第10話 本気でこい
気付けばルークは床に転がらされ天井を見上げている。
何が起きたか理解できずその目に飛び込んできたのは大きな黒い何かである。ふいに目をつむるがそれは顔ギリギリで止められている。
転ばされた当の本人よりも離れた場所で様子を見ていたレティには何が起こったかわかった。
誠司は唐突に軽い足取りでルークに歩み密着するほどの距離まで近づいたと思えばルークの左腰に手を当てると右足でルークの足を刈ったのだ。左腰に当てられた手からの力でルークの身体が傾きバランスが崩れたところを右足で柔道の大外刈りでルークをきれいにくるり、と転ばしたのだ。
そして誠司は両手を自らの腰に手を当てたままその右足をそのままルークの顔ギリギリの位置で止めているのだ。
別にそれで飯を食っているわけでも世間から認められるわけでもないが、天性の喧嘩職人ともいえる誠司はその人並み外れた膂力だけではなく、人間の不測の事態への準備のなさをよく知っている。
喧嘩は先手必勝、よく言ったものだ。
お互いが罵り合い感情が高ぶったところでヨーイ、ドン!で始める喧嘩など可愛いものだ。
誠司のやり方ではないが、喧嘩は対人の場合、基本いかに相手の虚をつき勢いのまま叩きのめすかが大事だ。人は普通、相手が殴り掛かる、とびかかるといったものではなくただ近づくという行為には意図が読めず混乱してしまう。
誠司の結成した〈
体格も身長だけは、180はあったがヒョロ長く、力などはなかったがまさに技術で喧嘩をする男であった。
このやり方は、その者から拝借したものだ、ルークに対して自分流でないやり方であしらってみせたのは、これがなかなかこけにされたように感じるやり方でなまじ手を出されるより精神的に来るやり方というのをよく見ていたので知っているのだ。
少し小憎たらしい少年に誠司は大人げなく、軽いお灸をすえてやろうと考えたのだ。
相手は子供とはいえ、喧嘩を売ってきている、それに全く応えないというのも失礼な話なのだ。
あとは口数ばかり多い少年に対して、喧嘩や戦いという空気について見せてやろうという気持ちも多少はあったのかもしれない。
そうした相手にいきなり仕掛けるといった発想より、理解が追い付かない頭を落ち着かせる方に意識が持っていかれてしまう。
喧嘩に限らず勝負事はいかに自分のフィールドに相手を引き込むか、ルークが誠司より数年前より召喚された地上人であることなどからまだ実態のわからない導力を使ってくることなどは百も承知。
だがそれを丁寧に応じてやる必要など誠司にはない。
「これを踏み抜けばアゴが砕ける、しばらく大好きなピザも食えなくなるな?」
言い終わると片手で180cm近く体重も90キロはあるであろうルークの手を引き身体をグイ、と引き上げ立てらしてやる。
「小僧、まずは一本ってとこだな」
まだ理解が及ばないルークの頭にはいくつもクエスチョンマークが沸き上がる。
何か言うわけもなく、表情も変えずいきなり近づいてくる。
意味不明に腰を触ってきたらと思ったら気付けばいつのまに床に転がされている。
挙句の果てには顔面に靴底からパラパラと土が顔に落ちてくる、とんでもない力で身体を引っ張られる。
唖然として何も耳に入らない。心ここにあらず、だ
〈ナニ、ナニ――何、コイツ、こいつは一体何なの〉
「ルーク!!」
放心したままのルークに誠司が喝を入れる。
「は、はいっ」
大声をかけられたことでつい直立不動になるルーク。
「てめぇの負けだ、分かったか」
何もせず、この世界で培った導力を一つも使えず気付けば天井を仰いでいた。
釈然とした思いはどこまでも残る、くやしさも募る。だが自分が感じていた恐怖はそれを口にできなくする。
―――これを踏み抜けばアゴが砕ける。―――
ついさきほどの言葉に嘘はない、それを誰よりも自分が分かってしまった。
それがどうしようもなくやるせない、レティの前で頼りにならないところを見せてしまった、大口を叩いた自分のとんでもない醜態に対する羞恥。
感情の奔流はどこまでも止まらない。
それはルークの大きなサファイヤのような双眸からあふれ出る涙によく表れている。
「このまま終わり、でいいんかよ?」
突拍子もなく誠司がルークの肩をつかむ。
「ノーガキばっかタレねぇでよ。きっちり上等とばしてこい」
混乱した頭に話が入ってこない、この男は何を言っているんだ
「完全に泣かしてやるから全力でこいや、小僧」
ルークに様々な思いがこみ上げる。
思いもよらぬ自分を軽くあしらった憎い相手からの提案、そんなこと、誠司に何の得があるというのだろうか。
十分生意気な子供の鼻はへし折ったのにそんなことに意味はない。
(でも!!)
「ただし負けたら俺の言うことを一つ聞け。それが敗者のルールだ」
勝手なことをいう、それでも燃焼できなかった不甲斐ない自分への願ってもない提案。
こちらのことをまだ侮っているかもしれない。
とんでもない無理難題を押し付ける気なのかもしれない。
でも自分へ期待してくれている一人の人間からの乱暴だがこの不器用な、どこまでもストレートな男は、ルーク・ロスという人間を受け止めてくれるというのだ。
この世界に来た時に寂しくて、いつも泣いてばかりいたときにそばにいてくれた姉のようなレティ、打算もあったかもしれないが、ただの7歳の少年を彼女なりに必死に奇異の目でみられる地上人であることを気にしないでいてくれるように環境を整え教育してくれた。
成長するにつれて(偽なる世界〉出身でもあることとたまたま導力のセンスに恵まれたため、頭角をあらわせるようになりレティの役に立てるようになった。
それを彼女は口には出さないが喜んでくれているように感じたがどこか遠くに感じるようにもなった。
いつからか抜きんでた力から自分は彼らとは違うとさえ思うようになっていた。
孤独ではあるがレティの役に立てていることに満足していた。
いや満足した振りをしていた。
それでもよかった、よかったのに―――持てるすべてを出せと、出してもいいと、誠司は口には出さず語りかける。
彼が導力について仕組みすら身体でも理解してないのはわかる。
だが、それを補って余りある、自分が全力をぶつけても平気な規格外の人間であるとも、さきほどのやり取りだけで理解ってしまった――わかって
レティにもそんなこと、できやしない。
(そんな魅力に誰が抗えるんだ)
喧嘩に限らず勝負事はいかに自分のフィールドに相手を引き込むか、ルークが地上人であることなどからまだ実態のわからない導力を使ってくることなど百も承知。
だがそれを丁寧に応じてやる必要など誠司にはない。ないのだが――応じてしまう、応じてしまってしまう、およそ常人には理解できない橘誠司の度し難い
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