第5話 死ぬぞ?

黒髪の男を吹き飛ばした動きは、傍目には一瞬誠司がただしゃがんだだけのようにも見えたが、大きく飛ばされた青年を見て、赤毛の後方の青年はそれに驚嘆し身構えるのを忘れる。






銀のざんばら髪の無精ひげの男はその光景を見るや否、凄まじい反応で誠司への頭部へ上段蹴りを放つ。


そのキレ、重さ、速度、タイミング、常人であれば、あるいは格闘技に精通した人間であったとしても意識を刈り取られていたのかもしれない。


ただそこは、相手が悪すぎたのかもしれない。頭部への不可避と思われた一撃すらも誠司は右手の甲で防いでいた。銀髪の男は、頭部への攻撃が防がれた瞬間には、蹴りの勢いそのままに後方へ誠司からの追撃を避けるため距離を取る。




一瞬で殺伐とした一触即発の場と化した場所、誠司と銀髪の男以外はまだ年端もいかない少女や荒事には向きそうにないち思われるレティ、屈強な戦士と思われる男たちですらも動けない。




するとそんな場には不釣り合いな、くぐもった気味の悪い笑い声が聞こえる。


「クックック、てめえよ。ちっとはやるよーだナ」


周りの人間のなどには目もくれず、口の片端を釣り上げて笑みの主である誠司は、銀髪の男を睨みつける。


本人には笑っているつもりはないのだが、久しぶり、それこそ3年ぶりともいえる喧嘩に誠司は自分が置かれている環境や立場、諸々を完全に忘れて浮足立ってしまっている。




どうも彼において喧嘩とは人生に必要な活力剤、生き物にとっての食事や睡眠といった不可欠なものであることを思い出したのだ。


そしてそれには相手が必要であり、それも強ければ強いほど彼を喜ばせる、彼にとっては心強い味方よりも強力な敵こそが望ましいのだ。


ほとんどの喧嘩で一対一で誠司へ打撃を当て、なおかつ反撃をもらわずに立っていられる相手など滅多にいない。


そうした強い相手を倒し、這いつくばせるからこそ意味がある。決して強い相手に正々堂々と戦いえれば負けても気持ちがいいです、などといった趣味は誠司にはない。






「どうも、我々はとんでもないものを地上から呼んだみたいだな」


尋常ではない獰猛な獣のような気配を銀髪の男は誠司から感じる。まるで檻の中に虎と閉じ込められたようだ。


ただ銀髪の男も言葉ほどには恐怖を感じさせるというよりもどこか愉し気でありさえする。彼も誠司とよく似た人種なのかもしれない。




今、この瞬間、銀髪の男も周りを見る余裕はない、だが幸い銀髪の男と誠司、二人に巻き込まれんと自然に周囲から人は離れていた。


お互いがお互いだけの視界になったとき、先に動いたのは誠司であった。


電光石火、先ほどと同じように膝の力を抜いた脱力からの一歩で銀髪の男との距離を一気に詰める。


しかし先ほどとは違い、銀髪の男はこれ以上ないタイミングで態勢が沈んだ誠司に膝蹴りを合わせる、それに対して誠司は膝蹴りを右手でいなすとその勢いのまま左の突きを銀髪の男の


みぞおちに容赦なく打ち込む。


銀髪の男の身体にかつてない衝撃が襲い、身体をくの字に折りたててのたうちまわりたくなるほどのものであった。




しかし銀髪の男は戦闘本能に身を任せ、そのまま誠司の左の突き手を右手で絡めこもうとする。それを察して後方に飛ぼうとした誠司の右のこめかみに左のショートフックを当てる。




後方に飛びながら受けたショートフックは誠司に大きなダメージを与えこそしなかったが、彼の何かに火を付けるには十分すぎるくらいだった。


右のこめかみから流血した血を手で拭うとその手をそのまま握りしめる。


「上等だよ?コノヤロウ」


対人で怪我をしたことなど誠司の生涯においてたった数回しかない。どうも銀髪の男は誠司の”敵”として出来が良すぎたようである。


誠司の芯を知らずに傷付けた銀髪の男はさらに不穏な空気を感じて拳闘ボクシングの構えで身構える。


だがその構えすらも誠司の癇に障ったようである。




誠司は、視線を銀髪の男の腰にかけてある大剣に向ける。


「てめぇ!さっきから俺をなめてんか、コラ」


本来であれば、銀髪の男にとって地上の格闘技などは付け焼刃であり、その本領はその剣術にこそあるはずであった。


だが誠司が武器を持っていないことに考慮してか彼は、素手であろうことか、この橘誠司に挑んできているのだ。


それがこの自分を侮っていることほかならない、と彼は言っているのだ。






銀髪の男に誠司の意図は十分伝わり、観念したのか腰の大剣の留め具を外し今、まさに抜刀の構えを取り、誠司へ向き直る。


その構えは、居合を彷彿とさせる腰を落とし脱力しきった力の抜けたものであった。


しかしそれでいて一撃必殺を感じさせるものである。


「そうだ、それでいいんだ」


満足したように誠司はうなずくと同じく脱力しきり両手を降ろし、完全にノーガードといった様子で力みを全く感じさせない。


「きっちり上等とばしてこい、でないと」


構えとは裏腹に誠司の両目には危険な光が充満しており、すぐにでもそれは破裂しそうであった。


「死ぬぞ?」




この空間は完全に二人の支配下にあった。


どちらがどうなろうとも決着がつくのは、周りからみていても、戦士でもない少女やレティにも数瞬後であるのだけは間違いないと感じられた。


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