第7話 お遊戯会かよ
「君に会わせたい人がいるんだ、セイジ」
先ほどの会合の場所は、念のため意識を失っていた2人の男を医者にみせるため運び、場が落ち着くと各々がそそくさとそれぞれどこかに報告するため、また無意識の誠司に対する恐怖から逃げ出したいため、足早にその場を後にして予期せぬ解散となっていた。
唯一大きな片眼鏡の少女は物言いたげにレティを見ていたが彼女に何か耳打ちされると不服そうに了承しながら場を去っていた。
そして場から取り残されたレティと誠司だけがその場に残ると彼女は後を付いてくるように促すために口を開く。
「会わせたいか、生憎そう言われて会った奴と気があった試しがない。王様にでも会わせるのか」
相手のペースに巻き込まれている気がしないでもなく、おもしろくないので誠司はRPGの定番を例えに嫌味たらしく言う。
「まさか――誠治の世界では気軽に王様に会えるのかい、偽なる世界でのそんな話は聞いたことがないけど」
嫌味を言われた方はそんな意図が込められているなど、RPGゲームの存在自体知らないからか、きょとんとした様子であけらっかんと答える。
まるで応えてもいないようなので、さらにおもしろくもない。元々いくら地上の文化に精通していたとしてゲームのことは知っていてもさすがに遊んだりはしたことはないかもしれない
相手に程度の低い嫌味であった。
「言ってみただけだ、会いたくもない」
「フフ、それはともかく君の先達にあたる子さ。もう長い付き合いになる子でね。素直な可愛い子だよ。これは勘だけど君とは気が合うと思うよ。」
おそらく誠司がこの世界に召喚されてから初めてレティは微笑む。
その微笑みは、彼女のエキゾチックな肌と浮世離れした美貌からこぼれていているが常に演技かかった彼女には珍しく母性を感じさせるものだ。そしてそこにはやや微量のユーモアのエッセンスが込められているのだが誠司は気付かない。
「可愛いね、――」
まさか召喚してそうそう女をあてがうわけでないだろう。話半分に聞いておく。
「それにしてもセイジは強いね、導力ナーガも使わず彼らを倒してしまうんだから」
レティは呆れたような、感心したような何とも言えない表情でつい先刻あった出来事を振り返る。
「あ?あのチビは不意を突いただけだし、あのヒゲは、本気でこねえからよ、だが相手が悪かったナ」
そうでなければ壁にのめりこましたりはしない。
それが分かっていたから遠慮せずその人間離れした自分の膂力を使ったのだ。
「相手が悪い――か、彼は一応この国最強の騎士と呼ばれているんだけどね」
今度は実際に呆れてレティは嘆息する。
「知るか」
実際日本でも誠司は、幼いころから身体が大きく力が人並み外れていた。
自分並みに強い人間など知らない、喧嘩で武道経験者やプロの格闘家が多く彼に沈まれてきたのだ。
幼い頃健康診断で、異常なほどの何とかという成分が分泌されているからぜひ調べさしてほしい、と両親が付き合いのある医者から頼まれていたこともあったりする。生まれつきの異常者なのだろう。
そんな異常者でありながら誠司は下手に武道もかじってたりもする。
それだけならまだしも喧嘩好きであるから質が悪い。
そんな性分のため暴走族、
ただの不良といっても付き合いの多いことから、様々なしがらみも多いため負けられない彼らは喧嘩に真っ当な素手喧嘩ステゴロなんかはしない。凶器あり数あり面子をかけた生き残りをかけた小さな戦争なのだ。
喧嘩に刃物はもちろん、電気が流れるムチなんか持ち出す奴もいた。
失礼にならないようそうした全力で向かってくる輩はすべて丁重に病院送りにしてきた。
流動食生活にならざるを得ない奴もいた、今だその後遺症が残る者も多くいる。
相手もそれを承知でそんな世界にいたんだ、覚悟の上だろうから全く悪いと思わない。
勝手に高尚な覚悟を持たされている相手は気の毒でならない。
被害者たちは誠司に多額の治療費と恨み言を募らつのらせるばかりであった。
元来の性質が異常な環境で育ってしまったから、大人になっても一時の感情に任せてしまう。
だから帰ることよりも何もわからない異世界でわけのわからない条件をつけて残ってしまうことになる。
特に子供が絡むと誠司は自分が分からなくなる。我慢できないのだ。
(こいつが可愛い子か、確かに、な、)
目の前の人物に誠司は内心呆れながら納得する。
この〈真なる世界〉、地球の地下世界の話の補足をざっくり説明を交えながら聞きながらレティについていき建物を出ると周りに他の建造物はなく自然が広がっている。
さながら地上の風車のあるオランダに似た、文明を感じさせない自然に覆われている。
当初いた建物の外をしばらく進むとかなり大きくはあるが豪奢ではない屋敷へと案内される。
そこの屋敷に入って案内された部屋ではここには似つかわしくない光景が広がっていた。
ドアこそ木造の作りがしっかりした何の変哲もないものであったが、中はさながらここ〈真なる世界〉でいう〈偽なる世界〉の端的にいうと地上の部屋のようである。
さすがにゲーム機などは見当たらないが、それでも先進国の10代の少年が居住しているような部屋だ。
本棚には乱雑ではないが多様な漫画が並べられていて、どういう原理で電気を通しているかはしらないがコンセントのタコ足配線からはpcやミュージックコンポ、名前も分からない、いくつもの電化製品などにつながれている。
壁にはアメリカンコミックのヒーローのようなポスターまで張ってある。
(さすがにネットは通ってねーよナ……)
その光景は誠治に実はここは異世界などではなく、自分が何かしらの検討もつかない超技術などで攫われて担がれただけなのではないか、と一瞬疑わせるほどだ。
もしかしたらこの世界に呼び出されてから一番、いや誠司の人生においても上位ベスト3に入る混乱させられるほどの心底驚いた出来事である。
ともかくこの部屋の主は10代で暴走族を立ち上げ、喧嘩やもめ事に彩られ、地元の顔役〈ヤクザ〉たちとも関わり、青年期にはアルバイト感覚でツテを使い違法カジノの店番なんかもやっていた
だからといってお互いがその偉業に1ミリも感嘆を覚えるわけではないが――
その偉業に成功した張本人はその事実にもちろん感動するわけもなく、だいいち傍目にも誠司が驚いているようには見えない、せいぜい目をいつもより見開いているくらいだ――
彼に対してジロリと敵意というには邪気がなさすぎる、かといって好意というには親愛がゼロの不審な大きい青い目を向ける。
その人物は、年の頃は16,17くらいの10代の後半にさしかかったくらいだろうか、水を弾くような瑞々しい肌をし、髪は毛先が本人の反抗期のように自由に暴れているが、色はどこまでも艶やかな金色、お肉がほっぺに多少付いている顔に穢れを知らない大きく丸い青い目が二つついている少年だ。
背丈は180ほどあるが、不摂生のためか身体はだらしなく小太りといった具合だ。恰好は上は小綺麗な外套で覆われ下は動きやすいデニムのようなものにいくつもベルトが巻かれて小さな袋がつけられている。
もし痩せれば世の中の特に、年上の婦人方の注目を集めそうなだけに惜しい。
まあ、見ようによっては今のままでもバービー人形のようで特定の層には大いに受けそうだ。
その容姿は背丈や目の色は違うが、誠司のもう遠い場所に行ってしまった知り合いを彷彿とさせる。
(あれから1,2年、経ってたらこんな感じだったのかもな…)
「誰、こいつ?」
声も見た目にそぐわず声変わり前の中性的な10代特有の高さを持っているが、発言はとげとげしい。
レティが口を開くよりも前に自分よりもタッパのある初めて見る不審な男を少年は上目遣いで見ている。
誠司にとって子供は嫌いな対象ではない。つい数刻前に子供が絡むからこそ感情が爆発したくらいなのだ、本人は認めないが子供好きといっても間違いはないだろう。
だからといってそれを全身であらわし子供を愛でるタイプでも決してない。基本、あまり話が通じる生き物とは思ってない部分もあるからだ。
相手をするだけ疲れそうだから口を開くのもめんどうだ、と彼の目が語っている。
苦笑しながらレティは誠司に手を向け少年に向き合う。
「ルーク、彼は、橘誠司。今回の勇者だよ」
「ハ、勇者、今まで何十万人もこの世界に来ていてその呼び方、いまさらありがたみなくない?」
「まぁそう呼ばれることに喜ぶ子たちが多いからね。ルークだって10年前は凄く喜んでたじゃないか、
僕がみんなを守るんだとか言ってさ」
その発言には彼女なりの好意に満ちた悪戯心が込められている。
彼女とルークの関係は傍から見ても微笑ましい姉弟のようである。
誠司がこの世界に呼ばれてどうも作り物のように感じていたレティという人間の素顔を垣間見た気がした。
「い、いや!それはレティが喜ぶと思ったから付き合ってやったんだよ。つーかいくつのときだ――ハッ!?」
顔を真っ赤にしながら必死に当時の自分への弁解をする少年だが言い終わらないうちに何かに気付く。
「つーか、こいつ何歳?あり得ないんじゃん、こんなおっさん、タチバナセイジ?韓国人?中国人?日本人?ってか他の子供たちは?」
おっさんという呼び方にはあからさまな侮蔑が込められている。近寄りがたい雰囲気はあるものの見た目は十分20代中頃に見える誠司をそう呼ぶ人間はいない。
わざとこちらをけしかけてやろうという意図さえ見える。
けしかられている本人はというと、めんどくさそうに壁に寄りかかっているだけだ。
「今回は、彼だけだったよ。そして召喚はこれがもう最後さ、彼と約束したからね」
えーーーー!と少年は大きく絶叫する。彼がまだまだ子供であるとわかる年齢相応の反応を示す。
「そんなに驚くことかい、ルーク。いずれ状況から考えると近いうちにその予定だと伝えていただろう」
レティの言葉に誠司はピクリと眉を上げる。
元々レティが誠司の態度に感じ入るところがあり召喚をしない、と決めたなどと誠治はさらさら思っていない。
彼女はどこかタイミングを計っておりきっかけを欲していただけなのだ、それが今回の誠治であったというだけであるのだろう。
「そ、そうだけどさ。大人の召喚者なんてあいつ以来だし、、他に子供がいないとか、、」
「……」
混乱しながらぼやく少年、それにさきほどまでの表情が嘘のよう消えた能面のレティが黙したままいる。
作り物のような彼女でもなく姉のようにルークに接する彼女でもなくそこからは何の感情も読み取れない。いや読み取らせない。そこには限りなく〈無〉いや〈無〉にしようとする正確に整えられた彫刻のような表情の彼女がいるだけだ。
「ご、ごめん。でもレティが決めたなら僕はそれに従うよ」
「いや、でもありがとう、ルーク。面倒をいろいろかけるだろうがよろしく頼むよ」
さきほどまでの彼女は嘘のように消えている。
そして彼女はいきなり無理難題を単刀直入に笑みを浮かべて切り出す。
「早速だけど、さしあたってルークにはセイジに色々とこの国のこととか君の仕事について先輩として教えてあげてほしいんだ」
げっ!!、口には出さないがお互いが苦虫をつぶしたような顔になる。
少年も誠司もここにきてお互いの心境が完全にシンクロした瞬間だった。
「僕はいいんだけどさぁ、こいつほら絶対素直じゃないじゃん、さっきから怖い顔しているし僕の言うことなんか聞かないよ」
怖い顔は関係ないだろ、とは思っても誠司はわざわざ口には出さない。疲れるからだ。
だからといって自分の今後に関する事柄だ、無駄に疲労すると分かっていてもずっと黙っているわけにはいかない。
「前半はともかく、後半は正解だ。まさかこの世界に俺より何年前からいるってだけで、このおデブちゃんに付き合えってのか。」
「10年前からいんだよ!つーか僕をおデブちゃんって呼ぶな」
歯ぎしりする音が聞こえてくるかのような表情で誠司に噛みつく
「悪いな、だが名前を知らないからほかに呼びようがない。別にわざわざ言う必要はないぞ。興味がないから。聞いても忘れる」
誠司に煽る気があるわけではないが素っ気ない物言いに少年はカチンときたようだ。
「はあ?ルーク・ロスだよ、おっさん。年で記憶力がないなら素直にそう言えよ」
「お前は若いだけあって皺ひとつない脳みそをしてそうだな。脳みそがツルツル過ぎてさっきレティが言っていたことを忘れたのか。俺はおっさんじゃなくて橘誠司だ。あぁ、ちなみに日本人だよ」
我ながら大人げない返しだ、と誠司は思う。
だが火に油を注ぐように効果はテキメンであったようだ。少年は口から泡をふくように怒涛の勢いで
全く耳を貸さない一方で誠司はどこか少年に引っ掛かりを覚えていた。
彼の名前に聞き覚えのあるイントネーションの英語、どこかで――
これは決して自分の遠い知り合いに似ていることとは全く関係ない別の何かが引っかかる。
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