第9話

「だ〜か〜ら〜!ミカエラを事故死に見せかけて殺した実行犯は、俺じゃあねえっての!

 そいつは、ひっそりとシチズンナンバーを書き換えて生き延びてやがったが、俺が見つけ出した時にはもう、ホスピスのベッドで寝たきりの状態だったんだ!そんでもって、楽に死ぬための金が欲しいだなんて吐かしやがるから、俺がミカエラの一件に関する情報を買い取って有効活用してやったのさ。

 エイダンの野郎には、実行犯になりすまして、あれこれおねだりはしたが、実際にはびた1Gitすら受け取っちゃいねえよ。

 ジーリンやルルアと示し合わせて行動したなんてことも、何一つねえ!

 なあ、お義兄ちゃんを信じてくれよ〜〜」

 ハーディーは、なんとも物騒な内容の立ち話を繰り広げている。顔を突き合わせたセティーは腕組みをして、白皙の美貌のそこここに青筋を浮かび上がらせていた。

「……まあ、何度話してもボロが出る様子もないから、義兄さんの話をひとまず信じてあげるよ」

 義弟はようやく腕を解いて、前髪をかきあげた。

「この野郎、義兄ちゃん相手に捜査的手法を用いやがって〜〜」

 例えば、筆跡を偽ろうとする相手には、繰り返し書字させる。また、嘘をついているとおぼしき相手には、何度も説明を求める。そして、ブレが認められたらすかさず切り込んで、真実を炙り出すというのは、捜査官にとっては基本的なテクニックである。

 セティーは、レンリのサポートに徹して、ルルアの逮捕を見届けた後、ハーディーをトト・ドリームランドへと呼び出したのだった。

 ハーディーは、心が浮き立つのを覚えながら、現地へと飛んだ。義弟の性格上、また立場上、すんなりとはいかないだろうが、久し振りに二人で酒を酌み交わす展開に持ち込む気満々だった。

 だが、トト・ドリームランドが立地している浮遊島にいよいよ接近した時、ハーディーの眼前で、まさに目を疑うような光景が展開したのだ。

 次元戦艦が仮想劇場を砲撃したのである。そこは、セティーがハーディーを待ってくれているはずの場所だった。

 次元戦艦こと合成鬼竜は、ハーディーの咆哮じみた悲鳴も、悪態の連射もものともせずに、悠々と去って行ったのである。

 慌てて着陸したハーディーは、ちょっとばかり廃墟らしさを増した仮想劇場の中に、平然と佇む義弟の姿を見つけ出すことができた。

「ああ、義兄さん、ちょうどよかった。せっかく二人で話をと思っていたから、合成鬼竜に依頼して、邪魔者を排除してもらったところなんだ」

 セティーは、爽やかな笑みすら浮かべたのだった。

 しかし、その次の瞬間から延々と、義弟が義兄を尋問するような遣り取りへとなだれ込み、現在に至ったわけである。

「なあ、セティー、俺は、ありとあらゆるデータをおまえ宛に送ったろ?なんで手柄をまるっとレンリ捜査官に譲っちまったんだ?」

「彼女に協力してもらって、情報提供者は匿名かつ正体不明として処理した。その見返りだよ。

 それに、司法取引目当ての大物の扱いには、定評があるからな、彼女は。なんでも、エイダンについても、ミカエラさんの件以外に、本人がばれていないつもりでいる余罪の数々を俎上に乗せるつもりでいるらしい。

 そして何より、義兄さんがどこまで違法行為に手を染めているのか……こうして会って話すまでは確信が持てなかった。まさかミカエラさんを手に掛けたとは思えなかったが、聖女を殺害した本物の実行犯を、仇討ちとして始末した可能性は否めなかったんだ。

 死者との美しい思い出に、生者は太刀打ちできないよ。だからといって、仇討ちであろうと殺人を看過するわけにもゆかない。義兄さんのことを匿名かつ正体不明ということにさせてもらったのは、そういう理由だったんだ……」

 義兄弟は、それぞれの思いを胸に、月の輝く夜空を見上げた。

「そうだな……もしもミカエラが、あの世からでもオーダーしてくれたなら、俺は、実行犯のこともエイダンのことも煮るなり焼くなりしただろうよ。焼き加減はいかがなさいますか?いっそ生きながら挽肉に致しましょうか?……なんてな。

 だが、俺の一存で仇を討ったところで、そんなもん、聖女を守れなかった不甲斐ない男の自己満足にしかならねえ気がしてなあ……

 おまけに、義弟にまで迷惑をかけちまうだろ?」

「へえ……俺はおまけなのか」

 セティーは、口をへの字に曲げた。仕事中にはまず見せない表情だろう。ハーディーにとっては、スラムで肩を寄せ合っていた子供の頃を思い出させる、義弟の拗ねっぷりだった。

「すまんすまん、言葉の綾ってやつだ。今夜はお義兄ちゃんが一杯奢ってやるから、ご機嫌を直してくれよ」

 子供の頃は、酒ではなく甘い物で宥めたものだ。

 セティーも、その申し出を即刻却下することはなく、少し考えるように顎に指を当てた。

「馴れ合いはやめてーーーっ!責任とってえ〜〜〜♪♪♪」

 そこへ、調子っ外れな魔物の歌が響き渡ったのである。

 見れば、仮想劇場のエントランスで、またもや復活の時を迎えた、ピンクの兎の着ぐるみの姿をした魔物が飛び跳ねていた。もちろんミミちゃんである。

「チィッ」と一際大きな舌打ちを発した義弟へと、ハーディーは、真顔で向き直ったのである。

「セティー、一つ訊くが、おまえ、あのバニーガールに何をした?」

「やむ無く彼女にとっての王子様を演じただけさ、とどめを刺すことを前提にね。ところが、なぜだか王子の正体が俺だと認識しているらしく、さっき復活した時にも付き纏われたんだ。

 もうこのうえなく面倒くさくて、通りすがりの合成鬼竜に始末を依頼したというわけさ」

 謎が一つ解けた。ハーディーがこの浮遊島に着陸する直前に目撃したあの砲撃には、そういう事情があったのか。

 しかし待てよ、とハーディーは思う。かのバニーガールが復活するには、6時間ばかりかかるはずだ。

「おいセティー、おまえ、この義兄ちゃんのことを6時間近くも尋問しやがったのか!

 俺はおまえより年食ってんだよ!年寄りの余生の貴重な6時間を返しやがれ!」

 すると、すっかり棘のあるクールビューティーと化した、セティーの瞳に迎撃されたのである。

「老化については同情するよ。けれど、義兄さんまで面倒くさいことを言うのはやめてくれ。少し黙っててくれないか」

 セティーは、携帯端末を取り出した。

「もしもし合成鬼竜、こちらセティーだ。悪いがもう一度、兎狩りを頼みたい」

 携帯端末で戦艦を呼びつけられるだなんて、便利な時代になったものだ——と思いきや、

「俺様は現在、電波の届かねえ時空を航行中だ!耳に入るのは、礼儀正しい女の子たちの助けを求める声だけだぜえ♪」

 応答したのは、録音された音声だった。次元戦艦は、時代の圏外にいるらしい。

 セティーの端末がプルプルと震えたのは、なにも、彼が、青筋の浮かんだ手で強く握りしめたせいばかりではなかった。

 端末から、耳障りなノイズとともに、合成鬼竜とは明らかに異なる声が聞こえてきたのである。

「もしもし〜〜〜アタシ、ミミちゃん!今、あなたの端末に浸潤しているの〜〜〜♪♪♪」

 途端に、緑色のブヨブヨとスライミーな物質が、端末から溢れ出したではないか!

「セティー、捨てろ!ばっちいぞ!寄生されかねないぞ!」

 地面に投げ出された端末へと、ハーディーは、情容赦なく銃弾を撃ち込んだのである。

 そして、すかさず義弟の手を取った。

「こうなったら二人で逃げようぜ!あいつも遊園地の外までは追って来ねえだろう。そして、飲み屋にしけ込むぞ!」

 ところが、セティーは、薔薇どころか荊どころか鉄条網よりも刺々しい視線を返して、顎をしゃくって見せたのである。

 そうだった……ハーディーはすっかり忘れていたが、ここ仮想劇場には、リィカもいるのだった。

 リィカは、物陰にしゃがみ込んだうえ、手近でかき集めた枯草の束を顔の両側でしっかと握りしめることによって、「ワタシはここにはいマセン、ノデ」とアピールしながらも、6時間にわたって義兄弟の会話を細大漏らさず聞いていたのである。さすがはアンドロイドと言うべきだろうか。

「わかったわかった。それじゃあ、三人で逃げて、しかし、アンドロイドに飲ませるわけにはいかねえから、酒は二人で……」

「ハーディーさん、ワタシは、利き酒ならばお茶の子アイアイサー!デス、ノデ。アンドロイドの成分分析能力は、人間の味覚の比ではないのデスヨ!フフフ……」

 リィカは、にわかにやる気をみなぎらせて、胸を叩いたのである。

 ああ、きっといくら大気の成分を分析しても、空気を読むことにはつながらないのだろうなあと、ハーディーは、いささか遠い目となった。

「プリンス・トトちゃま〜〜〜、こうなったら、アタシが直接、浸潤してア・ゲ・ルゥ〜〜〜♡」

 そして、迫り来るミミちゃんからは、リィカを優に凌駕する凶々しいやる気が立ち昇っていた……

 その刹那、夜空の月を目掛けて、何かが飛翔した。

「エ〜〜ウ〜〜レ〜〜カ〜〜でしてよ!」

 謎の飛翔体は、キュービック・ラボの天井をぶち破って出現した。そして、このうえなく高いテンションで叫んだのである。

 そして、月を背景として、クルクルと宙返りしながら放物線を描き、手にした槍を地面に突き立てながら着地したのである。

「ああ、リィカ!ついにやりましたわ!かつてカカオ豆だった微粒子たちが、光の粉のように舞い踊りながら、『ありがとう。でも、もうやめて』って言ってくれたのが聞こえたんですのよーーーっ!」

 槍の穂先が地面に到達する直前、そこに居合わせたミミちゃんの脳天を貫いたため、かの魔物があっけなく消滅したことなど、全く気にしていなさそうな口調だった。

「なんだあれ……なんかヤバそうなもんが爆誕したぞ!土偶の変種か!?」

 ハーディーは聞かされていなかった。セティーが、キュービック・ラボの警備をレンリたちから引き継ぐという名目で、この仮想劇場に陣取ったということを。そして、ラボの中ではただひたすらにカカオ豆のグラインドが続行していたということもだ。ミミちゃんを倒した回数から単純計算すると、ざっと12時間はぶっ通しだったことになる。

「義兄さん、落ち着けよ。あれはシュゼットだ。格好はともかく、物言いといい槍捌きといい、他の何者でもないだろう?」

「言われてみればな……だが、あのバニーガールを一撃で倒すなんざ、本人比でもおかしなことになってないか?」

「そうだな。『お菓子な』こともあるもんだな」

 セティーの口から、珍しく駄洒落が零れる。

「これで借りが一つできちまったな、『菓子』ではなくて」

 すかさずハーディーも続いた。

 手強い魔物が消滅したことで、狙われていた男とその義兄は、安堵の笑い声を立てたのだった。

 シュゼットは、グラインドの成果について、リィカの鑑定で「Absolutely Excellent!!! 」との絶対的最高評価を獲得して、「やっぱりやっちゃってましたわ〜〜!!」と叫びながら、防護服の頭部を勢いよく脱ぎ捨てようとした。

 しかし、「いででで」と頓挫する。どうやら、豊かでたわわな髪が引っかかったらしい。

 シュゼットは、個別包装された髪の房たちを、そーっと解放してやってから、月光の下で改めて笑顔の花を咲かせたのだった。

 そして、軽やかに飛び跳ねるわ、キレッキレに踊り狂うわ、果ては突如として謎の召喚魔法を繰り広げるまでに至った。まあ、設定上はともかく実際には何ら召し出されることはなく、事なきを得たが……

「お疲れ、シュゼット。これでコンクールも開催できそうだな」

 セティーは、もののついでにミミちゃんまで倒してくれた彼女に、労いの言葉をかけた。

 実は、COAは、グラインドの終了を待つことなく、コンクールを決行するというブラフを流した。しかも、犯人逮捕に役立ったのは、エイダン社長が息子に財産を贈与するという、全く別のブラフのほうだった。しかし、それらは、今ここで伝えるべき話でもないだろう。

「わたくし、グラインドにいそしむうちに、色々な精霊と出逢いましたのよ。あれはきっと、わたくしの前世の友人たちですわ。

 考えることの精霊、感じることの精霊、悩むことの精霊、楽しむことの精霊……

 みんな大切な友人ですけれど、今回は楽しむことを選んだら、目の前で光の粉たちが舞い踊って祝福してくれたんですの〜〜」

 そう言い終えた瞬間、シュゼットは、かくんと脱力した。セティーは、「おっと」と支えようとしたが、それには及ばなかった。

 シュゼットは、地面に突き立てた愛用の槍に、器用に身体を預けながら、すやすやと寝息を立て始めたのである。

「おいおい、末恐ろしいお嬢ちゃんだなあ。現時点でも敵に回したいとは、さらっさら思わねえが」

 ハーディーは、義弟の傍らに立ち、その幸せそうな寝顔を覗き込んだ。

「おおかた、長時間にわたる重労働の影響で、精霊の幻覚を見ただけだろうが……今はいい夢を、シュゼット」

 セティーの声も優しかった。

 その頃、アルドは、キュービック・ラボのドアを内側から開けることにようやく成功して、文字通り地を這うようにして、外へ出たのである。シュゼットが天井に穿った出口から後に続くような余力は残っていなかった。

 そして、待機していたアンドロイドに助けを求めた。

「リィカ……み……」

「ハッ!もしやミラ・ジュエリーショップへのお誘いですか!?ええ、参りマショウ、今すぐにデモ!アルドさんが溜め込んだクレジットの最適な用途をご指南致しマス、ノデ!」

「ちが……み……」

 アルドが僅かに首を横に振ったのを認めて、アンドロイドは、小首を傾げた。

「もしや、誰かの名前を呼んでいるのデスカ?候補が多すぎマスネ……ここはヒトツ!

『ミ』〜ンナ大好き、リィカ・タイプ・アンドロイド!!」

 リィカは、ヘルパーアンドロイドの広告写真にありがちなポーズをとって見せた。

 だが、彼女の足首を、ふるふると震える手で、アルドは掴んだ。

「み……ず……」

「なんと、お水デスカ?現在、船墓場の水を所持していマス。採取したのは44時間前デス、ノデ……

 ハッ!?どうしたのデスカ、アルドさん。パワーヒール照射中にもかかわらず、体力ゲージがジリ貧デス!」

 結局、時空を超越する勇者は、ハーディーとセティーの申し出によって、中世バルオキー村の自宅まで送り届けられることになった。

 エルジオンでは警戒を怠るわけにはゆかない厄介なしがらみも、バルオキーの酒場にまで付いて回ることはないだろう。

 

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