問 受験勉強は異世界転生に必須か?

@oneday

第1問 魔法の実技に科学を用いてもよいか?

 最初の課題は基礎魔法の一つ、炎魔法による的あてだった。15m先にある的に自らが放った炎魔法を当てるだけ。言葉にすればこんなに単純なことはない。……はずだが、結果として俺を含めた5人以外は、だいぶ苦労をしているし、中には、そもそも炎魔法を発動できない者もいた。


 エクレール王立グラニー自治領高等学校。簡単に言えば、ここは士官学校だ。剣士なり、魔法師なり、政治家なり。お国のために立派に働きたいという若者が集まってくる。自称・王国第3の都市であるグラニーでは、この学校に入学した生徒を磨きに磨いて、王都に向かわせ、活躍させることで、王国での地位を高めたいという思いが、政治家の間にも、教師の間にも蔓延している。もちろん、生徒の中にもその思いを持つものは強い。結果として、魔法についての最初の授業であるこの時間、屋外練習場にていきなりの実践訓練をさせているのだ。


 俺が大勢と同じように苦労していないのは、結構単純な理由だったりする。俺はそもそもが国王直属の兵士だ、というだけ。直属の兵士の練度は高く、剣技はもちろん、魔法、弓、馬など、一通りのことができる。専門が剣術とはいえ、この程度の初歩的な訓練は問題としない。とはいえ、初めのうちは周りと足並みをそろえて、へたくそなふりをしようとしていたのだが、


「オールド君、今の僕の射的を見てくれたかい?見事でしょう?」


 自身の魔法の腕を隠す気がない護衛対象がいてくれるおかげで、俺は一発的中をさせただけで、こうして護衛の本分に専念できているわけだ。


「……殿下はすでに課題を達成しているはずでは?」


と、調子に乗って炎魔法を連発させている皇子の耳元で囁く。


「だめだよ、オールド君。この学校内では基本的に身分は隠さないと。殿下じゃなくて、ロイ:サンセット、でしょ?」


 俺をたしなめるのは、サンセット:ロイヤル第3皇子。学校ではその名前を苗字にして、ロイという偽名を使うことにしたと、入学式の前日に楽しげに話していた。


「1回当てたら終わりと、先生はいっていたけど、1回しか当ててはいけないとは言ってなかったはずだよ。僕は熱心な生徒だからね。」


 目立つことを止めたがらない"サンセット君"は魔法を打ち続ける。まっすぐと飛んでいく火球は美しく見える。この男に本当に護衛など必要なのだろうか。魔法の腕だけで言っても、上位魔法師と同等以上の力を持つというのに。


 とりあえず皇子のそばに陣取りつつ、ほかの生徒に目を向ける。俺と同じように一発で課題を達成した男はその場でしゃがんで下を向いている。達成者の残り2は全員女だったが、1人は友達らしき女に手取り足取り教えており、もう一人は次にどうすればいいのかと落ち着きなく左右を見渡していた。


 未だに的に当たらない残る連中だが、とはいえ、この中の数人はあと数発のうちに的に当てることだろう。言ってるそばから、達成者が出たようだ。魔法は才能が問われる。基本的にこの学校に入学する子供は魔法の適性が少なからずある。入学適性検査の時点で測られるからだ。俺や皇子は真っ当な試験を受けずに入学できているので、聞いた話に過ぎないが、水晶のようなものを触ることで魔法力を測るらしい。魔法力とは、魔法の威力や制御力、使用回数などに関わる大事な要素で、後天的に鍛えるのが非常に困難だ。ゆえに、優秀な人材を育成しようと思ったら、最初から魔法力がある程度ある者を育てた方が都合がいい。選良主義の我が校らしい考え方だ。


 だが、例外はいつでも存在する。それが俺の視線の先にいる根暗そうな男だ。


「ふむ。」


 俺の隣で的あてに挑むはずだったその男は、最初に放った火球が、すぐさま地面に落ちていったのを見るや否や、火球を真下に飛ばしたり、真上に飛ばしたり、ちょうど今は、水平に打ち出して的まで届くことなく勢いをなくして落ちたのを確認し、声を漏らしていた。


 次の瞬間、その男はすたすたとこちらに向かって歩き出す。狙いは俺ではない。男の目はまっすぐに皇子を狙っていた。俺に油断はない。おかしな動きをすればすぐに仕留めら


「そ、そこなる人。な、何故そ、そ、そちの球は下に落ちざるか。」


 おかしいのは口調と声の高さと挙動だった。不審者というか、会話能力に致命的な問題がある。だが、


「あ、コウキ:イバラ君だね。」


 動じていない皇子もそれはそれで、おかしい人物だ。


「簡単だよ。速さを高めつつ、ちょっと斜め上に向かって撃つんだ。」


 皇子はいたって真面目に助言していた。もっとも、皇子の火球の速さは、マネできるものではないが。


「なるほど。ちなみに、地面と火球の距離が一番離れているのは、的と自分のちょうど中間ということでいいのかな?」


 コウキは、なぜか突然流ちょうに話をしだした。身振り手振りを交えつつ、説明をしているかのような動きだった。


「そうだね。大体それくらいかな。」


「ありがとう。恩に着る。」


 答えを聞くや否や、コウキ:イバラはもとの位置に戻り、手元に用意していた紙を取り出すと、鉛筆にて何やら文字を書き始めた。俺はその文字に見覚えがある。こいつは「転生者」だったというわけだ。


 エクレール王国には毎年20人ほど「転生者」と呼ばれる人間が現れる。王国内に3か所ある泉の付近に冬の最終日に突如として光と共にやってくるという噂だ。もちろん、実物を見たことはない。彼らは、こことは違う世界で習得した魔法や、特殊な武器、あるいは、元の世界での知識を持っており、それを駆使してこの世界で活躍している。あの文字は、王の側近であった異世界出身の詩人が使っていたものと似ている。すると、コウキも文学の知識を持っている可能性が。


「さて、次のステップだ。ここに予想される水平投射時の自分の火球の速さを代入して、」


と、思った矢先、今まで書いていた異世界文字の下に、数字を書き連ね始めた。計算をしているように見える。いや、まちがいなく計算をしている。遠めに見ているだけだが、掛け算に見える。しかし、その速度はかなり早い。だが、最後に出たであろう結論の数字が、それまでの数字より明らかに短い。


しかも、数字の右上に「°」が付いていた。あれはいったい。


「そーれ!」


 こちらが思考を巡らせるのにお構いなく、コウキ:イバラは謎の掛け声とともに火球を打ち出していた。皇子の助言通り、少し斜め上に向かって……って、


「ちょっと上を狙いすぎだろ!」


火球はどんどん空に吸い込まれていく。10mほど上がっただろうか。次の瞬間を俺は見逃さなかった。いや、なぜか魔法を打つのをやめていた皇子も見逃していなかった。そう、ちょうど、火球が落ち始めた地点が、的と自分の中間地点真上であったことを。


 落ちてくる火球は速さを増す。その形は球ではなく、どんどん細長いものになっていた。俺はあの魔法を知っている。


「へぇ。ファイアアローだね。さっきまで地面に魔法を撃っていた彼が。」


 上級魔法を使っていた。高度魔法に必須の詠唱や予備動作はなかった。本来なら使えるはずがないその魔法を、素人らしき異世界人は使った上で、完全に殺意を得た魔法は、コウキ:イバラの的を粉砕していた。隣でにこやかに拍手を始める皇子。当たったという結果に満足したのかしないのか、わからないが、的を破壊するなり先ほどの紙に、新たな計算、いや、また謎の異世界文字を書き始めていた。


「よし、解答終了。」


非常に満足げな彼が最後に紙に記していたのは、異世界語ではなかった。この世界の文字で一文字”(終)”と。なぜか、かっこをつけた漢字だった。

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