第9話 勃発

トン、トン




 タバコの灰をガラス製のコップに誠司はこぼし続ける。




いくつも縦に突き刺さったタバコはさながら山のように盛り上がっている。




もちろんコップは誠司のものではない、ルークの部屋から拝借したものだ。








 非喫煙者である彼の部屋に灰皿などあるわけではなく、食器棚にきれいに整理されている調度品から底が広く高さもあまり高くないコップが灰皿にうってつけのものだったので応接室に案内される前に許可も取らず拝借したわけだ。




そのとき綺麗に並べられ適度に手入れしている調度品を手に取りながら、だらしない身体の割に几帳面な部分がルークにあることに感心する。








 召喚されてから時間も経ったことでだんだん異常な状況に慣れても来たので誠司は頭をじっくり整理しながらさしあたり本腰を入れて話を聞いている。




必要な情報がものの数時間で足りるとは思わないがどんな事でもこれからのために備えなければならない。








召喚者の案内役であろうレティはもちろんだが、意外にもルークの説明もわかりやすく端的だ。




半ば見直しながら口も出さずに説明を受ける。




どうもルークは、召喚される子供たちのまとめ役らしく一人で15人ほどの召喚者を受け持っているようだ。




皆、上は18に満たないくらい下は10歳ほどの集団ではある、だが自分より年上の者を抑えてその任につくとは、ただ彼らよりこの世界での生活が長いからだけではないだろう。




ルークの説明の流暢で分かりやすさから何度かこういう経験を積んできているのが見える。








役割としてはレティがはじめのとっかかりならルークはさながら船の船頭だ。




召喚される子供たちの、右も左も分からない心境を共に共有できながら、どちらにすすむべきか指し示す。




「急に大人しく話を聞くようになったからスムーズに進んだよ。いつもの説明よりあっというまだ。やっぱりおっさんが年を取ってるだけはあるって初めて実感したよ」




発言にまだ若干の毒はあるが一時の熱はない、時間がたって落ち着いてきたのはルークも同じだろう。




「口の減らないガキだな。だが案外退屈はしなかったぜ。大したもんだ」




「はぁ、ほめるなら素直にほめなよ」




「二人とも気が合ったみたいでなによりだよ。多少心配だったんだがこれなら仲良くやっていけそうだね」




こっそりレティが自然に強引に話をまとめようとする。




柔和な表情であまりにさりげないためルークも誠司もうっかり彼女の策にはまりそうになる。




「おい、ちょっと待て。仲良くってお前、まさか俺をこのガキのアベンジャーズに入れる気か」




アメリカの有名すぎるスーパーヒーロー集団を例えに誠司は左手で煙草の火を消しながらルークを右手で指さす。




「セイジのことはしばらくルークに頼むつもりだって初めに伝えてたじゃないか、ルークは優秀だから彼に教わるのが一番ここのことを理解するのに近道だよ」




「このヤンキーは僕らに限りなく悪影響を与えそうな気はするけど、、レティの頼みならしかた――あっ!!」




溜息をつきながらここでようやくルークは誠司のコップが自分の物であることに気付いて立ち上がりコップを指さす。




「お前!それ僕の部屋から盗った奴だろ!」




「あ?それがどうした《sowhat》」




堂々とした開き直り、窃盗犯の悪びれない態度にルークは口をあんぐり開けて言葉を失う。




「いまさらかい、ルーク、、」




レティは、長時間全く気付かなかったルークに呆れる。




〈真なる世界〉地球の地下中枢の世界に突然、言葉どおり着の身着のままスーツのみで召喚された誠司が都合よくポケットに入りきらないそんなものを持っているわけがない。




応接室でタバコを吸い始めた瞬間からレティはどこからか、まぁどうせルークの部屋から持ってきたものだろう、とはわかっていたのだ。




彼女にとってどうでもいいことから、と口にもださなかったのだから彼女もいい性格をしている。




「い、いや、気付いてたら言ってよレティ!さっきのはなし!性格だけじゃなくて手癖も悪いなんて僕らに絶対に悪影響を与えるからこんなやつと一緒なんて絶対嫌だよ!」




「心配しなくてもお前の居心地のいいお山の大将を奪う気はないから安心しろ、――――それに子豚ちゃんをいじめたら、動物愛護団体から怒られちゃうからよ?」




―――一触即発――――




初対面のときの険悪な雰囲気がようやく収まったと思っていたらくだらないやり取りで二人の周囲に最初のときよりもさらにひどい修復不可能に思える空気が流れる。




レティは口を開かない。彼らの空気に飲まれている――わけではない。




あまりに馬鹿々々しい喜劇が始まったため口を開く気が起きないのだ。




「ホント、ここにきたばかりで何もわからないくせにえらく自信があるんだね。日本では、地上ではどうだったか知らないけど痛い目に合うよ?」




ルークの周りの空気が変わる。いや実際変わっているのだ。目に見えないがピリピリと静電気がおきたような現象がルークを包む。




それを見ても誠司に動じる気配はない。立ち上がろうとさえせずあろうことかタバコに指で火をつけて思いっきり煙を吸い込み口から大きく吐き出す。




「痛い目に、か。ぜひ合ってみたいもんだ」




ふうん、ルークの目の色が変わる。




さすがにいつまでも静観しているわけにもいかないのでレティが口を挟む。




「ルーク、やめておいた方がいい。言ってなかったがセイジは、召喚直後にハンスを倒している」




レティは召喚されたときの誠司とやりあったざんばらの銀髪に髭を生やした男とのやりとりを例えに出す。




貴重な助言に違いなかったが、血が上りきっているルークには届かない、むしろ焚きつけてしまったようだ。




「へえ、それが自信の根拠ってわけ?あんなヒゲをやったからって自慢にならないよ」




仮にもレティの住む国一番の騎士と呼ばれる男の名前を出されてもルークに怯む様子はない。




強がりでもなく取るに足らない小物と思っているようだ。




そんなやりとりをよそに誠司はゆったりといつの間にか立ち上がりルークへと歩み寄っていく。




どこまでもその足取りは軽い。まるで近所のコンビニでも向かうようなごく自然のものだった。




近づいてくる誠治にルークは多少面食らうが顔に出さないようにして警戒する。




「何だよ、僕に近づくな」




それに答えず誠司は表情も変えずにルークの半径1メートルまで近づく。




ルークの内面をあらわすように周りの空気はパチパチと音さえ出始める。




そしてちょうど二人が向きあい距離がないほど近づくと誠司はルークの左腰にそっと左手をあてる。




「ほんと!なんだよ、お前離せよ」




事態が呑み込めないルークの発言は尻すぼみだ。




いきなり添えられた手をまずは振り払おうとしたときルークの視界が一周する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る