第2話

「チッ……」


 右手には大きく古いトランクを提げたカイルは、悪態をつきながら活気のある儀園商店街を歩く。

 荷物だけでなく、カイルの着ている白いコートと、十字架を模した杖の存在がさらに人目を引いた。


「酷い目にあったぜ……。クソ。何でオレが日ノ国に派遣されなきゃなんねーんだ。何でオレが、上の奴らが逃がしたゴーストを追わなきゃなんねーんだ。こちとら見習いであって尻拭い係じゃねーんだよ。テメーの尻ぐらいテメーで拭きやがれってんだ」


 見慣れない格好――コスプレと言われても仕方のない格好をしているカイルを、通行人は横目でチラチラと見ては通り過ぎる。

 そんな通行人たちにはガンを飛ばしながら目的地へ歩いていく。


「オレだって、こんな格好で歩き回りたくねェよ!」


 白い。

 暑苦しい。

 コスプレ。

 よく分からない文字列の三点セットを兼ねた今の服装。

 着なくても良いのなら、お金があるのなら、こんな服装死んでもしたくない。

 とはいえ、特に金がないので着ているしかないため我慢だ。

 それよりも昨夜、ビルの上から見下ろした時に視えたモノ。

 巨大なゴーストの渦は、確かこの辺りであったはずだ。


 「にしても……何でオレが一晩中、犬っころごときに追い掛け回されなきゃなんねーんだ。あの駄犬め」



 文句を吐き出しながら、商店街を抜ける。

 商店街を抜けた正面には国道が通っており、その先には大きな神社が建っていた。


「確かこの先……」


 国道を横切り、昨夜視たゴーストの渦の出所だろう場所の前で顔を上げる。

 そこは正面に見えていた神社だった。

 美しい朱塗りの鳥居は大きく、木々植物、建物に至るまで手入れが行き届いている。

 入口の石柱には神社の名が刻まれていた。

 『儀園神社ぎおんじんじゃ』と。


「じ……神社ぁぁぁあ!?」


 カイルの大声に、周囲の人々が驚き注目する。

 人目に気付きすぐに我に返ったカイルは正面にある神社を睨む。

 日ノ国については、ほとんどの魔術師が属する魔術協会で勉強した。

 神社がどういうものか、知らないはずがない。

 神社とは神を祀る社。

 この国にとっては聖域でもあるはずだ。

 自分の視間違いだったのだろうか。

 いや、だが確かに、幻視の瞳をもう一度開いて視る。

 昨夜は巨大であったが、今は微量に神社をゴーストの渦が取り巻いている。

 踏み出すべきか。

 それとも魔術協会に連絡を取り、調査員を派遣してもらうか。

 そう考えを巡らせている時、ふと声をかけられた。


「おにーちゃん、この神社に行きたいの?」

「は? いや、まぁ……」


 唐突にカイルの話しかけてきたのは、ボールを持った少年だった。

 あまりにも深く考え込んでいたからだろうか。

 少年に気配がないように感じたのは、気のせいだったのか。

 とまどいながらカイルは少年を見つめるが少年は無邪気な笑顔を返してカイルに話しかける。


「ここの神社ね、この辺りじゃ有名なんだよ」


 一体何が有名なのだろうか。

 確かに見たところ建物や木々、鳥居にまで手入れが行き届いており、規模も大きい神社なのだから有名にもなろう。

 視えたゴーストの渦が、この京ノ都の人々に視えているとすれば、また別の意味で有名にもなる。

 いや。

 いくら何でもそれはないだろう。

 もし神域である神社にゴーストの渦が、京ノ都の人々に視えているとするならば、国によって取り潰されてもおかしくはないと思われる。


「縁結び、恋愛成就。ここの神社ね、それで有名なんだ」


 カイルは少年の言葉を聞いた自分がバカのように思えた。

 やはり、視えているはずがない。


「それに―――」

「それに?」

「あ! ごめんね、おにーちゃん。僕もう行かなきゃ! それじゃあね!」


 少年はそれだけ言うと、走って公園の方へと去って行ってしまった。


「ったく。最後まで言えよ! てか恋愛成就とかどーだっていいんだよ! あーもう……とにかく調査してみっか」


 それからでも本格的な調査員を派遣してもらうことは遅くないはずだ。

 カイルは荷物を抱え直して神社の鳥居をくぐったのであった。

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