!! この程度で師匠の地獄の修行を息も絶え絶えどころか死にかけても、何度も生き抜き耐え抜き乗り越えたオレがヘコむと思うなよ! ふははははは! はーははははは!!」


 怪しい高笑いを上げながら、ほぼ壊れた部屋を修理しつつ片付けていくカイルを、祭と大河は言われた通り見ていることにした。


「カーくん、壊れちゃった……。どうしよう、大河。ボクたち、見てていいのかな?」

「放っておくのが一番だ。その内、静かになるだろう。そろそろ夕食の準備をしなければならんな」

「じゃあカーくんの居候祝いに、引っ越しきつねうどんにしようよっ」


 大河は頷き、祭を伴って買い物へと出かけたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る