第2話 どうなってるよ

「偽なる大地より、真なる世界へ。帰還No236069」




目が光から慣れ始めて人や物の輪郭がおぼろげながら形を現しながら誠司の耳に取り立てて感情もない無機質な声が聞こえる。




まるでニュース番組のメジャーリーグの試合結果を伝える放送の発音だな。




事務的な発音だがどこか芝居かかった口調だ。




おおよそ半径10m程の円陣を組まれ白いフードで皆、顔が見えず白いシルエットと呼ぶにふさわしい8つの影に囲まれていた。




まるで教会のような白を基調としたシンプルではあるものの宝飾品で飾れた豪奢な建物。




十字架はなく、茨の王冠をした男もいないようだ。




白いフードに背丈もそれぞれ違い、顔は見えないが覆われた白衣は身体の線を描く。その身体の曲線から察するに性別もバラバラのようだ。








(こりゃお手上げだな、)








分かるのは目の前の奴らが英語を使っているということだけ、ただ誠司の知る英語とはどこの地域にも直接当てはまりはしない、強いていうならアメリカやカナダ英語に似ているというくらいだ。




場所もわからず日本ですらない、それどころかそもそも全く違う可能性もある、先ほどの光に包まれただけで見たこともない場所に飛ばされてしまったのだ。理屈や物差しで図れる誠司の常識の容量は決壊してしまっている、そんな中で自分のさじかげんで判断は危険だろう。








あと一つ,こうなった原因は分からないがおそらくろくでもないことだろう――それはいい。








この状況はあえてあてはめるとしたらばマウスを使った実験のようなものではないか。




 聞こえたNoとそして無感情なアナウンス、想像を駆り立てるには充分すぎるくらいだ。








そして誠司のその予想は本人の意向はともかくとして的を射ているのであった。








そんな彼の思いとは裏腹にちょうど誠治の正面にあたるフードの人物から言葉が発せられる。




よく見たら同じ白装束というわけではないようだ、少しフードの上部が派手になりすぎないくらいの、だがそれでいて他と区別するような色彩の線が二重、三重引かれている。




そして想像よりも透明感のある声であった。








「今回の勇者殿はと多少威圧的なところはあるが、風格もあるし立派な体格もしている。なにより我らが言葉を理解してくれているようだ。なかなかの成果じゃないか。どう思う?一等導術師」








声はその者より2頭身低いフードへと投げられていた。




誠司からすると4頭身は低いだろう。




一言も発してはいないが、どうも自分の反応から言葉が通じるのはバレバレのようだ。




こちらに原因があるというより彼らもしくは彼女らは、この状況に慣れているようであった。




特に隠しているわけではないが、何も分からないこの状況で自分だけ品定めされている感覚、虫酸が走る。




その想いが乗ったような熱を帯びた視線を背の低い白いフードに向ける。




ただのガンつけ、関西地方ならばメンチ切りと呼ばれる――である。








しかし橘誠司のそれを、路上のチンピラが行うガンつけと一緒とあなどるなかれ。




誠治は190に迫る上背に均整のとれたしなやかを感じさせる肩が広い体躯、眉目秀麗ではあるが整っているというよりは彫りが深く精悍さを感じさせる顔立ちをしている。




 それに加え、何か経験というか有無を言わせない迫力というかよくわからないものからくる凄みある眼光は、すさまじい。








その威力は彼が端はたからみたら触るな、危険状態(本人曰く傷つきやすいガラスの少年時代)の10代の頃、不良少年少女たちの盛り場に誠治が不機嫌開店中で、道を歩くと人垣が真っ二つに割れて前から人がいなくなるほどであった。




この現象を町の名前にちなんで仲間内からジンテンチョウの十戒と呼ばれていたくらいである。








意見を求められたフードは、返答しようとしてその視線に気付き小動物のように肩を一瞬震わせる。そしてわざとらしいせきをしてから慇懃に答える




「概ねおおむね同意でございます」




恐怖を悟られないように短く言い切る。




ただすぐに本音が口からこぼれでる。




「ですが畏れながら、私共の言葉は理解できても真意を汲み取り協力してくれるかについては疑念を禁じ得ません」




言葉をいくら飾り立てても要は、全く信用できないぞ。ということである。




その返答は場合によっては、あるいはよらずとも多少慇懃無礼いんぎんぶれいに思える。




質問の主というよりそれだけ誠司に対して警戒心をあらわにしているだけだろうが……




その質問の主は特に気にした様子もなく軽く肩をすくめる。




「そこは彼というよりは我々の問題だろうな、まずは彼から信頼を得ることからだね」




「信頼と言うなら、まずは顔を見せたらどうだ」




色々と気に入らない部分、混乱している部分は多いがいつまでも顔すら見せない全身怪しげな装束で身を包んだ奴らが、当人を無視しての会話に辟易としてきていてつい言葉が口を出る。




(白装飾の集団かよ?てめーら)


いささか誠司の年齢には沿わない印象を抱きながら、異様な恰好で並ばれている光景に彼は内心で毒突く。








さきほどの小柄なフードが豪奢なフードに頭を向けると豪奢なフードは頷きフードを脱ぎ、周りも皆それに続く。








8個の老若男女入り乱れた顔が並ぶ。




先ほどの小柄なフードは肩まで届く黒髪に顔に不釣り合いな大きさの片眼がねをしていて大きな瞳が奥から覗いている。まだかなり幼く見え、14に届いていないように見える年端の少女であった。




あとは白髪と黒髪が入り交じった壮年の気難しそうな口をムの字に結んだ中肉中背の男に誠司と同じ年くらいの赤毛のそばかすがのこる細身の青年。




完全な白髪の老婆、黒い髪を短く刈り上げた背丈は低いが鍛えられた体躯の年は20になるからどうかの青年、その青年と同じくらいの年頃の金の髪を短く刈り上げた鍛えられた体躯の青年。




30代になる前ほどだろうか、一人だけ抜きんでている、いや浮いている、誠司よりいくらか低いだけのそれでも十分高い上背に鍛え抜かれ非常に体格のいい無精ヒゲをのばした銀のザンバラ髪の男。








そして中央正面、豪奢なフードをしていた人物は、




肩にかからないくらいの金髪で肌は黒く黒曜石を思わせる輝きを発する。男か女かわからないほど病的に中性的な顔立ちは肌の色ともあいまってエキゾチックな妖しげな色気を放つ。




その琥珀の目は目に留まるものを引き寄せずにはいられないが破滅の予感をも同時に感じさせる。20代ではあるだろうが見た目からは年齢すらも正確には読み取れそうにない




「私の名前はレティ・レオール・クローディア・オルセウス三世、君なりの呼び方で呼んでもらって構わない」




名乗りをあげた褐色の麗人は演技かかった態度で二の句をつなぐ。




「さきほどは大変失礼した。どうか気を悪くされないで欲しい、ささやかであるが酒席を設けている。そこでまずは説明をするのが習わしのため、貴殿の疑問及びより良いお互いの今後のための話をしようではないか」




到底了承したくない誠司ではあったのだが、なにより自分を取り囲む情報が無さすぎる、さすがに暴走族〈喧嘩道化〉《 マッドピエロ》の初代総長といえどどんな行動も起こしようがないので舌打ちをするしか反抗の意を示すことができなかったのである。

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