きみの物語になりたい

いいの すけこ

私の世界、きみの世界

 高校二年に進級した春、私と矢沢さんは図書委員に任命された。

「図書委員って、なにすりゃいいの?」

 矢沢さんは図書室の中をきょろきょろ見回しながら、閲覧席の間をぶらぶら歩く。

 生徒は全員何かしらの委員会を割り当てられ、その役目から逃れられる者はいない。だからみんなやる気のあるなし関係なく、どれかの委員会に立候補することになるのだ。高校生ともなるとみんな空気を読むというか、適当にやり過ごす技を身に着ける。面倒な話し合いや押し付け合いが発生する前に、この程度の委員会ならまあやってもいいだろうと手を挙げて、割り振って。

 私は好んで図書委員を選んだところがあるけれど、矢沢さんはなんとなくで立候補したのだろう。

「貸出とか、書架の整理とか」

「うえ。それ、週で当番とか決めるの?マジめんどいんだけど」

「月に一回あるかないかだから、心配しなくていいよ。司書さんいるし」

 そもそも小学校や中学校のように責任感を育てるためとか、学習の一環だとかいう意味合いは薄れてきているので、どの委員会も活動はそう多くはない。図書委員にしたって、学校司書が在籍しているわが校ではそうそう面倒な仕事をさせられることはなかった。


「詳しいね、深田ふかださん」

「図書室、よく使うから」

 淡いピンクの絨毯とカーテン。ぎっしりと本が詰まった木製の書架。

 私が学校で、一番好きな場所。

「文学少女だねー」

 矢沢さんの明るい声を聞き流す。

 陽気な、教室中に響き渡るような声でいつもおしゃべりしている矢沢さん。

 それをうるさく感じてしまうのは、いつも私が一人で本を読んでいるか、ひたすらスマホの画面に集中しているから。

 彼女を中心に教室の空気が華やいでいるのだから、きっとその方が健全で正しいのだ。

「矢沢さん、部活行っていいよ。別に仕事ないし、私一人で平気だから」

「えーでも、悪いじゃん」

 矢沢さんはテニス部でも活躍している。テニスのことはよくわからないけど、校内誌に大きく写真が掲載されているのを見たから、きっと強いのだろう。

「深田さん、部活は?」

 私は文芸部に所属している。所属というには部員はみんなあまりに帰属意識が低くて、自由な部だ。好きな時に部室に行って、好きに作品を書き散らして、おしゃべりして、本を読んで漫画読んでお菓子を食べて。コンクールも目指さない、文化祭も適当に済ます部なんてそんなものだ。別にそれでいいと思ってる。私も私で、好きに書くし。

「大丈夫」

 いちいち矢沢さんに説明する義理も感じなかったので、簡潔に一言で答える。

「みのりー!」

 図書室の入り口から、テニスウェア姿の生徒が顔をのぞかせた。

「ねー、部活まだ来れなーい?」

 彼女たちもクラスメイトだ。格好を見ればわかるけれど、矢沢さんと仲のいい部活仲間。

「ほら、行ってきなよ」

 私はしれっと矢沢さんを追い出しにかかる。正直、彼女がいないほうが私も好きにできる。

 

 小説を書きたい。

 私は頭の中にひらめく景色を、言葉を、紡がれていく物語を書き出したくてたまらないのだ。

「なんか、ごめんね」

「全然」

 そう全然、困らないから。むしろ私は私の世界へ没入したいから。

 違う世界のあなたは、どうぞお好きなように。

「みのりがいないと、マジ困っちゃうからさあ」

 さすが矢沢さんは、部活仲間にも頼られちゃってる。

 彼女の背中を見送ると、私は早速スマホを取り出した。

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