第8話 家失き子?
「そうか――」
自身の記憶の中に散りばめられたパズルのピースを組み立て完成図が見えてくると誠司は目の前のルーク・ロスという少年に興味を持つようになる。
「おい、おっさん聞いてるのか!さっきから僕を無視するなよ!!」
何かしら先ほどから口走ってはいるが一向に自分の声が届かずどこかうわの空の誠司にルークはフラストレーションを溜めていく。
無視されるということに耐えれない質のようだ。
すると少年のそうした様子には全く応じる素振りを見せなかった誠司がここで唐突に口を開く。
「おい、小僧」
「な、急になんだよ」
言葉はどこまでも乱暴で素っ気ないが急に呼ばれた少年もついつい呆気にとられてしまい二の句がつなげない。
「お前、ブルックリン出身だな?」
誠治は少年のイントネーションにどこか懐かしさを感じていて、それをアメリカ、ニューヨーク市のブルックリン地区特有の言葉遣いであると確信していたのだった。幼少期、ブルックリンで育ったため独特のrが抜け落ちるような言葉のイントネーションに心当たりがあったのだ。
正確にはブルックリン訛りといったようなものはなく米国人が聞いても少し話し方が違うな、と感じるくらいなのだが誠司はそこでの生活しかしらないためそう感じるのだ。
そしてその事実から誠治は、偶然の産物ではあるがルークの正体さえも当たりがついてしまう。
「はぁ?黙ってると思ってたらいきなり、それがなんだってんだよ」
ここでのその返答は肯定の意味を持つがルークとしても隠していることでもないし、突然そんなことを切り出してきたことにひたすら困惑する。
「……、ルーク、ルーク・ロス」
さきほどまでのおデブちゃんや小僧といったものではなく、名前で急に呼ばれ余計ルークは混乱し、何と反応していいかもわからないため誠司をただ見つめるしかできない。
二人のやりとりを好奇に満ちた目で見守っていたレティさえも誠司の豹変に目を向ける。
当の本人は一瞬レティの方に横目で視線を送るがそんな周囲に目も向けず、ただ独り言のように言葉を続ける。
「10年前、ニューヨークの紙面を賑わせた事件があった。当時のマスコミは6歳になったばかりの行方不明になった少年について面白おかしく書き並べていた」
10年前――誠治がまだ16になるかならないかのときに日本でさえも話題になり取り上げられていた事件、
身代金か、彼の一族への敵対者の仕業かそして目的は何なのか。
数多くの憶測により仮説が並べられるがついぞ何もかも分からないままの神隠し事件であったのだ。
ただの他国の7歳の子供の行方不明事件、何故日本においても大々的に報じられていたのか。その答えは少年の出自にこそあったのだ。
「世界を股にかけニューヨークにおいても精力的に活動していた不動産を生業とするロス一族、不動産王の孫、突如行方知れずになったルーク・ロス。その真実は、このくそったれな世界への召喚だったわけかよ?」
その発言は、その場にいる二人に何か影響を及ぼすものではない。
だが誠司にとってはより自分の置かれた状況いや世界が見えてくる事実ではある。
また激昂するというわけではない、ないがルークを見て要らぬ想像を働くのを止めることはできない。
彼の部屋の地上の物品で囲われた状況こそ無意識での彼も気づかない故郷への哀愁ではないのか。
だがその誠司の独りよがりな思いとは裏腹に少年の声は、あっさりした口調である。
「それが分かったから何?って気がするけど、それがさっきからぼんやりしてた理由なわけ?」
「そんなことよりあんたはまずレティが言っていたように僕が面倒見なきゃいけないんだから、大人しく言うことを聞けよ?」
誠司の内心を読み取ったかのようにレティが言葉を付け加える。
「ルークは、私が初めて召喚した子でね。そのときも君と同じで一人だけの召喚だったんだがルークの意思で協力して貰っている。ルーク自身がこの世界に残ることを決めてそれ以降の召喚される子供たちの面倒や私の手伝いをしてくれているんだ」
「……」
急にニコチンが欲しくなりスーツの上着にある赤マルに指から火をつけ一服する。
ここは禁煙かもしれないが知ったことか――
(やれやれ、ガキは案外たくましい。)
だが彼は知っているのだろうか、今でも誠治たちのいた〈偽なる世界〉地上でも時たまその事件を掘り起こし、TVのVTRで放送される内容を誠司は思い浮かべていた。
家政婦に任せきりで家を空けてばかりだった両親が一人息子を失ったと思い、自らを省みるようになり仲を深めてその三年後に娘が生まれ仲睦まじく暮らすようになる。
そして今でもルークがひょっこり戻ってきてくれるのを写真でしか兄を知らない妹と共に望んでいる。
だがそれを誠司が伝える資格はないし伝えるべきではないのだ。
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