第4話

 シュゼットは、ガンマ地区へととって返した。そして、華やかな立体映像の広告を掲げた、ドレスメーカーへと入店したのである。

 なんでも、この店は、合成人間の叛乱をきっかけに、彼らを多数動員して商品を大量生産する道を捨て去り、顧客が望む一点ものを素早く仕立てることに特化したのだという。

「あら、シュゼット様」

 どことなく銀狐を思わせるマダムが、上客向けであろう満面の笑みで出迎えた。

「こんにちは、マダム。今回は、このわたくしを、丸ごとふんわりと包み込んでほしいんですの!食材に肉迫するから衛生的で、それでいて、わたくしの渾身のアクションに耐えられるほどの丈夫な一着で!

 極秘かつ光速でお願いいたしますわ〜」

 シュゼットは、ほとんど息継ぎすらせず、願いを捲し立てたのである。

「あらあら、どんな映画でお召しになる衣装なのかしら?」

 マダムは、既にシュゼット慣れしているらしく、早速スケッチブックにペンを走らせる。

「えへへ、それは秘密ですわ。情報解禁日がまだですのよ〜」

 相手の勘違いに乗じて、さらりと言ってのけたシュゼットもさすがだ。COAの捜査活動に協力するための身支度だなどと正直に告げるわけにはゆかないし、告げたところでまず信じてはもらえないだろう。

「アルドもこっちに来て、スケッチを見てみなさいよ!」

 そうだ、彼も彼女をサポートすることを約束させられたのだ。シュゼットが仕立てる衣装にも、必要に応じて意見したほうがいいかもしれない。

 レンリは、アルドが要求した説明を一通りはしてくれたのだ。

 チョコレート工場の爆破とそれに先立つラヴィアンローズへの脅迫電話は、コンクールの中止を目的とした同一犯によるものである可能性が高いと。

 なんでも、ラヴィアンローズの店長によると、過去にコンクールを開催した際にも、その直前に中止を要求する脅迫を受けたのだという。それはしかし、コンクールのプレッシャーに耐えきれなくなった、参加予定者の仕業だったのだ。

 そこで店長は、今回の脅迫電話についても、録音こそしたが通報はせず、もちろんコンクールも予定通りに開催するつもりだった。しかし、工場が爆破されるという想定外の事態となったのである。

 コンクールにエントリーしたものの出場を望まない誰かが犯人なのだとしたら、一転してコンクールを開催するという知らせを受けたなら、何らかのリアクションを示すはず。

 レンリが、アースフーズの社長秘書に問い合わせたところ、天然カカオ豆自体には予備があるとのことだったので、COAはシュゼットのアイデアを採用することとなったのである。

 ただ、単純にコンクールの中止のみを動機とする事件にしては、説明しきれない因子も複雑に絡み合っているのだと、レンリは厳しい表情で付け加えていた。

「レンリ、捜査のことはお任せしますわ。わたくしのお仕事は、非業の死を遂げたグラインダーの代役を務め上げること、ただ一つ!自分に出来ることを精一杯やるのみですわ〜〜!」

 シュゼットは、迷いの無い瞳で決然と述べると、アルドを引っ立ててガンマ地区へととって返したのだった……

 彼は、シュゼットに言われるまま、マダムのスケッチブックを覗き込んだ。

「ん?……何も着てないわけじゃないけど、風呂上がりに涼んでるみたいな格好だな」

 マダムの眉が、ぴくりと動いた。

 そこには、主に葡萄色のツインテールによってシュゼットだと判別できる人物が、すらりと長い四肢を惜しみなく曝け出していた。ただ胴体にのみ小ぶりな衣装を巻き付けた状態で。

 そして、その衣装のデザイン案は、別により詳細に描かれていた。

 小麦色の生地に白いクリームや、色とりどりのベリーがあしらわれているのだ。

「あ……これってもしかして、クレープとかいう菓子じゃないか?」

「そうよ!これが本当の『クレープ・シュゼット』というわけです!いつか一回やってみたかったのよ!」

 マダムは、一転して嬉々としてアルドに笑顔を向けた。それはなんでも、ある種のクレープの呼び名らしい。アルドも、シュゼットとは菓子の名前なのだと、いつか誰かに聞かされた覚えがあった。

「シュゼット様、大胆に露出していると見せかけながら、実は素肌と同じ色の素材でぴったりと覆いますのでご心配なく。おすすめは、サイボーグの表皮に使用されている素材ですわ!質感も耐久性も抜群です!」

 アルドは、あとはマダムがシュゼット相手に熱弁をふるうのを傍観していれば良いかと思い始めていた。

「そしてあなたは……」

 ところが、ものの数秒後、マダムの熱い視線に晒されたのである。

「シュゼット様のお連れだということは、役者さんかその卵なんでしょう?」

「え!?いやあ……オレは、付き人というか、眷属だか奴隷かもしれないというか……」

 COAの名前を出すわけにはゆかない。さりとて、アドリブにはめっぽう弱いアルドだった。

 シュゼットは、不機嫌そうにぷっくりと頬を膨らませると、そっぽを向いた。

「掛け替えのない仲間に決まっていますわ!」

 普段よりも低い声で言ったのである。

 マダムは、若い二人を微笑ましく見守ってから、アルド攻略を再開した。

「共演するのね?じゃあ、あなたはせっかく男の子なんだから、シュゼット様と全くのお揃いというわけではなくて、既に一口齧られちゃったクレープのデザインにしましょう!クレープの生地の破れ目から、胸なりお腹なり、筋肉美をチラ見せするのよ♪

 わたくしに任せてちょうだい。女性ファンたちに『もう一口食べた〜い♡』なんて、黄色い声をあげさせてみせるから!」

 時空を超越する勇者は、マダムのマシンガントークによって、為す術も無く蜂の巣にされたのだった。


「なんでだろ……オレ、今、土偶たちに会いに行きたい……」

「鏡の中に、今まさにそれっぽいのがいるからではなくて?」

 ものの数十分後、店内の壁一面を占める姿見の前に、風船を用いたバルーンアートの人形のような、丸っこいシルエットの二人組が立ち現れた。もしも古代の東方への旅を経験した者ならば、彼の地の土偶のことも連想せずにはいられないだろう。

 そして、彼らの顔面にあしらわれたガスマスクはやたらとカラフルで、どこかピエロのお面のようにも見えるのだった。

「思えば、クレープ人間のアイデアからは、ずいぶんと遠くへ着地したもんだな。何がどうしてこうなった……」

「あら、それはあなたが『クレープ・アルド』になることに恐れ慄いて、あまつさえ逃げ出そうとしたからじゃありませんの!」

 シュゼットは咄嗟に、「実は、謎のウイルスに汚染された食料のせいで、ゾンビが大量発生してしまう映画ですの。だから、防護服をモチーフとしたデザインをお願いいたしますわ〜!」とクリエイティブにでっち上げて、マダムを大幅なデザイン変更へと導いてくれたのである。

 あとは、「3Dソーイングルーム」なる小部屋の中で、呆然と立ち尽くすうちに全てが終わっていた。

「助かったよ、シュゼット。だってオレ、猫はまだしも人間の女の子の黄色い声って、どう対応したらいいのかさっぱりわからなくてさ」

 シュゼットは、三度ばかり深々と頷いた。その顔の両サイドで、袋詰めにされたツインテールたちがモフモフと跳ねる。

 マダムは、遊び心を発揮して、シュゼットに豊かな葡萄色の髪を結い直させることはせず、ツインテールもあるがままに収納する防護服を仕立てたのだった。これなら、本当に映画が作られて、防護服姿の群像劇が展開されたとしても、シュゼットの存在が際立つことは間違い無しだろう。

「そうよ、アルド……届かぬ想いを持て余した女性たちの怨嗟の炎で、とっくにこんがりと焼き上がっていそうなものなのに、わからないんだか、わかりたくないんだか、いつまでたっても涼しい顔をしてるんだから、あなたって人は……」

 シュゼットが、低く不穏な声を出す。

「いっそ、毎朝のルーティンとして、火刑に処されたってよいほどの罪深さでしてよ!」

「なんだよそれ!?そんなビシッと指差されてもわからないって……」

 朝と言えば、アルドの寝起きは悪い。妹であるフィーネの手を煩わせることもしばしばだ。

 アルドは、シュゼットの言葉がピンと来ないなりに、業を煮やしたフィーネが、居候であるぺポリやモベチャと結託して、火刑台を準備する有様を想像してしまったのである。

「悪夢だ……」

「でもまあ、今はレンリとの待ち合わせ場所に急ぎましょう!

 クレープ・シュゼットやクレープ・アルドのデザインは、マダムがしっかりと保存しといてくれるらしいから、心配いらなくてよ!」

 シュゼットは、アルドにとっての悪夢をさらりと塗り重ねると、またもや彼を引っ立てたのだった。

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