第4話 イラつくぜ
初めてレティは、形のいい眉を少しだけ上げて誠司の目を見る。
「君ほど体格もよくてという人は珍しいが、いないことはないよ。あと言葉も、君たちでいう英語か。それは偽なる世界の人でも使用している人は、かなり多いしね」
「ちげえだろ?お嬢さん《フロイライン》」
一瞬嫌悪の色がレティに浮かぶが、その目は誠司を見つめたままだ。
あえて誠司は英語以外のドイツ語を投げかけることでレティの反応を伺う。
半分は、挑発のためだ。今の時代、ドイツであってもフロイラインと呼ぶことはほとんどしない。
未婚の若い女性に対するものとしてもそんな風に呼びかけるのは失礼であり、少し幼子向けの言葉であり成人女性への言葉としては適切でないからだ。
もちろん誠司はそんなことは百も承知で彼女の出方を見るためにもわざと侮蔑の意味を込めたのだ。
彼は、まったくドイツ語には精通していなかったがそれぐらいのことは知っているしレティに対して探りを入れてみたのだ。
そしてレティの反応から英語以外も彼女はどれほどか分からないが通じることを理解する。
それは誠司にとって、自身の仮説が一つ正しいことの裏付けにもなるのだ。
彼女は、おそらく今回のような地上人を召喚し案内するもしくは指導するような役割を持っているのだろう。そんな彼女が地上の文化を何一つ知らないということはあり得ない。
いざ地上人を召喚しながら言葉が通じない、英語以外の文化圏の者が来ても意思疎通ができません、では話にならないのだ。
「この世界に呼ばれる奴は皆、普通は子供ばかりだろ?」
彼の悪態つきの投げ捨てるような発言に、小柄な体に不釣り合いな片眼鏡をした14,5くらいのをした少女がハッと目を大きく見開く。
ランダムでこの世界にどういった者かは分からないが、地上の人を老若男女問わず召喚する、なんてことは考えられない。その者でないとできない、というわけではないにしろ何かしら大事な役割があるから召喚しているのだろう。
そうなると高齢のものにはそもそも厳しいだろうし、かといって成人した人間では地上に戻れないわけではないだろうから、考えをはりめぐらせ場合によっては召喚側に害を為す場合もある。
リスクが少なくなおかつこちらの教えを柔軟に素直に受け入れやすいのはやはり子供となるのだ。
少女ほどあからさまではないが、一同がそれぞれ大なり小なりの反応を示す。
周囲の何人かは、一気に警戒の色をつよめ剣呑けんのんな雰囲気に場が包まれる。
だがそれを制するように降参、とばかりに両手を上げレティは口を開く。
「まったくもってその通り。君が言うように本来は10にも満たないくらいの子供で
なおかつ特定の条件を満たしている者たちを対象にのみ召喚している。私が知っている限りでも20代
いや14,5を超えていてもこちらに来るものは現在この世界にいる者では一人しか知らない。とはいっても彼は君よりかなり年が離れているがね」
その''彼''がどういった者かはわからないが、その発言に場の人間は緊張というべきか、一瞬空気が変わる――だが誠治は気にもとめず自分の疑問をぶつける。
「その条件とはなんだ」
「私たちの世界でもね、君たちの扱いはデリケートな問題でね。なまじ祖先に地上人がいたりすることもあるし国の権力者には地上人も多いからね」
勝手なことを、誠司の身体から得も知れぬ怒気がにじみ出る。
「だからといって地上人でないとできないこともあるから私たちとしても呼ばないというわけにはいかない、人権問題として扱われてもいるから最低限の制約として直接の血のつながりが少ない子、を選んでいるというわけさ」
なるほどな、年齢はともかく誠司もそれにはあてはまる。
幼くして母はなくなり祖父母もいない。
仲も別に悪くない父親はいるが、仕事柄頻繁に外国にいるため、一緒に暮らしてはいない。
直接の血のつながりということは、おそらく父母や兄弟のことだろう。
どうやって行っているか、などは聞いても無駄だろう。
そもそもこの世界に呼ばれた方法でさえまったく見当もつかないのだ、下手な理屈を聞いても混乱するだけだ。
「何故、俺だけが違う?」
「それについてはたまたまとしか言えない、一ついえるのは君が規格外であるということ。もともとこの儀式は一人だけではなく十数人を対象に行っているからね、その人数を呼ぶ力が君一人だけしか呼び込めなかったのだから」
誠司はまっとうな感覚の持ち主であるため、規格外と言われて喜ぶような趣向はない。
そして彼女だけではなく、この〈真なる世界〉の人間たちに誠司はイラ立ちを隠せない。
「そんなことはどうでもいい、何もわからない家族が少ないってだけのガキをてめらの理屈で勝手に呼び出すってのか……」
誠司は若い頃から女は泣かせるし、法律も平気でやぶったりするような決して聖人君子ではない。
だが子供が絡む話では彼は眉をひそめることがある、それは自身の身近にいた辛い環境で生活してきた子供たち――、いやもしくは自分の幼少期を重ねているかは定かではないが我慢ができないのだ。
レティの前へ誠司は踏み出していく。レティは席を立ちはしないが目の前に迫りつつある危険から目を離さない。
「ぶ、無礼者、何を考えているのです、レティ様に近寄らないで!」
物騒な気配を感じ取りその場の最年少の小柄な少女は立ち上がりに杖を向けて声を張り上げる。
「私たちだってできることならしたくない、ですがそうしなければ、私たちではやりたくてもできないから――」
――世界のために――そう彼女の目は言っている
しかし彼には納得できる道理ではなかった。それはあくまでも一方的な理屈である。
国のため、神のため、いずれもが何かし1個人では比べてはいけないような、誠司のいた世界でも何度も繰り返されてきたお題目である。
人間は自身では測れないスケールでの物事を天秤にかけられたら思考停止に陥る。そして正常なときであれば決して行わない異常を受け入れるのだ。それが人間の業であるかのような戦争であり、特定を対象としない無差別なテロなのだろう。
喧嘩道化マッドピエロ、初代総長はそんなお題目でごまかされ妥協し受け入れる男ではない。
正しい、正しくないでもない、誠司にとってはひたすら気に入らないのだ。
「イラつくぜ、」
その言葉は誰に向けたものなのか。
誠司は特にレティに対して何かしようと思っているわけもない。
だがそれとは別に彼は歩みを止めない。
少女の言葉に反応しないことに少女は狼狽し慌てるが杖は向けても何をすればいいのか。いやしてもいいのか困っている。
少女とは別にその場にいたものの動きは速い。
言葉も出さずに中央正面に座するレティの正面にはざんばら髪の無精ひげの男が剣を構え、誠司の正面と背後には鍛えられた小柄な黒髪の体躯の男と痩身で長身の赤毛の男が挟むように位置する。
「セイジ、ひとまずここは収めてくれないか」
フードの中は鎧であったのか、小柄だが日々の鍛錬で鍛えられた体躯の男が剣を携えその矛先を誠司に向ける。
その剣には紋様とも呼ぶべきものが描かれていてうっすら熱を発しているようにも見える。
意にも介さず誠司は歩みを止めない。
ゆっくり剣の矛先へ向かっていく。剣を抜きはしないが警戒しながら赤毛の青年も後ろから様子を伺う。
面を食らったように目を見開き黒髪の体躯の青年は誠治を見る。
「てめぇよ……、なんだ、そりゃあ?」
剣の矛先に顔を近付け、切っ先ギリギリに顔を向け誠司は青年に向き直る。
「止まらぬならば抑えさせてもらうぞ」
誠司がさらに顔を近づかせようとするので剣を引き、青年は剣を上段に構えた瞬間、青年は最後、誠司の覚えている声だけを後日思い出すことになる。
「それがどうした《ソウウァット》」
目の前から、青年の認識から誠司が消えたように見える。
実際は誠司が膝の力を抜き重力に身をまかせ、その勢いを利用して左足を踏み出す、同時に左手をただ棒のように伸ばして青年に対して空手でいう―刻み突き―を青年のアゴに当てる。
青年は身体を大きく後方にとばされ壁に追突してがっくりうなだれている。口からは、弛緩した口からよだれを垂らしている。
その一連の所作はどこまでも軽い。
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